第4話:2000年9月16日
その日、美菜は久しぶりに悠馬と会っていた。
お盆に悠馬が帰省して以来だから、約1ヶ月ぶりだ。
なんだかんだ言って、毎日メールか電話は欠かさないが、やはり直接会えるのはうれしい。
今回は美菜が悠馬のアパートまで来ていた。
「悠馬、あいかわらず仕事大変?無理してない?」
新入社員の悠馬は、最初の2ヶ月ほどは電話もできないほど忙殺されていた。
その時に比べたらだいぶましだが、やはり慣れないことの連続で忙しいのには変わりなかった。
「うん、なんとか大丈夫。
仕事が忙しいのよりも、ミナに会えないことの方がきつい。」
そう言って、悠馬は美菜に抱きついた。
「私も。でも、今は仕方ないよね。あと1年半は我慢しよ?そしたら私、こっちの大学来るからさ。」
悠馬の頭を撫でながら、自分にも言い聞かせるように美菜は言った。
「ミーナー?」
「なーにー?」
「好きだよ?」
「知ってるよ。」
美菜は笑いながら答え、そして言った。
「私も好きだよ?」
「知ってる。」
悠馬もそう答えてから、笑った。
しかしすぐに真顔に戻り、ため息をひとつ。
「なんで俺がこんなに我慢してるのに、ハルの奴はやたらとミナに会ってるんだよ。納得いかねー。」
そんな悠馬の表情とは対照的に、ミナはおかしくて仕方がないといった顔で言った。
「ハルに妬いたって意味ないでしょ。私とハルがどうにかなるなんて、地球がひっくり返ってもありえないんだから。」
晴彦と美菜が、お互いに恋愛感情など持っていないことは悠馬もわかっている。
でも、美菜が悠馬と同じくらい、いやもしかしたら悠馬以上に晴彦を頼っているのもわかってしまうのだ。
自分を介して知り合ったはずなのに、いつのまにか2人の間には割り込めないような気が悠馬はしていた。
しかしそんな気持ちを美菜に話すことはできず、悠馬ははぐらかした。
「そうじゃないよ。ただ単にしょっちゅう会えるのがずるいっていうだけ。」
悠馬がやきもちを妬くのはいつものことなので、美菜は特に気にしなかった。
「でもハルに感謝しなきゃいけないんだよ?私に言い寄ってくる男の子たちを、いつも追っ払ってくれてるんだから。」
おかげで美菜の友人らの間では、晴彦が彼氏だと思われているというのは内緒だ。
「だから、あいつにそんなこと頼まなくたって、今すぐ俺と結婚すればいいだろ?」
確かに、17歳で人妻だなんていう女に手を出そうというやつはいないだろう。
「そんなことのために結婚しなくたっていいよ。
私は結婚したらちゃんと妻としての義務を果たしたいの。一緒に住めなきゃそんなのできっこないでしょ?」
「俺は気にしないのに。ミナが俺のものだって、世間に認められればそれで十分だよ?」
「世間に認められなくたって、私と悠馬、それにハルとか周りの人たちが知っててくれればそれでよくない?
結婚っていうのはさ、私が卒業して、2人で一緒に暮らせるようになった時に、私たちの人生の節目としてしたほうがいいと思うんだけどな。」
「でもさ、節目っていくつあってもいいと思うんだよ。
今結婚したら一つ目の節目だし、一緒に暮らせたら二つ目、子供が生まれたら三つ目の節目でいいんじゃないのか?」
「…それもそうだけど。とりあえず、高校卒業するまではこのままっていう約束だからね!」
「高校卒業って、まだ半分もあるんだぞ!?入学してから今日までだって長かったのに…」
結局、この話はいつも堂々巡りなのだ。
美菜は、何度言っても少しも耳を貸そうとしない悠馬にほんの少しだけ、うんざりしていた。
しかし美菜には美菜の考えがあるように、悠馬には悠馬の思いがあった。
悠馬は、まだ若い美菜が、出会いのたくさんある高校生活で、他の人を好きになってしまうのではないかと不安だった。
すぐにでも繋ぎとめておかないと、美菜が離れていってしまう気がして、怖かったのだ。
美菜を好きになればなるほど、怖くて仕方がなかった。