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第7話:2000年11月24日


再び、過去に戻ります。



美菜は、晴彦の家に泊まりに来ていた。

晴彦を兄のように慕う美菜は彼の母親にも懐いており、今日のようなことも珍しくはなかった。


しかし、今日は少し事情が違った。

もう風呂にも入り、あとは寝るだけといった格好であったが、今は晴彦の母親とおしゃべりをしながら、晴彦と雅典が帰宅するのを待っている。





「今頃あの子達は盛り上がってるのかねえ?」


晴彦の母、道代(みちよ)が、食後のデザートがわりに煎餅をかじりながら言った。


「そうなんじゃない?

とは言っても私は社会人の打ち上げなんて、どんなのかわからないけど。」


「雅典くんに迷惑かけてないといいけど。」


道代は、ハンサムだけど気取らない、その上仕事もできるという雅典の大ファンなのだ。





雅典の会社と晴彦の事務所で半年間進めてきたプロジェクトが、今日で無事終了したらしい。

正確にはもう少し前に終了していて、今日はその報告と打ち上げのためだけに雅典が来たのだ。

会社のプロジェクトメンバーとの打ち上げに、美菜が行くわけにはいかない。

その後、雅典はこの家に泊まりにくることになっているため、美菜もお邪魔して帰宅を待っている。









「たっだいまー!」

「お邪魔しますー。」


晴彦たちが帰ってきた。


「あら、また晴彦酔ってるみたいね。いやだわー。」


そう言いながら、道代はすばやく玄関へと走り出した。美菜もそれに続く。







「おかえりなさい。お仕事お疲れ様でした。」


晴彦を母親に任せ、靴を脱いでいる雅典に声をかけた。


「ただいま。荷物準備してきたか?」



明日、美菜はそのまま雅典と共に東京へ行くことになっている。

2ヶ月も前に話していたことをようやく実行するのだ。


あれからだいぶ時間が経ち、その間もこっちで雅典とは会っていた。

今更気分転換も何もないのだが、せっかく案内してくれるというのだから、土日月火と4日間、出かけることにした。

美菜の親は放任というわけではないが、お遊びには寛大なため、月曜と火曜の朝に学校に欠席の連絡をしてくれることになっている。



「ばっちりだよ。ここから直接行けるようにしてきた。」


「よし。えらいぞ、みーすけ。」


「み、な、です!

