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第20話:2004年12月25日


過去に戻ります。

季節はずれ甚だしいですが…




二人で迎える5回目のクリスマスは、かつてないほど気合の入ったものだった。


ここ数年は雅典のマンションでゆったりと過ごしていたが今年はちょうど土曜日であったため、めかしこんでホテルのディナーへと繰り出した。

1年前のクリスマスのときから決めていた計画だったので、席もしっかりと窓際を確保してある。





今日のために購入した深紅のミディアムドレスに袖を通し、いつもの倍以上の時間をかけてヘアメイクを施した美菜。



部屋まで迎えに行きそんな美菜と対面した雅典は、もう美菜が立派に成熟した大人の女であるということを嫌でも認識させられた。

元から幼く見えたことなどなかったはずなのに、やはり出会った頃とはどこか違う。


それは喜ばしいことであるが、同時に不安でもある。

他の男の目も引くに違いない目の前の女を、このまま部屋に閉じ込めてしまおうかと、半ば本気で考える雅典だった。





そんな気持ちを理性で押さえ込み、どうにかホテルまでたどり着いた。

先にチェックインを済ませ、部屋に荷物を置いてから最上階のレストランへ向かう。


部屋から出る際には再び、美菜を閉じ込めてしまいたい衝動と戦っていた雅典だったが、なんとか美菜が不自然がることなく部屋を出た。




そのかわり運よく二人きりになったエレベーターの中で、堪えきれずキスをした。

もちろん美菜は、お得意の眉間に皺を寄せる表情で怒り出したが。


ここで頬を染めて恥ずかしがりでもすれば可愛いのに、と雅典は不満に思った。

美菜なら、せいぜいほんのり耳を赤くしながら憎まれ口を叩く程度だ。本当に憎たらしい性格をしている。


とは言えそんなところもまたたまらなく好きな雅典だった。



雅典が一人で考えに耽っている間に美菜の怒りも収まったようで、仲良く腕を組んでエレベーターを降りた。





美菜は滅多にどころか初めて来る高級な店に緊張していたが、そんな気持ちは表に出さずに平然と振舞っていた。


そうするうちにクリスマス仕様でムード満点の店の雰囲気と、普段のスーツ姿よりまた一段と男前に見える雅典に、美菜の気分も高揚していった。







「乾杯。」

「メリークリスマス。」


ワイングラスを傾け、一口含む。



「なんか、私たちらしくないね。」


やはりどこかムードにはまりきれずに、照れ笑いをしながら美菜がこぼした。



「だな。こんなに畏まったところに来たの、下手したら初めてだもんな。」


「考えてみたらそうだね。もう4年以上も付き合ってるのに。」



「付き合い始めは未成年だった美菜と、こんな風にワイングラス傾け合ってるなんて感慨深いよ。」


「確かにね。私最初の頃は居酒屋でウーロン茶が定番だったし。

でも雅は、何年経っても年取らないね。とても30過ぎには見えないよ。」




大学で華々しくデビューする同じ年代の女の子と比べれば、美菜は高校時代からあまり変わっていない方だった。

しかし垢抜けていないというわけではなく、高校生のときから既に完成されていたということだ。


若い頃老け顔だった人は年をとっても老けないというが、まさにそういうタイプなのだろう。

雅典が出会った頃から美菜の外見は二十代中盤か下手したら後半だったが、きっと三十路や四十路になっても今の見た目をキープするのだと思う。



そして雅典も同じタイプだ。


それでも今はまだ中身の年齢が外見に追いついていない美菜は、少しずつ変化している。

それに比べ実際の年が外見をとっくに追い越している雅典は、本当に変わらない。

数年ぶりに会った人がいれば、間違いなく驚くだろうというくらいに。




しかしそれを美菜が素直に認めるのは珍しいことだった。

いつもは人のことを年寄り扱いしてばかりだから、雅典は驚いた。



「美菜がそんなこと言うなんて、明日は雪でも降るのか。」


「まあクリスマスだし、こんな素敵なお店に来てるし、ちょっと素直になってみただけ。今日限定だよ。」



「そうか。クリスマスにいい店に来るとこんなご褒美がもらえるんだな。美菜が素直になるなんて。

じゃあ今までも部屋でのんびりなんてせずにもっとこういうとこ来るべきだったな。」



