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第6話:現在(2)


今回は再び、現在の物語です。

「本当にごめんなさいね。何度来てもらっても私たちからは何も言えないわ。」


「いえ、俺が勝手に来ているだけですから。でも諦めません。また来月来ます。」


「雅典くん、」


「失礼します。」


雅典はこれ以上何か言われる前に、さっさと歩き出した。

その家から姿が隠れる場所まで来ると足を止め、深く息を吐き出した。




雅典がこうしてこの家に通うようになって、もう1年半になる。

最初は今よりもっと頻繁に、週1回のペースで訪問していた。













週1の訪問を半年ほど続けていた雅典は、さすがに疲労を感じていた。

新幹線で2時間弱のこの地に、週末ごとにやってくるのだから無理もない。

それでもその日も、やはり新幹線と電車を乗り継いで、この家に来ていた。



―ピンポーン



「はーい!」


インターホンから女性の声が応答した。


「雅典です。」


「…ちょっと待ってね!今玄関をあけるから。」


「すいません。」



数十秒すると扉が開き、服装以外には先週と何一つ変わらない、今原朝子(いまはらあさこ)が顔を出した。



「こんにちは、雅典くん。」


「あの、美菜から連絡は…」


耳にたこができるほど繰り返した質問を、今日も投げかけたが、朝子は黙って首を振った。


「…来週また来ます。」


「雅典くんごめんね。お役に立てなくて。」


「いえ、ご迷惑おかけして申し訳ありません。失礼します。」



玄関の扉を丁寧に閉めると、門を出たところで振り返る。

雅典は虚ろな目で、表札に書かれた名前を見ていた。


朝子やその夫と並ぶ、「美菜」の名前を。









その帰り、新幹線の中で雅典は狂いだしそうだった。


東京とあの家の数え切れないほどの往復により、もちろん懐も痛むがそんなことはどうでもよかった。

体力的にも疲れてはいたが、それも大した問題ではなかった。

しかし精神的なダメージはひどく、もう崩れ落ちそうなところまで来ていた。



――このまま、2度と会うことはできないのだろうか。

――いい加減諦めるべきなのか。




東京駅に着くや否や慣れた足取りで改札を出た雅典は、そんな風に思い詰めていた。









すると、ふと耳に入った歌声に足が止まった。


雅典はその歌声をたどってCDショップに入った。

歌声の正体は、とある新人歌手のデビュー曲のようだ。

「話題のドラマ主題歌!!」とでかでか書かれたPOPが目に付く。


いつも好んで聞くのは欧米のパンクロックばかりという雅典だが、気付いたらそのCDを手に取りレジへ向かっていた。







「ありがとうございましたー。」


CDショップから出てきた雅典の表情は、入る前より幾分か明るく感じられた。



――どうせこの先も美菜だけを愛し続けるのだから、焦らなくてもいいじゃないか。

――自分のペースで、探し続けよう。





気持ちが弱っていたせいか、いつもなら見向きもしない女性歌手の歌に耳を傾けた雅典。

この歌声が、雅典の心を穏やかにした。


その日を境に、それまで週1だった訪問を月1にし、長期戦を覚悟した雅典だった。









何事にも風向きというのはあるもので、雅典が気を持ち直した1ヵ月後に大きな進展があった。


いつもどおり残業を終えて深夜に帰宅した雅典は、ポストから出したもののうちに、宛名も何も書かれていない真っ白な封筒を見つけた。



――切手もない。怪しすぎる。開けないほうがいいのか?


しばらくの間封筒を見つめて思案していた雅典だが、思い切って封を切ることにした。




――……ッ!!



中の便箋を開いた雅典の目に飛び込んできたのは、見覚えがありすぎる字だった。

すぐに、食い入るようにして読み始めた。





《 渡辺雅典 様

 

  お久しぶりです。元気にしていますか?

  今日は雅に報告しなければいけない事があって、手紙を書きました。

  先月、私は女の子を出産しました。正確には9月29日の午後7時21分。

  もちろん雅の子です。父親のあなたにこうして事後報告になってしまってごめんなさい。

  美菜と雅典から一字ずつとって、「美典(みのり)」と名付けました。

  父親のあなたにも権利はあるだろうから、年に1度はこうして手紙を書いて美典の成長を伝えます。

  私は仕事もしてるし、元気に暮らしているから心配しないでください。認知もいりません。

  ではまた来年。仕事しすぎて体壊さないようにね。


   今原美菜より 》





雅典が探し続けていた相手からの手紙に書かれた衝撃の事実。


雅典は嬉しいのかそれとも悲しいのか、涙を止めることができなかった。




――俺と美菜の子供が、この世に存在している!!




それだけで、いい年して飛び上がってしまいそうなほど嬉しかった。

しかし同時に、認知はいらない、という一言に深く傷ついてもいた。


依然として美菜の連絡先はわからない。

1年待てばまた手紙が来るのだろうが、まさか毎日ポストの前で張り込んでいるわけにも行かないのだ。







――美菜を、見つける。絶対に。



雅典は再び、今後果てしなく長くなるであろう道のりを覚悟した。













そうして美菜を探し続けて、今日で1年半が過ぎようとしているのだった。


家から見えない場所で足を止め、この1年半を思い返していた雅典は、駅に向かって歩き出した。









東京に戻ってくると、雅典は家の近くにあるCDショップに寄った。


中へ入ると一直線にレジへと向かい、店員に予約表を差し出した。



「すいません、これお願いします。」


「はい、少々お待ちください。」


そう言うと、店員はレジの背後の棚から、ためらいもせずに1枚のCDを手に取った。

どうやら雅典の他にも予約している人が大勢いるようで、最も取り出しやすい場所に同じ背表紙が何十枚と並んでいるのが見えた。



「ご確認お願いします。こちらの商品でよろしいですか?」


「はい、大丈夫です。」


「では代金は…もうお支払いいただいてますね。ありがとうございましたー。」





かつてはCDをあらかじめ予約するなど、めったにしない雅典だった。

しかしこの店でこうしてCDを購入するのは今回でもう4回目になる。




今日は、雅典が好きなアーティストの5枚目のシングル発売日であった。

大衆受けする音楽は決して好まない雅典が、唯一受け入れたJ−POP。


それはまさに、1年前の東京駅で見つけたあの女性歌手だった。



あの日、どうしてもその歌手のことが気になった雅典は、ネットで情報を集めた。

いや、集めようとした。

これほどにインターネットが広く普及した情報社会において、異常なほどに何も得ることができなかった。



隠されれば知りたくなるというのが人間というもの。

雅典も例に漏れず、ますます彼女のことが気になってしまうのだった。




――今日みたいな落ち込んでる日には、これを聞くに限る。




美菜を見つけられないもどかしさ、寂しさ、悲しさ。


そういった負の感情を和らげるため、雅典はマンションへと足を速めた。













次回はまた、過去に戻ります。

ややこしくてすいません…

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