もー、ナベさんちっとも酔ってなくてつまんないよ。密かに楽しみにしてたのに。」


「もういい年なんだから、そんな無茶な飲み方はしないの。ハルと違って、な。」


母親に連れられていく晴彦を顎でさし、笑いながら言った。


「ハルは飲み会があるといつもああだからね。おばさんも嘆いてるよ。」



実際、道代の口癖は「あの子はいつになったら落ち着くのかしら。」だった。

それはこういう生活のことも指すし、いい相手がいないということも指しているようだった。



「でも、ハルはまだ若いからな。」


「そうだね。まだ22歳だもんね。そして私はもっともっと若いけどね。」


「それ、俺に対する嫌味ですか。」


「あー、ばれました?」


そんな風に会話をしながら、美菜と雅典は家の中へと入っていった。









晴彦と雅典がそれぞれシャワーを浴び、晴彦の酔いもだいぶさめたようだった。

3人は晴彦の部屋で話していた。


「ハルさ、おばさん心配してたよ。嫁の貰い手があるかしら?って。」


からかい半分に、いつもの調子で美菜はそう言った。


「俺まだ22だぞ?そんなに心配しなくても、相手ぐらい自分で見つけるって。だいたい俺、別にモテなくないし。」


「自分でそう言うやつほどモテないんだぞ、ハル。」


すかさず雅典が突っ込んだ。美菜も笑いながら、そうだそうだ、と言った。


「うわっ、お前らうぜー!」


「先輩に向かってうぜーとは何事だ。」


「そうだよハル。こんなんでも一応先輩なんだから、せめて「うざったい」にしなさい。」


「おい、こんなんって言うな、こんなんって!」


またもすかさず雅典は突っ込み、美菜の頭を掴んで振り回した。


「やー!やめて、馬鹿になっちゃう!優秀な脳がー。」


美菜は笑いながら抵抗した。

雅典はますます面白がって、放さない。




「あ、ミナ。ケータイ鳴ってんぞ!」


晴彦が、美菜の携帯の着信ランプに気がつき、じゃれ合っている美菜に教えた。

そのまま遠慮する様子もなく、ディスプレイで相手を確認した晴彦が続けて言った。


「悠馬から。」



その瞬間、雅典の手が止まった。

同時に表情も固まったのだが、それには誰も気付かなかった。



「電話?わっ、早く出なきゃ!」


メールではなく電話の着信であることに気付いた美菜が駆け足で部屋を出て行き、晴彦と雅典は2人きりになった。




美菜が出て行った途端、部屋は静寂に包まれた。









雅典は、晴彦に対して、なんとなく後ろめたい気持ちだった。


美菜は、晴彦の親友の彼女、いや婚約者なのだ。好きになったなどと、言えるわけがない。

しかし雅典は、美菜を子ども扱いしてからかう事でしか、もうこの気持ちを隠すことができなかった。


そんな気持ちから、最近は晴彦と2人きりになることを避けていた。

いきなり美菜が出て行き、不意を突かれた形となった雅典は、言葉が出てこなかった。

美菜の電話の相手が悠馬であることも、雅典の心を複雑にしていた。





同じ時、晴彦も思っていた。


紹介した自分が言うのもなんだが、雅典と美菜は仲良くなりすぎているのではないか、と。

以前は自分になにもかも話してくれた美菜。今はその役が完全に雅典に移っている。

とは言え、悠馬の親友である自分よりも雅典のほうが言いやすい気持ちはわかる。


問題は美菜じゃない、雅典だ。

晴彦は以前からかわいがってもらっていたとは言え、これほど頻繁に交流していたわけではなかった。

ちょうどプロジェクトが重なっていたからと言えばそれまでだが、少なからず美菜が関係している気がしている。


そして、今この部屋に流れる気まずい空気が、晴彦の疑惑を確信へと変えた。





それぞれに思いを馳せていた2人だったが、意を決して晴彦が声を発した。


「ナベさん、ひとついいっすか?」


「…何?」



もう、2人の間に漂う妙な空気は、お互いがはっきりと認識していた。





「俺、ナベさんには本当に世話になってますけど。応援は、できないです。」



雅典は、もう観念するしかなかった。


「悪い。ミナちゃんはお前の親友の彼女、なのに。」


「謝らないでください。たしかに、俺は悠馬とは親友だから裏切ることはできないです。」


何か言おうとして、何も言葉が出ない雅典を見て、晴彦は続けた。


「でも。」


雅典がここではじめて晴彦を見た。


「俺、ミナのこと、本当の妹みたいに大事に思ってるんですよ。」





14歳の頃から知っている美菜。

母の道代も、そして父も美菜のことは娘のようにかわいがっていた。

悠馬くんと別れてうちにお嫁に来ないかしら、と冗談半分本気半分で言っていたこともある。





「だから、俺はミナの味方をします。」


雅典は、意味を理解できなかったようで、目で問いかけてきた。


「ミナが、ナベさんを選ぶなら、俺は反対しません。そのときは、応援します。」



「ハル…いいのか?」


「だって、ミナがナベさんのことを好きになったのなら、そんな気持ちで悠馬と付き合い続けるのも失礼でしょ。

悠馬は、それでもミナと別れたがらないと思うけど、その時は、協力します。

言っておきますけど、悠馬は手ごわいですよ?あいつは本当に、ミナのことが好きなんです。」


晴彦はこの重たい空気を少しでも和らげようと、笑って言った。


それを感じ取った雅典も少しだけ笑ったが、自嘲のそれだった。



「ミナちゃんだって、彼氏のこと好きなんだよ。そもそも俺の入り込む余地は、ない。」


「じゃあナベさん、ミナを東京まで連れて行って、どうするつもりだったんですか?」


「そんなの…何も考えてないよ。気付いたら誘ってたんだから。」



それは嘘だった。

その時は何も考えてなかったが、あとから何度も悩んだ。

プロジェクトも終わり、頻繁に会うことができなくなる。

美菜に気持ちを伝える、最後のチャンスではないのかと。


今も、答えは出ないままだった。





「でもナベさん、もうこっちに来ることなんてないでしょ?」


「ああ。」


「それで、会わなかったら。ミナのこと諦められそうですか?」



「…。」




雅典は答えなかった。しかし晴彦は雅典の気持ちを読み取った。

もう、手遅れなのだと。

今更、忘れることなんてできないところまで、雅典の思いは強くなっているのだと。




「なら、言うしかないんじゃないですか?」


「ハル、お前いいのかよ。俺の背中押すような真似して。」


「別にいいじゃないですか、俺がどれだけナベさんの背中を押そうが、そのせいでミナの気持ちが動くわけじゃない。

結局は、ナベさんの力次第、ですよ。」



雅典は、乾いた笑いを返した。




「ハル、さんきゅーな。」


「やめてくださいよ、照れるじゃないっすかー。」




2人の間に流れる空気が、やっと、以前と同じに戻った。










全部で30〜40話程度になる予定です。

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