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第11話:2000年12月17日

「久しぶりだね!」


「久しぶり、美菜。」


美菜、の部分を強調して、雅典が目で訴えかけてくる。



「…雅。」


恥ずかしいのを隠そうとして低く小さな声でそう言うと、雅典は満足げに笑った。



「なんか、照れるね。東京行って以来、会うのは初めてだし。」





あれから毎日電話は欠かさなかった。


おかげで美菜、(まさ)、と呼び合うようにはなったが、実際に本人を目の前にして名前を呼ぶのは、少し照れくさかった。

尤も、そんな風に感じているのは美菜だけのようで、雅典は平然と美菜の名を呼んでいた。


「このままハルの家に直行?」


「うん、そうだよ。色々話さなきゃならないこともあるしね。」



悠馬と美菜の別れ話をするためにやって来たとは言え、まだ完全に別れたわけではないこの状況。


厳密には、2人はまだ恋人ではないのだ。

だから今回も、雅典は晴彦の家に泊まることになっていた。



「ハルにはなにもかも世話になってるな。」


「でも、ハルの家に泊まるのは、負担じゃないと思う。だって、おばさん雅のこと大好きだもん。」


「じゃあ、俺が美菜のこともらうの、許してくれるかな。」



「おばさんに許されてもねえ。」


美菜は苦笑いした。











「おー、いらっしゃい。ナベさん、わざわざすいません。」


「いや、こっちのセリフだよ。本当に、何から何まで迷惑かけて悪いな。」


「迷惑って、何がですか?

うちの道代は喜ぶし、俺はナベさんに貸しができるし、いい事だらけですよ。」



予想通りのことを言う晴彦に、美菜は雅典と目を見合わせて笑った。


「ほらね?」

「だな。」


「なにがだよ?」


わけもわからず笑われて、晴彦が問うた。


「いやさ、おばさんは雅が泊まること大歓迎だと思うよって話をさっきしてたから。」


「ああ。道代はナベさんのことめちゃくちゃ気に入ってるからなー。

ま、とにかく俺の部屋行こう。」









晴彦の部屋で、それぞれの心のうちをさらし合った。



「私は、できれば悠馬と2人だけで話したいよ。」


「でもそれじゃあ、あいつはいつまでたっても別れるって言わないと思う。

だからこそ、ナベさんに来てもらったんだろ?」


「俺も、そいつにちゃんと話したい。3年も美菜と一緒にいた人なんだから。」



確かにそうかもしれない。


あれ以来一度も会ってはいなかったが、何度かした電話で、美菜は雅典のことを好きになったと告げていた。

雅典の名前や素性は一切話しておらず、「前回の話に出てきた男を好きだと気付いた」とだけ言った。それでも2人の話し合いは平行線。


「…。」




美菜の心は複雑だった。

晴彦の気遣いも、雅典の気持ちも嬉しかったが、3人で悠馬の前に現れることは避けたかった。

そうしたら、絶対に悠馬は傷つく。偽善だが、やはり嫌だった。

恋愛感情ではなかったにしろ、悠馬のことを大切に思っているのに変わりはないのだから。




「そうだな。ミナの気持ちもわかる。

ナベさんと2人でいるミナのことを見れば、あいつは一生苦しむかもしれないな…」


見たことのない相手ならまだしも、1度でも目にしてしまえば、それは悠馬の中で具体性を持って映像化されてしまうだろう。

そうすれば、きっと悠馬は余計に美菜のことを忘れられなくなる。


晴彦は悩んだ。


美菜のことだけを考えて雅典に来るよう頼んだが、悠馬のためを思えばそれは良くないかもしれない。

そして、悠馬のために良くないということは、結局美菜のためにも良くないのだ。




「すいません、ナベさん。来てもらっておいて悪いんですけど…やっぱり俺とミナ2人で話しに行きます。」


雅典は少しだけ考えるそぶりを見せたがすぐに、仕方がない、と言った様子で承諾した。













約束の時間の5分前。


美菜と晴彦は並んで悠馬の部屋の玄関前に立っていた。

雅典は近くの喫茶店で待っている。



「ミナ、行くぞ。」


「うん。」


美菜が、インターホンを押した。







「…なんでハルがいるんだよ?」


今日の用件が別れ話であることを、未だ信じたくないと思いながらもわかっている悠馬は最初から表情が暗かった。しかし扉を開けて晴彦を目に留めた瞬間、それまで以上に顔を強張らせて聞いた。


