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第22話:2005年11月25日


今日から3日間、サークルでは今年度最後の合宿が行われることになっていた。


このサークルでは4年生まで活動する者も珍しくなく、美菜をはじめ沙織や朱美、他にも数人の4年生が残っていた。




毎年11月の週末に開催され、問答無用で金曜日の講義を欠席しなければならないというこの合宿。

内容もハードで、3日間一度も外の空気を吸うことが出来ない。


しかしささやかなご褒美のつもりか、最終日前日の夜には無礼講で飲み会が開催されるので、それを楽しみにするメンバーも少なくなかった。



そしてどんなにきつかろうが、今年度で卒業する美菜にとっては最後の合宿になるのだ。

合宿地に向かう貸し切りバスに揺られながら、美菜はひとり意気込んだ。




「サオちゃん今日はメイク薄いね?」

「だってたかが合宿で気合入れる必要ないし。夜落とすのもめんどくさいし。」

「たかが合宿って…。サオちゃんらしいね。」




「お菓子あるけど食べるー?」

「欲しい欲しい!」

―ガサガサッ




「…でさあ。」

「まじでー?」

―キャピキャピ



たまたま人数が奇数だったため美菜はひとりで、窓に頭を当てて目を閉じていた。

前の座席にいる朱美と沙織の話し声や、様々な雑音がなんだか耳に心地よい。

バスの揺れるリズムと相まって、眠気を誘われる。





そうして夢と現の境界を彷徨っていた美菜の耳に、誰かの話し声が入ってきた。



「…てもあきらめきれないよ。

この恋が実る可能性はないってわかってるし、…ミナちゃんには悪いと思うけど。

最後に一度だけでいいから思い出が欲しいの…」



美菜が薄っすらと目を開けると、そこにいるのは4年生の真希と佐喜子、そして3年生の女子が4人。

前と後ろの座席の者は立ち上がり、6人で話をしているようだった。



佐喜子。


話し声が美菜の耳に入っているとは気付いていないようだったが、たぶん美菜にばれてもかまわなかったのではないかと思う。



佐喜子が1年の頃から雅典に思いを寄せているのは、サークルの女子のあいだでは有名な話だった。

美菜だって最初の合宿で本人から聞いている。

下の学年の子たちも、本人から聞かずとも雰囲気で悟ったり、他の者から聞いたりしているようだ。


全員の仲が良いこのサークルでは、佐喜子の味方につくものもいなければ美菜の味方につくものもいなかった。

佐喜子には可哀相だがどうすることもできない、というのが実情だ。

だから無闇にうわさを広げることもせず、女の子の間だけで暗黙の了解とされている事象だった。


佐喜子本人も笑って、気にしないでほしいと言ってはいたのだが。




――……。


嫌な予感がしつつもどうすることもできない美菜は、無理やりにでも眠ってしまおうと目を固く閉じた。







そうするうちに。


とても眠れないと思っていたのに、いつのまにか寝てしまっていたようだ。



「…ナちゃん、ミナちゃん!着いたよ?」


気付けばもう目的地で、朱美に肩を揺すられていた。




「寝ちゃってたんだ…」


「うん。ぐっすり眠ってたよ。早く行こう?」


「ありがとう。あ、先降りてていいよ!」


少し、頭の中を整理する時間が欲しかった。



「わかった!サオちゃん行こうか。」


そう言って朱美は先にバスを降りた。

バスの中には、美菜と沙織だけが残されている。



そもそもこういう場面で、沙織が待っていてくれるなんてことは滅多にない。

美菜は自分の様子がおかしいことに気付かれたのかもしれないと、ひやりとした。

そしてぎこちない自覚はあったが、できる限りの笑みを浮かべて言った。



「サオも行ってていいよ?」


しかし沙織は動かなかった。

そのかわり、未だ座ったままの美菜をまっすぐに見つめ、口を開いた。


「ミナ、聞いてたんでしょ。」



何を、とは言わなかったがそれだけで通じた。

お互い似た感性を持った美菜と沙織の間では、こうやって主語や目的語を省いたまま会話をすることがよくある。



佐喜子の話を沙織も耳にしたのだろう。

そして美菜がそれを聞いてしまったことも、沙織はわかっているのだ。

疑問系ではなく肯定文でされた問いかけが、それを証明している。



「サオも聞こえたんだ。まあ、結構大きい声だったしね。」


「私は隣だったから。アケミンには聞こえてないみたいだったけど。

それに、他に聞いてる人もいないと思う。みんな自分の話に夢中だったし。」



「そっか。」


「…ミナ、平気?」



「平気だよ?サオこそ、深刻に考えすぎだって!」


「でもさ、前から思ってたんだよね。なんかやらかすなら絶対この合宿だって。あの子にとって今回がラストチャンスなわけだし。」




ここのOB会は通常30歳を目処に一線から退き、その後は年に1度のOB総会へ出席するのみとなる。



美菜が2年生に上がると同時に、飯野から新OB会長の任命を受けた雅典は今年で3年目。

32歳を迎えた雅典も、いつ次の代に譲ってもおかしくない。

実際雅典と同期の勇気だって、もう滅多に顔を見せることはないのだ。


しかし最初から美菜が卒業するまでは活動を続けたいと公言していた雅典は、この年まで残っていた。

そして美菜の卒業と同時に、ようやくOB会長を退任することになっているのだった。



