第17話:2002年4月12日(2)
前回の続きです。
宴会が始まって1時間ほどすると、雅典がようやく到着した。
あいかわらず達哉たちと盛り上がりながらも、視界の端でそれを確認した美菜。
しかし美菜のテーブルは入り口から遠く、またOBは別テーブルで集まっていたため、あえて反応せずにいた。
「おーナベ!こっちこっちー。」
飯野が雅典に向けて手を上げた。
OBたちはカウンターで静かに飲んでいるようだ。
「悪い、おそくなって。」
そう言って歩みを進めながら雅典は、遠くに見える美菜を目敏く発見した。
そのテーブルのメンバーを見て、眉をしかめる。明るい茶髪の2年男子グループ。そのテーブルだけ、別団体のようだった。
そんな雅典の視線の先に気付いたのか、入り口近くのテーブルに座っていた現役会長の男が挨拶をしてきた。
「あ、ナベさん。お久しぶりです!
あそこのテーブルだけ浮いてますよね。なんか、ミーティングのときからタツヤ達があそこにいる子狙ってるらしいっすよ。すっげー美人で。」
それを聞いて更に険しい表情をした雅典だったが、そこは大人の余裕を取り繕った。
「おー。久しぶり。それにしても、なんかすごい人数だな?」
「そうなんすよ。ま、いつものことですけどね。
あ、この人はOBのナベさん。うちに入るとこんなにかっこいいOBと知り合えるから、是非どうぞー。」
そのテーブルにいた新入生に向けて会長が言い、雅典も軽く自己紹介した。
「OBの渡辺です。みんな今日はどんどん飲んでくれていいよ。」
そのままOB席へ一直線に向かい、飯野の隣に腰をかけた。
飯野の奥にいる、同期の勇気が雅典に話しかけた。
「おつかれ。相変わらずナベは忙しそうだな。さすが商社。」
「それほどでもないよ。ユウキだって繁忙期はうちより忙しいだろ。」
「ま、とりあえず何飲む?」
飯野が話を遮り、雅典にメニューを渡した。
雅典はそれを見ることなく、答えた。
「生で。」
どうせ自分達が払うのだから、飲み放題のメニューにない生ビールでも構うまい。
「はっ、お前車は?」
プライベートでも交友のある勇気と飯野は、雅典が車通勤であることを知っている。
もちろん今日もそうだろうと思っていた勇気が、雅典に尋ねた。
「帰りは美菜が運転するから。」
遠距離恋愛のはずの彼女の名前が出てきたことに、2人が一斉に反応した。
「はっ?ミナちゃんって、遠距離じゃなかった?今日来てんの?」
「じゃあお前こんなとこ来てる場合じゃないじゃん。」
そんな2人とは対照的に、落ち着いたテンションで雅典が答えた。
「言ってなかったけ?そっか。合格するまではと思って黙ってたんだった。
美菜、今年からここの大学通ってるんだよ。だから今日もここに来てるし。」
先ほど以上に驚いた飯野が、目を見開いた。
「ここー!?お前、早く話せよ。
散々遠距離の悩み聞いてやっただろ?」
「だって前会ったのって2月末だろ?そのときはまだ合格してなかったんだって。」
「そんなことより、ここにいるんだろ?どの子だよ!キレイな子って言ってたよな?」
勇気が立ち上がり、美菜を探すかのように会場を見渡した。
そんな勇気に、飯野が助言した。
「そんなの、聞けば一発だろ。」
そして、同じように立ち上がり、会場中に響き渡る声で叫んだ。
「おーい!!ナベの彼女のミナちゃーん!!」
会場が一瞬にして、静まった。
その静寂を破らない程度に、朱美が囁いた。
「ねえ、ミナちゃんのことでしょ?」
「そうだけど、こんな風に聞かれても。すっごく目立ってるじゃん。」
美菜も小声で答えた。
隣のテーブルにいた大岩が静寂を破り、飯野に聞いた。
「えっ、ナベさんの彼女がいるんすか?」
「そうそう、新入生の中にいるらしいんだよ。ミナちゃんってどの子?」
「ミナちゃんって言ったら…、…このミナちゃん?」
そう言って、美菜を指差した。
観念した美菜は小さな声で、はい、と言って肯定した。
それを聞いて、会場がどよめいた。
大岩が心底驚いた様子で、美菜に聞いた。
「えー、ナベさんの彼女だったの!?あっ、知り合いって言ってたのってナベさんのこと?」
「はい、そうです…」
会場中が美菜の声に耳を済ませていて、さすがに居心地が悪かった。
そんな中でも、全く気にすることなく、飯野が言った。
「おい、ナベ。めちゃくちゃかわいいじゃん。しかも18とか、お前ずりーな!」
続いて勇気も、大きな声で話し出した。
「ミナちゃん?どうもー。ナベの友達のユウキです。ミナちゃんの話はよく聞いてるよ。」
「どうも…。私も、飯野さんとユウキさんの話はよく伺ってます。」
飯野と勇気だけが楽しそうに話すこの異様な空気を、上級生の女が打ち破る。