「俺も、お前に話があるんだよ。いいから、中に入れてくれ。」


そう言いながら、半ば強引に部屋の中へ入っていった。

悠馬がそれに続き、美菜も悠馬のあとをついていった。







「で、なんでハルが?」


3人分のコーヒーを用意して戻ってきた悠馬が、早速切り出した。




「…ひょっとして、晴彦、なのか?」


そしてほとんど確信を持ったような顔で美菜に問いかけた。



「違うよ。」

「んなわけないだろ。」


2人が同時に答えた。

途端にほっとした顔をして、しかしすぐにまた表情を硬くして問いかけた。


「じゃあ、なんでだよ?」




晴彦は、いきなり正座すると、勢い良く頭を下げた。


「悠馬、すまん!」


美菜はそんな晴彦と悠馬を見ることができず、ひたすら目の前の床を見つめていた。



「どういうことだ?」


「ミナが好きになった男を、紹介したのは、俺なんだ!」


晴彦は頭を上げ、悠馬の目から逃げることなく、しっかりと見据えながら話した。

それを聞いた悠馬は、長年親友だと思い続けてきた男からの信じられない告白に、これ以上ないくらいに目を見開いた。


「ハル、てめえッ…」


「悪い。もちろん、お前からミナを奪うつもりなんてなかった!

俺と同じように、兄と妹のような関係になれそうだと思ったんだ…」


晴彦は、雅典と美菜を会わせることになったきっかけや、その後について、簡単に説明した。



「10歳も違うから、まさかこんなことになると思わなかったんだ。

でも、向こうがすぐにミナのこと好きになったみたいで。でも俺、最近になるまでそれに気付かなくて。」


「晴彦、10違ったって、所詮男と女だろ?俺は、ミナと出会った14の時から、一度も子供だなんて思ったことはない。」


悠馬は、殴りかかってしまいそうな手をとどめるように、両の拳を硬く握り締めていた。




「悠馬…」


思わず名前を呼んでしまった美菜を、悠馬が見た。



「ハルは悪くない。悠馬も悪くない。全部、私が悪い。

悠馬は、そう言ってくれるけど、私が子供過ぎたの。自分の気持ちがわからなかった私が悪いの。」


美菜は泣かないと決めていた。

潤ませながらも、目は悠馬をしっかりと捉えて言った。



続けて何か言おうとした美菜を、晴彦が遮った。


「悠馬。俺さ、お前と美菜はお似合いだって、ずっと思ってた。

年齢とは逆だけど、ミナが悠馬を包み込んでるって感じで。」


晴彦が何を言いたいのかわからず、怪訝そうな顔で見返した。




「だけどさ、違ったんだよ。

ミナは、年のわりに大人っぽいし、落ち着いてるけど、だからって本当に大人なわけじゃないだろ?」


「そんなの、わかってるよ。」


「いや、わかってない!お前は、ミナに依存しすぎたんだ。

きっと、ミナ本人も気付かないうちに負担になってるところがあったと思うんだ。」




悠馬は、美菜を見つめた。


美菜は、悠馬を見た後、晴彦に視線を移して首をかしげた。




「だから、ミナ本人も気付かないうちにって言ってるだろ。

道代がさ、…母さんが、言ってたんだ。

悠馬とミナがお似合いだと思っていたけど、ミナとナベさんを見てると、一緒にいるのがすごく自然で、当然のことのように思える、って。」


「…。」



そのとき悠馬は、はじめてその男の名前を知った。

ワタナベさんって言うの、と美菜が補足したからだ。





「それって、やっぱり悠馬といる時はどこか無理してたってことなんだよ。

お前がミナと出会ったのは、もう成人する寸前だったけど、ミナはまだ14歳で、付き合ったのだってお前がはじめてだった。きっと、悠馬に対する愛情が、恋愛感情かそうじゃないかの区別なんてつかなかったんだよ。