「そんな本気で悔しそうな顔しないでよ。もう失礼だなー!私そんなに素直じゃないっけ。」


「美菜が素直なら世界中みんな素直ってことだろ。」


「…自覚してます。」



そこで潔く認めるのもまた、クリスマスだからなのだろうか。


やはりいつもの美菜のほうがいいかもしれない、などと自分勝手なことを思う雅典だった。





「でも私たちみたいに、今年のクリスマスは外に出るっていう人たちも多いだろうね。」


「週末に重なったからな。やっぱり社会人だと平日にどこか出かけるのはきついものがあるし。」




「…そうなんだろうね。」


何気なく答えてしまった雅典だったが、美菜のトーンが僅かに下がったのを感じ取り、しくじったと思った。







実はここ最近、二人の間に僅かなすれ違いが生じていた。



美菜は大学3年の冬を迎え、就職活動の時期に突入していた。

一流と呼ばれる大学に通う美菜もまわりの友人たちに触発され、自分がやりたいことはどの業種か、何が自分に向いているのかなどと一般的な就活生と同じ悩みを抱えていた。


だが他の就活生と違い美菜には、大企業に勤める社会人でおまけに大学のOBでもある雅典がいる。

強力な助っ人になってくれるに違いないと思っていた美菜は、早速雅典に相談した。


しかしそんな美菜の予想とは裏腹に、雅典は真剣に話を聞くことすらしてくれなかった。

何度その話題を出しても、雅典らしくない歯切れの悪い返事しかしないのだ。



美菜はそんな雅典に不信感を持ち始めていた。


雅典も、自分のそんな態度に美菜が不満を持っていることはわかっていた。




だから今の二人に仕事の話題は禁物だったのに、美菜の魅力ともうひとつの事情から思考能力が鈍っていた雅典はそのことを失念していた。





言葉なくひたすら食事をする美菜に、何か言わなければと雅典は必死に頭の中の引き出しを探った。



「そういえば、今年こそはハルも楽しいクリスマスを過ごしてるんだろうな。」


「そうだね!でも、何年も彼女できなかったのに、付き合って半年で結婚しちゃうなんてね。」


「本当だよな。今頃ははじめてのクリスマスで盛り上がってるぞきっと。」




道代の心配もよそに、一向に身を固める様子のなかった晴彦。


しかし今年の夏に彼女ができたかと思えば、あれよあれよという間に結婚まで漕ぎ着けてしまった。

挙式は来年に控えているが、既に今月初めに入籍も終え新居で暮らし始めている。



相変わらず頻繁に出張にやってくる晴彦から、散々のろけられたのは記憶に新しい。



「ハルなら、幸せな結婚生活送れそうだよね。梢ちゃんもいい人だったし。」


「そっか。俺はまだ会ってないけど、正月には会えるから楽しみだな。」



雅典は話題選びに成功したと安心し、ばれないようにほっと息をついた。


しかし美菜は努めて明るく答えたものの、実際はまた別の思考によって心を暗くしていた。





晴彦から入籍したとの報告を受け、美菜は一人で実家に帰った。


付き合い始めの頃から晴彦は紹介したいと言っていたのだが、雅典の仕事の都合がつかないうちにここまできてしまったのでやむを得ず美菜だけが先に会うことになったのだ。



会ってすぐに仲良くなり、そのまま二人の新居に泊めてもらうことになった美菜はその夜3人で様々な話をした。

しかし数多く交わしたはずの言葉の中で、美菜が覚えているのはひとつだけだった。



「まさかナベさんより先に結婚するとは自分でも思ってなかったよ。」



晴彦は別に美菜を責めるつもりで言ったのではないと思う。

しかしそれは美菜の心の中でずっとわだかまっていた感情を刺激するに十分な言葉だった。





雅典も来年で32歳になる。


たとえ離婚歴があっても、この年齢の男が4年も恋人と付き合っていればとっくに結婚していてもおかしくない。

まして雅典が一度目の結婚を急いだ理由が、早く子供が欲しいからだと知っている美菜は、自分が学生であることを密かに申し訳なく思っていた。



だからといって大学を中退する気なんてない美菜は、それでもせめて自分があと5年早く生まれていればと思わずにはいられなかったのだ。





こんな日にそんなことを考えて雰囲気を悪くしてはいけないとは思うが、晴彦の結婚という出来事以来特に強く感じていたことだったので、頭の中から追い払うことが出来なかった。







