第36話:2008年9月6日
最終回です。
美菜は美典を連れて、近所の公園に来ていた。
公園へは週に2、3回は行くことにしている。
美典の公園デビューは至って順調だった。
美典には仲良しの遊び相手ができたし、美菜も母親の輪にすんなりと溶け込んだ。
いつもならばその友達に合わせて平日に行くのだが、今週はたまたまレコーディングの関係で土曜日の今日、やって来た。
最近では走ることもできるようになった美典は、やんちゃな女の子だった。
今日は遊び相手がいないにも係わらず、一人で楽しそうにはしゃいでいる。
――誰に似たんだか。
いや、美菜と雅典は性格がそっくりだったのでどちらともに似たのかもしれない。
そんな風に、ことあるごとに雅典のことを考えてしまう美菜だった。
――いつになったら、胸が痛まなくなるんだろう…
独りで感傷浸っていた美菜。
ふと我に返ると、さっきまでいた場所に美典の姿がないことに気付いた。
周りを見回すと、美典が手に持っていたビニールボールを遠くに放ってしまったようだった。
既に美典はボールを追いかけて、覚束ない足取りで走り出している。
「あっ、こらみのり!危ないでしょ!」
向かった方向は、公園の出入り口。
行き過ぎると道路に飛び出してしまう危険がある。
美菜は慌てて追いかけた。
しかしすぐに、その心配は無用になった。
ちょうど入り口から入ってきた人物が、ボールを拾ってくれていたのだ。
美菜が追いついた時には、美典がその人からボールを受け取っていた。
お礼を言おうと、美典に合わせてしゃがんでいるその人に美菜は早足で近寄った。
「すみませ…!?」
お礼を言うことはできなかった。
その人物の顔を認識した瞬間、美菜は凍り付いてしまった。
その人物とはまさしく、二人の間にいる美典の、正真正銘の父親。
雅典だった。
二人は一言も発することなくただ、見詰め合っていた。
美菜は驚きから、雅典はようやく出会うことができた感激から、言葉が出なかった。
珍しく人の少ない公園で、時が止まったかのように動かない二人。
そして、その長い沈黙を破ったのは、二人のどちらでもなかった。
「パパぁ!」
「「えっ!?」」
美菜と雅典は驚き、目線を下げた。
そこには、人懐っこい笑みを浮かべた美典の顔があった。
「…みのり?」
雅典が恐る恐る、問いかけた。
「みのりー!パーパー!!」
美典は雅典が自分の父親だと確信しているようだった。
「どうして?雅の写真なんて見せたことないはずなのに…」
だからといって隠していたわけでもないから、どこかで目にしたのかもしれない。
でも、それでも。
すぐに見わけられるほど、美典の脳に刻まれていたわけではないだろうに。
ひたすら戸惑う美菜をよそに、雅典と美典はすっかり打ち解けていた。
「パパ、あそぶー!」
「よし、みのり、遊ぶか!」
二人は仲良く砂場の方へと歩き出した。
美菜だけは、その場を動くことができずにいた。
今起こっていることが現実だとは思えなかった。自分が望むあまり、見えた幻なのかもしれない。
「美菜?」
雅典が途中で振り返って、不思議そうに美菜を見ていた。
「早くおいで?」
「雅。どうして?…なんで?」
美菜の思考能力は限界を過ぎ、意味もわからず泣きそうだった。
今、この瞬間だけは、美菜は小さな子供のような顔をしていた。
そんな美菜を見て、雅典は優しく微笑んだ。
「手紙の返事がこなかったから、毎週毎週そこらじゅうの公園を探してたんだよ。家出中の美菜と、俺達の最愛の娘を連れ戻すために。」
「家出中…?」
「そうだろ?俺達は別れ話なんてしてないし、婚約を破棄した覚えもない。もう俺もいい年なんだから、毎週こんなことやってたらヘトヘトだよ。…そろそろ帰っておいで?」
「…。」
「美菜、」
「雅?」
「うん?」
「まさ。私、嫌だったの。」
「うん。」
「さっちゃんのお腹の中の子供を殺すのも、」
「うん。」
「雅とさっちゃんが夫婦になるのを見るのも、」
「うん。」
「さっちゃんの妊娠を知った途端、雅に捨てられるのも。」
「うん。」
「全部嫌で、どうすることもできなくて、逃げるしかなかったの。」
「…うん。」
「そしたら私も妊娠してることに気付いて…」
「うん。」
「今更、どうにもできないと思ったの。」
「うん。」
「だって私は歌手デビューが決まってて、妊娠してても働けて、さっちゃんはあの体でOLなんてできなくて、だから、だから…」
「美菜?わかったから!全部俺が悪かった。美菜、ごめん!こんな思いさせてごめん。泣かせてごめん。寂しい思いさせてごめん。あとで何度でも謝るから、」
「まさっ、」
「とりあえず、…抱きしめさせて?美菜を確かめさせて。」
そう言いながら雅典は美菜のほうへ歩み寄り、距離がゼロになった瞬間。
美菜は、思いきり強く抱きしめられた。
久しぶりに感じた、雅典のぬくもり。
もう、堪え切れなかった。
美菜は雅典の首に、勢いよく腕を回した。
「っ…雅、まさぁ!」
とめどなく溢れる美菜の涙で、雅典のシャツが見る見るうちに透けてきた。
雅典も少し泣いていた。
「みな、みな、美菜、美菜。」
ようやく、二人の道が交わりあった。
この先は二度と、この道が分岐することはないだろう。
神様だって、そんなに意地悪ではない。
美菜と雅典の心が、帰るべき場所に帰ってきた。
「ママ?パパ?いたいいたい?」
美典の声を聞いて我に返った雅典は一度美菜から離れて、美典を片手で抱きあげると、再びもう片方の腕で美菜を抱きしめた。
「ママはね、悲しいのと嬉しいので泣いてるんだよ。」
「うれちい?」
「そうだよ。人は嬉しくても涙が出るんだよ。」
「みのり、うれちい!」
「そっかママとみのりが嬉しいなら、パパも嬉しいよ。」
「みんな、うれちい!ママぁ、よちよち。」
美典は手を伸ばして美菜の頭にのせ、トントンと軽く叩いた。
「ふふっ、みのりありがとう。ママもう泣かないよ。」
鼻声ではあったが、涙は止まっていた。
「よーし!みのり、今度こそお砂場遊びするぞ!」
「うんっ、あそぶー!」
「美菜も、行くぞ。」
「うん!」
親子三人。
仲良く手をつないで、歩き出した。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
気が向いたらオマケ小話をUPするかもしれません。