それを、ようやく今気付いたんだ。

気付いたのは俺が紹介した男のせいだけど、そうじゃなくてもそのうちミナ自身で気付いてたと思う。

間違って結婚する前で、良かったんだよ。」





「なんだよ、それ。…なんなんだよ。」


悠馬は、自分が運命の相手だと信じて止まない美菜の運命の相手が、違う男なのだと言われて何も言えなかった。

自分以外の男が、美菜の隣に並ぶなど、許せなかった。







「そいつ、今どこにいるんだ?東京か?」


悠馬は見てみたいと思った。晴彦と晴彦の母がそこまで言う男を。



「近くの喫茶店で待ってるけど…」


美菜は、呼びたくなかったから語尾を濁した。

しかし悠馬はこのままで納得できそうになかった。


「呼んでくれ。」


「わかった。」


うろたえる美菜のかわりに晴彦が答えて、携帯電話で雅典を呼び出した。









すぐに、雅典がやって来た。


美菜が玄関まで出迎え、2人は僅かな間、無言で見つめ合った。




「行こう。」


雅典が美菜を促し、2人で中へ入っていった。



気配に気付くと、悠馬はひと呼吸おいてから、2人に振り向いた。


「ワタナベ、マサノリさん。」


「はじめまして。」


美菜が悠馬に紹介し、雅典は丁寧に頭を下げた。



悠馬は、少し驚いていた。


27歳だと聞いて想像していた姿より、遥かに若くお似合いな男が、美菜の横に並んでいた。

普段から落ち着いている美菜が、更に大人っぽく、女っぽく見えた。


晴彦が言っていた言葉の意味が、理解できてしまった自分が悔しかった。





「ワタナベさんは、東京の人なんですよね?ミナに会えないで、お互い好きでい続けられるんですか?」


「その自信はあります。でもその前に、美菜に会えなくて平気でいられる自信がないので、会いに来るつもりです。」




「悠馬…、私も。私も、雅に会わなきゃ耐えられないの。」



それは、決定的な言葉だった。



会えなくても寂しがらない美菜に、悠馬が不満を投げかけるやり取りを、何度しただろう。

そんな美菜の言葉に、もう悠馬は納得せざるを得なかったのだった。











美菜と雅典は玄関で、悠馬の見送りを受けていた。


晴彦はこのまま残るそうだ。きっと、自棄酒に付き合うつもりなのだろう。

2人の仲が壊れそうにないことに、美菜は心から安心した。



「ミナ。」


先に雅典が出て行き、2人きりになった玄関で悠馬が言った。


「俺、まだ当分はミナのこと忘れられない。好きでい続けると思う。」


「悠馬、ごめんね。本当にごめんなさい。」


「でも、いつかは絶対に吹っ切るから。

俺も、また誰か他の人を好きになるから。

そしたら、また会ってくれるか?」


「悠馬…。ありがとう。」


「ミナ、今はまだ本心からの言葉じゃないけど、幸せになれよ。」



我慢し続けていた涙を、ついに零してしまった。

自分が泣くのは違うと、そう思っていたのに。


それでも出来る限りの笑顔を悠馬に返し、部屋を出た。




―パタン




扉の外では、雅典が待っていた。




「美菜?」


「…大丈夫だよ。行こっか。」



心配そうに覗き込む雅典にも、美菜は笑顔で返した。


すると雅典が手を取って足早に歩き出した。



「そうだな。早く行こう。美菜が人目を気にせず、泣けるところまで。」




結局、その場で泣き崩れた美菜を、雅典は強く、出来るだけ強く抱きしめ続けた。















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