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第23話:2005年11月26日

厳しい合宿のメニューに喘いでいた者たちにとってはいよいよ。

そして美菜にとってはついに、2日目の夜。


飲み会は始まった。





「ミナちゃん?飲まないの?」


乾杯したまま、一向に口へと運ぶ様子のない美菜に、朱美が尋ねた。


「うん…」


しかし美菜は反射的にそう答えるだけで、やはり動かない。


「…。ミナ、なんかあったでしょ。」


沙織が美菜にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。

それでも反応のない美菜に、沙織は腕を摘んだ。


「ミナ!」


「えっ?あ…大丈夫。」


それでやっと我に返った美菜は、ようやくアルコールの缶を持ち上げた。




沙織以外の者は特に不審がる様子もなく、そのまま雑談が始まる。



「最後の合宿ももう終わっちゃうねー。」


「そうだね。」


「もうミナさんたちいないかと思うと寂しいー!」


「まあまだ卒業までにはもう少しあるからさ。」



朱美や後輩の女の子たちとの会話を楽しむ振りをしながらも、美菜の心臓はかつてないほど速いリズムを刻んでいた。









先ほど、飲み会が始まる少し前。


佐喜子に呼び出された。



いつもの佐喜子は自分に自信がないようで、どちらかと言うと控え目な性格だ。

しかし、先ほどの佐喜子はなにか吹っ切ったような、堂々とした出で立ちだった。

普段なら喜ばしいその変化も、今の美菜には恐怖以外の何ものでもない。



午前1時に廊下に出てきてほしい、大事な話があるから。



そんな佐喜子の言葉で、美菜は悟ってしまった。

本当にやる気なのだ、と。



それというのも、合宿中には現役生は男女別学年別で大部屋で寝ることになっており、OBはその廊下を挟んだ反対側の部屋を1人1部屋使っているのだ。

そしてここは高級ホテルでもマンションでもなく、格安の合宿施設である。


寝静まって静かな廊下に出たときに、雅典の部屋で何かが起こっているとすれば。


何も聞こえないわけはない。





――雅に言…えるわけがないよ。



もう美菜にはどうすることもできなかった。






佐喜子が仕組んだのせいなのかそうじゃないのか、飲み会はいつも以上の盛り上がりを見せていた。


特に雅典を取り囲んだ男子一群では、一気飲み大会が始まっている。

じゃんけんで負けたら一気、というルール上、雅典もかなり飲まされているようだ。

運の悪いことに雅典はかなりじゃんけんが弱く、完璧男の唯一の弱点だと、いつもからかわれていた。




「…ミナ、いいの?」


美菜の視線に気付いた沙織が、しつこく腕を揺さぶってくる。


「…私たちも飲もう!」


それ以上見ていられず、美菜はアルコールを煽った。











結局為す術も無いまま、飲み会は午後10時には解散となった。



合宿の疲れもあいまって、いつもは夜更かししがちなメンバーも、日付が変わる前には全員が夢の中。


しかし美菜はその間も、一睡もすることができなかった。



布団の中で目を閉じて、考えを巡らせる。

佐喜子を止めるべきなのか、見逃すべきなのか。

見逃して自分も寝てしまうのがいいのか、ばか正直に雅典の部屋まで確認しに行くのか。







ついにあと30分ほどで午前1時になろうかというとき。


佐喜子が部屋を出て行った。



佐喜子が扉を閉めた音を確認してから、美菜は目を開けた。

暗くて何も見えないが、周囲から聞こえる寝息の音に、誰もが寝静まっているのが確認できる。

その平和な雰囲気が自分の状況と対照的で、どこか違和感。





そして依然として、結論は出ないまま。


約束の時間がやってきた。




「…。」


頭は動いていないのに、美菜は起き上がった。

そして夢遊病患者のように、まるで誰かの意思で動かされているかのような動きで部屋を出た。


雅典の部屋は、美菜たちがいる部屋の目の前だ。





―カチャッ…


他の人を起こさないように、静かにノブを回して部屋を出る。





「…!」


案の定、佐喜子の姿はどこにもない。




そのかわり。



廊下に出た途端かすかに聞こえたのは、雅典の荒い息遣い。


そしてときおり呟く「美菜」の名前。




佐喜子のものと思われる荒い呼吸もかすかに聞こえてはくるが、声は一切出していないようだ。




「…!さっちゃん!?」


そして悟った。





方法なんてわからないが。


佐喜子は。





美菜のふりをしているのだ。





きっと雅典は、今自分が腕の中にいるのが佐喜子で、美菜が部屋の外で聞き耳を立てているなんて想像もしていないだろう。

というよりも、雅典が美菜でないことを気付いていてなお起こっていることだなんて、考えたくもない。




「っ、…」



もう、充分だ。


これで佐喜子がふっきれるならば。





――私が、我慢すればいい…んだよね。




美菜は行きと同じくフラフラと、それでもなるべく音は立てないように気遣いながら部屋に戻った。



そして頭から布団をかぶり、眠りについた。





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