だから佐喜子が卒業後、たとえOB会で活動しようとも、雅典に会えるのは良くても年に1度。

しかも様々な年代の人でごった返すOB総会では、話すチャンスなんてそう簡単にやってこない。


まさに、ラストチャンスだった。





「でも、私がどうこうできる問題じゃないから。どうしようもないよ。」


「そりゃそうだけどさ。」


「さっ、そろそろ降りよう!はやくはやく!」


不満げな顔を見て見ぬふりをして、沙織を急かした。









幸いというべきか、合宿中はそんなことに構っている余裕はなかった。



4年生ともなるとその立場はオブザーバー的なものになってしまうのだが、それでもハード面の手伝いなども積極的にする。

まして初日の昼間にはOBたちが仕事でいないため、4年生の負担は増えるのだ。


最初のうちは何か言いたそうな顔をしていた沙織も、仕事が増えるに連れそれどころではなくなったようだった。







やがて夜になり、仕事を追えたOBたちも続々と姿を現した。


雅典も21時ごろにやって来たが、うまく繕う自信のなかった美菜は話をすることを避けた。

それぞれ忙しく動いていたので、怪しまれることもないだろう。





そうするうちに夕食も風呂も終わり、もう各部屋での就寝準備に入っていた。

3年と4年の女子でひとつの部屋に寝ることになっているので、10人ほどの人でバタバタしている。


無邪気に枕を投げ合う者もいれば、荷物の整理をしている者もいる中で、真希が声をかけてきた。



「ミナちゃん、ちょっと自販機ついてきてくれない?」


「え?いいけど…」


美菜がそう言うや否や、真希は美菜の腕を引っ張り半ば強引に連れ出した。





「マッキーどうかしたの?」


同期の真希とは仲は良いが、でも真希はいつも佐喜子と共に行動することが多い。

こういう場合だって、佐喜子ではなく美菜を誘うなんて初めてのことだった。



「たまにはいいじゃん!

…実はさ、ミナちゃんに話があるんだ。」


途中から声を潜めて言う真希に嫌な予感を覚えた美菜は、かと言って断るわけにもいかず、黙ってついていった。







「あ、お金持ってくるの忘れた!」


ロビーに着いた途端、自分の失態に気付いた真希が大声を出した。

そんな真希に、美菜は笑って肩を叩く。


「だめじゃん。私持ってるからおごってあげる。何がいい?」


「え、ごめん!えーっとじゃあ、ホットココアで。」


「おっけー。」


真希のココアと自分のミルクティーを買って、そのままロビーの椅子に並んで腰掛けた。




「っはぁー。あったまるねー。」


「そうだね。…で、話って?」


いつまでもこうしているわけにもいかず、自分から話を切り出した。




「うん。…さっちゃんのことなんだけど。」


「やっぱり。」


「えっ、やっぱりって?」


「バスの中で話してたのが、ちょびっとだけ聞こえたんだ。」


「そうなんだ。…どこまで聞いた?」


「?どこまで、って。諦めきれないっていうのと、思い出がどうとか…」




「そっか…。あのさ、さっちゃん、一度でいいから抱いて欲しいって言ってたの。」


「抱いて、って…」


「その前に飲み会があるでしょ?そこで散々飲ませて、酔いに任せて抱いてもらうんだって。しかも、もうタツヤたちと打ち合わせ済みらしいの。」


達哉は美菜たちの一学年上で、今年からはOBとして参加している。



「打ち合わせってどういうこと?タツヤたちがさっちゃんに協力するってこと?」


だいたい、男たちは誰一人として佐喜子の気持ちに気付いてないはずではなかったか。


それに、達哉たちがそんなことするなんて思いたくなかった。

美菜にとっても優しい先輩だったのに。



「あ、違うの!タツヤたちには、一度くらいナベさんを酔い潰してみたくない?って話してあるの。

だからタツヤたちは純粋にナベさんをからかうネタが欲しいだけだと思うよ。」



「…。さっちゃん、そんなにまで…」



「さっちゃんの気持ちはみんな知っているから誰も反対はできなかったんだ。

でも、正攻法で告白するならまだしも、相手を騙すようなのはさすがによくないと思って…」


だから他の女の子全員の総意で、真希が代表して私に教えてくれたのだそうだ。





佐喜子が雅典への気持ちをどうにもできなくてずいぶん悩んでいたのは、美菜も当然わかっていた。


4年もの間、雅典に告げることもできずにただただ想い続けて。

美菜だって相手が自分の彼氏である雅典でなければ、応援してあげたいと思ってしまうぐらいの健気な恋心だったのだ。




1回で諦めてくれるのならば、目をつぶるべきなのだろうか。

いやそれ以前に、佐喜子が迫っても、雅典が答えない可能性も高い。

そうやって断られたら、佐喜子も長年のこの不毛な片思いに終止符をうつことができるのではないか。





でも。


でも、もし雅典が佐喜子の要求を受け入れてしまったら。




雅典に愛されている自信はあるし、浮気をされる心配もしていない。


だけどもし、万が一なんてことが起こったら…。





自分はどうするべきなのだろうか。

佐喜子の計画を阻止して、恋心を燻らせたままにしておくべきか。

雅典を信じて、佐喜子の好きにさせるべきか。







その夜。


美菜は果てしない自分への問いかけで、一睡もできなかった。







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