オレのこと、好き?
オレには付き合って2年になる彼女がいる。
クールでツンとすました態度が最高にイカす自慢の彼女。
美人で要領もよくて、欠点など何一つないオレの恋人。
しかし、不満な点がひとつだけある。
「オレのこと、好き?」
そう尋ねると彼女は決まって「嫌い」と答えるのだ。
手をつないでいるときも、キスをしているときも、ベッドの上で愛を育んでいる時も。
何度聞いても彼女は「嫌い」と答える。
「もう。素直じゃないなあ」
「ふふふ」
「オレのこと、好き?」
「嫌い」
なかば挨拶のようになったこのやりとり。
今では当たり前のようになっているが、それでも少し不安になる。
お互い28歳という絶妙な年齢で結婚も視野には入れているものの、このまま進んでいいのだろうかとためらってしまう。
よくよく考えてみると、彼女から「好き」と言われたことが一度もない。
オレは弄ばれているだけなのだろうか。
本当に嫌われているのだろうか。
そんな考えが脳裏をかすめる。
ある日、オレは彼女をよく知る人物に会った。
彼女の幼馴染であり、オレの親友。
まわりからはこいつの方が彼女と親しく見えているようで、本命はこっちだろうと思われている。実際のところ、こいつに対する彼女の接し方はオレとは180度違って素直だった。
だからあまり相談したくない相手ではあったが、背に腹はかえられないと思い連絡をとった。
そして、喫茶店で出会ったオレたちはことの顛末をそいつに話した。
「なんだ、そんなことで悩んでたのか」
はじめ、そいつはオレが思い詰めた顔をしていたためかなり心配していたようだが、理由がわかると突然笑い出した。
「そんなことってなんだよ、そんなことって。こっちは真剣なのに」
「悪い悪い。でもさ、お前本当にあいつに嫌われてると思ってるのか?」
「そりゃあ、あれだけ毎日『嫌い』って言われりゃあな」
「バカ言え。オレから見たら、お前ら激アツだよ」
「は?」
「むしろ、そんなくだらないノロケ話を聞かされるこっちの身にもなってほしいよ」
そう言って、テーブルに置かれたコーヒーを口に含む。
オレはその姿を眺めながらポカンとしていた。
言っている意味が分からなかった。
ノロケ話?
ノロケ話どころか、嫌われてると思って相談してるのに。
眉を寄せて親友の顔を眺めていると、そいつは言った。
「なあ。あいつから嫌いって言われる理由、マジでわからないのか?」
「わからないから聞いてるんじゃないか」
「答えならすでに出てるじゃないか」
「は?」
「お前、もう自分でわかってるはずだぞ」
「………」
そう言われてオレはこれまでの彼女の言動や行動に記憶を手繰らせていく。
そして、ひとつひとつの出来事を思い起こすうちにひとつの可能性にたどり着いた。
「あ……」
「わかったか?」
「あ、ああ……。なんとなく」
オレはふと思いついた理由を述べてみた。
すると、親友はフッと笑った。
「ほら、わかってんじゃん」
「は? マジで? マジでこんな子供じみた理由なのか?」
「あいつの精神年齢は子供なんだよ。一丁前に身体だけは立派なのにな」
「その言い方、やめろよ」
「くくくく。怒るな怒るな。ま、理由がわかったところで、これからどうするかはお前次第だな」
「ああ、理由を聞いたら無性に会いたくなってきた。今から会いに行ってくるわ。サンキューな」
「おう。大事にしろよ」
オレはそう言うと、にこやかに手を振る親友に別れを告げて喫茶店を飛び出した。
外は猛烈な暑さだったが、オレの胸はそんな外気温とは関係なしに燃えるように熱かった。
照りつける太陽がオレの心を燃え立たせる。
高鳴る鼓動を抑えて、オレは全速力で恋人のアパートまで駆けて行った。
「なに? いきなり」
クーラーのきいた彼女のアパートに押しかけたオレは、彼女が玄関先から出てくるや中に入り、床に押し倒した。
全速力で走った直後だったため全身汗でびっしょりだったが、彼女の姿を見た瞬間に押し倒さずにはいられなかった。
「ちょ……、いきなり何すんのよ!」
「なあ。ひとつ教えてくれよ」
「なによ」
「オレたち、付き合って2年だろ? オレ、まだ一度もお前からあの言葉を聞いたことないんだよ」
「………」
恥ずかしそうにプイッと横を向く姿が、オレの理性を吹き飛ばしそうになる。
「オレのこと、好き?」
「嫌い」
「だよな。お前はそういうヤツなんだよ。じゃあ、質問変えるわ。オレのこと、嫌い?」
「………!」
このセリフを言った瞬間、床に倒れ伏した彼女は目を大きく見開きオレを見つめた。
唇をワナワナと震わせて、顔を真っ赤に染めている。
やっぱりだ。
やっぱり、親友の言った通りだった。
答えはすでに出ていたのだ。
彼女は今までオレの問いかけには真逆に答えていた。
それは彼女が「素直じゃない」からだ。
子どもの頃にあった「好きな子はいじめたくなる」心境と同じなのだ。
つまり「好き?」と聞けば「嫌い」と答えるし、「これにしたい」というと「あっちにしたい」と答える、そういうヤツなんだ。
あまりの精神年齢の低さに笑えてくる。
身体はいっぱしのオンナなのに。
「オレのこと、嫌い?」
オレは彼女の上に覆いかぶさりながら、たたみかけるように尋ねた。
「………」
「答えるまで離さないから」
彼女はしばらく恥ずかしそうにしていたが、いつまで経ってもオレが離れないことに観念したのかついに答えた。
「す、好き……」
その吸い付きたくなるような唇から出た言葉に、オレは思わず自分の唇を重ねた。
「へへ。やっと聞けた。嬉しい」
「もう、ずるい。それしか答えられないじゃん」
少し怒り気味の彼女に、オレはさらに唇を重ねる。
甘くてとろけるような味が、身体中を熱くした。
「なあ。このまま最後まで行きたくないんだけど……どうする?」
その言葉に彼女は
「……バカ」
とつぶやいて、オレの首に両腕をまわした。
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