「てか、ナベさんに彼女が出来たなんて知りませんでしたよー!」
「ほんとですよー。しかも、ミナちゃんって。タツヤ達が狙ってたのにー!」
「ドンマイ!」
別の女の先輩も、達哉たちを指差して笑った。
そこでようやく立ち上がった雅典が、達哉たちに宣言した。
「とにかく、美菜は俺のだから。
お前らは他の子見つけろよ?」
それを聞いた上級生の女達から、黄色い声。
「きゃーっ!!!」
「やばいね!!そんなセリフ言われたーい!」
「しかもナベさんに言われたら、失神ものだね!」
「いいなー、ミナちゃん。ナベさんはみんなの王子様なんだよー?」
次々に話し出す女性たちに、美菜は苦笑いで答えた。
一通り美菜と雅典の話題が続き、美菜が疲れを感じ始めた頃に、雅典が話を区切った。
「この話はこの辺で。今日は現役同士の交流を深めるんだから、そろそろ元の話に戻れよ。」
その一言で、ようやくそれぞれがテーブル毎に話し出した。
「ミナちゃん18でしょ?ナベさんの彼女とかびっくりだし。」
「どこで知り合ったの?」
若干、気落ちした達哉たちが、それでも興味深そうに尋ねてきた。
「知り合いの紹介ですけど。もうこの話はやめようよー!」
「えー、めっちゃ気になるし。来週のミーティングの時いろいろ聞くから覚悟しといて。」
「てか、俺らが聞かなくても、たぶん女達が根掘り葉掘り聞いてくると思うし。」
「そうそう。あいつら絶対ショック受けてるしな。笑える!」
そんな風に達哉たちが話している中で、佐喜子が美菜の肩をツンツンと、指でつついた。
「うん?どうしたのさっちゃん?」
「…ミナちゃんの彼氏さん。すっごくカッコイイね。うらやましいな…」
「そうかな?でも、見かけよりもかなりおじさんだよー?」
「何歳なの?」
「28歳。10歳も違うと、ほんとに小さい頃の話とか会わないんだよね。」
「でも、私2浪だし。」
「あ、そっか。それでも、8歳もかなりだと思うけどね?」
「でも、いいなー。やっぱり、ミナちゃんみたいなキレイな子じゃなきゃダメなのかな。」
「そんなことないよー?さっちゃん自虐的だね?彼氏なんてすぐできるよ!!」
美菜は佐喜子を励ますように、明るく笑って軽く肩をたたいた。
飲み会のあと、2次会の話が出たが、雅典と美菜は帰ることにした。
案の定、全員から冷やかされたが、あえて軽く笑って返した。
雅典から車の鍵を受け取った美菜を見て、飯野が聞く。
「お前ら一緒に住んでんの?」
「いや。でも歩いて10分ぐらいのとこ。」
「めんどくさ!しかもミナちゃん大学遠いじゃん。意味わかんないし。」
「美菜の変なこだわりだからな。ま、どうせ毎日会ってるけど。」
「で、今日はそのままナベの家行くわけ?うわー、なんかむかつくな!」
そう言う勇気に向かい、美菜が慌てて弁解した。
「雅の家まで送ったら、私は帰りますよ?」
そんな美菜の努力は、次の雅典の一言であっけなく砕け散った。
「いや、帰すわけないし。」
「はいはい。もうやってらんねーし。」
呆れたようにため息をついた飯野。
「じゃあ、このバカップルはほっといて、俺らは2次会行こうぜー。」
「はーい。」
「ナベさんおつかれさまでーす!」
「ごちそうさまでした!」
「ミナちゃん、バイバーイ!」
「2人でごゆっくりー。」
そんな風に声をかけられ、苦笑いしながら、雅典と美菜は近くのコインパーキングに向かって歩き出した。
精算を済ませ、白のハリアーに乗り込む。
美菜の年齢の女の子が運転するには少し大きな車だが、慣れた様子でシートベルトをはめた。
「もー。すっごい恥ずかしかったんだけど!」
エンジンをかけ、車をスタートさせながら美菜が文句を言った。
そんな美菜とは反対に、照れをしらない雅典は冷静そのもの。
「なんでだよ?別に事実を公表しただけだろ。」
「だから、その公表の仕方に問題があるの!」
言いながら、流れてきた雅典好みのうるさい音楽を、美菜の好きな最新J−POPに変えた。
「まあまあ。とりあえずあれで、美菜に手を出そうとするやつはいなくなったな。」
満足そうに笑う雅典に、美菜は笑うしかなかった。
「はいはい、良かったね。雅に手を出す人もいなくなってくれるといいんだけどな。」
「そんなやつ最初からいないよ。」
「どうだか。
でも、雅が王子様って、かなり無理があるよねー?28歳で王子って、笑っちゃうよ。」
「俺は、見た目より若いからいいんだよ。だいたい、そんなに俺のことおやじっていうの、美菜とハルぐらいだし。」
「えー、そうなの?
じゃあ私も、雅を取られないように頑張ろっと!」
「そうそう、俺は美菜のものってアピールしとけ。」
冗談でそんな会話をする美菜と雅典。
しかし2人は既に、サークル内公認のカップルになっていたのだった。