「美菜、どうした?」


ようやく美菜の空元気に気付いた雅典が、怪訝そうに尋ねた。



「どうもしないよ?ハルが結婚かあって、なんかしんみりしちゃっただけ。」


曖昧な笑顔を作りながらそう答えた美菜だったが、こんな言い訳で雅典が納得しないことはわかっていた。

いつもはポーカーフェイスと評判の美菜も、雅典の前ではまったく通用しない。


案の定、険しい顔をした雅典がテーブル越しに顔を少し近づけてきた。



「で、本当はどうしたんだ?言ってみろ。」


「…こんな日に、しかもこんな店で話すことじゃないよ?」


「いいから。今日限定で素直になるんだろ?」


「うーん…」


こういうときの雅典が絶対に引かないこともわかっている美菜は、観念して答え始めた。




「あのね。この前ハルの新居に泊まったでしょ?その時ハルが言ってたことを思い出しちゃって。」


「なんて?」




「雅より先に結婚するとは思わなかった、って。」


「…。で?」




「ごめんね?」


いきなり謝られた雅典は、訳が分からず数秒間動きを止めた。

雅典が理解していないのを悟った美菜が言葉を続ける。



「私ずっと申し訳なく思ってたんだよ。私が学生なせいで、雅が結婚できないんだって。私じゃなければ、今頃雅は結婚して子供もいるはずなのに。」



何故それを美菜が申し訳なく思うのかわからない雅典だったが、美菜の表情の理由を知って心が晴れた。


同時に今がチャンスだと思った。



「そんなことずっと考えてたのか。なんで俺に言わないんだよ。」


呆れたような、それでいてどこかほっとしたような息をつく雅典を見て慰められた美菜はもう素直になれた。



「言えないよ。それで雅が本当に他の人のところに言ったら嫌だもん。」


「美菜じゃなかったら、きっと俺は未だに独り身だよ。美菜が好きなのに他の人と結婚なんてできないし、まして子供なんて作れるわけ無いだろ。」



「でも、」

「とにかくさ。美菜がそんなに気にしてるんなら、いい解決策がある。」



そう言いながら美菜に左手を差し出した雅典。


しかし斜め方向に差し出されたその掌には何も乗っておらず、美菜は首をかしげた。




「…なに?」



「お手。」


ペットに向かって言うかのように当たり前のごとく放たれた一言に、つい美菜も素直に左手を乗せてしまう。





乗せられた美菜の手を見て嬉しそうに微笑む雅典が、動き出したと思ったら美菜が口を挟む暇も無いまま。



気付けば薬指にダイヤの指輪がはめられていた。


明らかにエンゲージリングだとわかる、でも大げさすぎずシンプルで美菜好みの指輪。



既に雅典の手は離されていたが、美菜は自分の手を戻すのも忘れて見入っていた。







「美菜?」


「あっ、ごめん。」


ようやく我に返った美菜は差し出したままだった左手を自分の顔の前まで持っていき、間近で眺めた。



「これ…?」


「美菜、俺の方こそごめんな?」


このタイミングで謝り始めた雅典に、今度は美菜が見当もつかなかった。



「就職活動の話、いつもはぐらかしてただろ?」


「え…わざとだったの?」


「ごめん。美菜が不満に思ってるのもわかってたんだけど。」


「じゃあなんで!?」


少しムカッとしながら問い詰める美菜に、苦笑しながら雅典が言った。



「この流れでわかんないのかよ?本当に美菜って、頭いいくせにおかしなところで鈍感だよな。」


「…もしかして私馬鹿にされてる?」


「違う。そんなところが可愛いって言ってるんだよ。」



「なっ!ちょっとっ、急に何言ってるの。」


相変わらず照れ屋で天邪鬼な美菜の反応にも今日は構わず、あくまで真剣な顔をしたまま雅典が続けた。




「つまり、美菜には永久就職して欲しいんだ。俺のところに。」




「雅…」



雅典からの真摯な視線に、美菜も照れている場合ではなくなった。


見つめあいながら、無言の時が過ぎる。







ふと、表情を緩めた雅典。

椅子から立ち上がり、美菜の前までやって来てから優しさのたっぷりこもった声で言った。



「泣くなよー。」



「だ、だってっ…!」


はっきりと言葉にされるまで気付かなかった自分の不甲斐無さと、嬉しさと、安心感と、色んな感情がごちゃ混ぜになって気付けば涙が流れていた。


美菜は、自分の涙を拭うために伸ばされた雅典の親指の温かさに、益々泣いた。





止まる気配のない涙。

もはや雅典の指などでは役に立たなかったが、それでも顔に手を添えたまま、雅典は目の前の美菜にだけ聞こえる声で囁いた。



「だから、美菜には就職活動なんてしてほしくなかった。もちろん、美菜が働きたいって言うなら反対はしないけど。

でも、子供はすぐに作ろうな?」



「雅ぁ…」


「うん?返事は?」


「はい。よろしくおねがいしますっ…」





「っはあー。よかったー…。」


朝から緊張していた雅典は、ようやくその原因から解放されて思わず大きなため息を漏らしてしまった。

そんな雅典を見て、美菜も涙を止めて笑顔を見せた。





話がまとまれば、あとはさっさと残りのメニューを食して部屋へと戻るのみ。




急に口数が減り、一心にデザートを口に運ぶ雅典の魂胆が丸見えで、美菜は呆れながらもやはり自分も早く二人きりになりたいと思わずにはいられなかった。








次回は一気に半年後のおはなしに飛びます!





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