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第5話:憧れと理由

 ルビーラビットから勝ちをもぎ取ったあの戦いから、およそ二日が経った。


 しかし、今回の冒険でミール達が目指す先はダンジョンの中層。そこは、上層と異なって中型、大型のモンスターが跋扈する魔境と言われている。いかに経験を積んだ冒険者と言えど、油断をすればすぐに命を失うこととなるだろう。ギルドに置かれているダンジョンの攻略情報を鵜呑みにするわけではないが、ミールは中層という場所の危険性を理解しているつもりであった。


 本来であれば新人の中層立ち入りは推奨されていない。しかし、一度だけ新人が中層に立ち入ることをギルドが推奨する機会がある。


 それが、今ミールが受けている教導期間――新人達が、己の力を過信して闇雲にダンジョンの攻略を行わないようにするため、中層の危険度を最初の機会に身体へ叩き込むのだ。


 大抵の新人は中層の恐ろしさに冒険者稼業から脱落してしまうが、死なれるよりはマシだろう。ギルドカードの返還はこの時期が多いのだとか。


「ここからは、お前の戦闘の参加は後援のみだ。回復薬の使用の配分、矢の受け渡し、その他のアイテムの管理。そして戦闘で他のモンスターが接近した場合は俺に伝えろ。この先、中層でお前がナイフを抜く場面は無いものとして考えてくれ」


 安全地帯と呼ばれる、ダンジョンの上層と中層の合間に存在する休息地。そこで火を囲みながら、団長であるフレイグは念を押すようにミールに告げた。


 ミールはこれまでの冒険で自信がついたわけではないが、上層で二日過ごして(一対一でならば)ルビーラビットに安定して勝てるようになった。冒険の合間にフレイグとバレスから手ほどきを受けたナイフの扱いも、初日よりは形になっており技量の面でも着実な成長を見せているが、ルビーラビットに勝てるようになったのは、技量が上がった、という単純な理由だけではなかった。


 自然の現象ではあり得ない、不可思議な成長。ダンジョンの中でモンスターを狩ると、身体能力が強化されていくという話は本当であった。その原理は未だに不明であるが――冒険者登録をする前、ギルドの受付嬢から聞いていた眉唾な情報に一先ずの安堵を覚える。


 だが、その程度の成長では中層攻略の荷物となる。故に、フレイグは「ナイフを抜くな」と言ったのだ。後援であれば、ある程度のパーティの動きを理解している人間ならば、誰がやろうと変わらない。その点、ミールはこの二日間、休息時間は背負っている背嚢の中にあるアイテムの効能を理解するために費やしていた。咄嗟の判断には不安が残るものの、その勤勉さはフレイグを唸らせるほどであった。


 ミールの動きが後衛だけであれば、前進は可能か――フレイグはそう分析していた。予定は少し早まるだろうが、問題はない。しかし、それは普段のフレイグからは想像も出来ない予定変更であった。その変更の一因は、彼の背景にある、レギオンの存在である。


 レギオンとは、目的を持った冒険者達が集まり、作り上げる派閥のことである。信条や信仰、他にも様々な要因から生まれる派閥は幾つも存在しており、ギルドもその全てを把握しきれていない。


 レギオンにもよるが、その構成は上下関係、序列というものがある。フレイグとて例外ではなく、レギオンから指示されれば逆らえない。


 そのレギオンからの命令である二十階層の突破。出来ることなら、この冒険でダンジョンの把握だけでもしておきたい。その理由も、フレイグの考えを後押しした。


「……はい!」


 ついに来たか――一瞬、ミールの表情に緊張が走った。中層攻略を団長が決定する、ということはパーティ全員から技量を認められたということと、同時に死への危険性が近づくということ。


 つい数日前までは孤児院の庇護下にあった、肩書のなかった孤児である。孤児院でやっていたことなど、子供の世話と飲兵衛の世話だ。そこには、少なくとも死への危険はなかった。


 上層での戦闘でも、そうである。命のやり取り、と恰好良く言ってはいたものの、ルビーラビットをフレイグ達に援護してもらいながら討伐したにすぎない。


 だが、中層のモンスターはどうだ。図鑑に載っていたモンスターは、絵からでも伝わってくるほどに不気味であった。


 それでも、ミールはここまでの冒険で評価されたことに報うべきだろうと、小さな勇気を掻き集める。それでも、集まったところで勇猛と呼ぶには幼い、一歩踏み出すだけの勇気しかない。

 

「……どうしてミールは冒険者なんかやりたいんだ?」


 そんな緊張した新人を慮ってか、バレスは口にしていたハーブ茶を置きながら質問した。


「……笑いません?」


「笑わないよぉ」


 そういうバレスの口端はすでに笑っている。往々にして、新人がこのような可愛らしい前振りから話を始めた場合、ギルドの酒場で数日は度数の強い酒と共に冒険者の口から出入りすることとなるだろう。酔っ払いの行動原理など、シスター・マルチ(素晴らしい反面教師)で痛いほど理解している。ここで言えば、背びれや背びれ、翼なんかも付けて原形を留めずに飛び立つこと請け合いだ。


 そしてもう一つ、こうなってしまったら諦めるのが最も手っ取り早い、ということも理解している。


 見れば、フレイグも興味があるのかこちらに視線を投げている。グリントは言わずもがな。わくわく、と身体を揺らしているのがミールの視界の端に映る。


 どうにでもなれ、と捨て鉢気味にミールは口を開いた。


「英雄に憧れているんですよ」


「――へえ、どの英雄かな?」


 この世界には、何人もの英雄を称える伝説がある。中には、まだ生きている英雄や、世界は一度滅んでいるという大仰な逸話を残すものまで存在するのだ。


 年端もいかない子供であれば、そんな英雄譚に夢想し時に彼らを模倣した遊戯をするだろう。そして、大人になれば冒険者を志す者も多い。


 ミールも、その内の一人であった。


「無手の英雄、ロディ・ガーデンですよ」


 それを聞いたバレスは大きく口を開けて笑い、フレイグもまたバレスほどではないにせよ、いつもの強面を崩して笑っている。グリントと言えば、そんな二人とは対照的にぱちぱちと拍手していた。相も変わらず彼(?)の頭部は兜で表情は見えないものの、その行動はミールの心持を幾許か救った。


「ロディ・ガーデンと言えば、最後の魔王を討った英雄か」


 数いる英雄の中で、ロディ・ガーデンという英雄は特に異彩を放っていた。曰く、武器を使わずに数多の敵に打ち勝った。曰く、最後の魔王を討った――その他にも語り継がれる英雄譚はあるが、紹介すれば枚挙に暇がない。


 これほどに有名な勇者であれば、ミールのようにロディへ羨望する者も多いだろう――しかし、実際は彼の英雄に憧れる者は少ない。


「……世界を滅ぼした英雄ねえ」


 バレスがポツリとつぶやく。人々がロディに憧れない理由。世界を滅ぼした、という負のイメージがその名前に纏わりついていたのだ。その理由は未だ大きな謎であり、伝える文献も存在していないのだ。そもそも、彼の英雄譚は口伝によるものが多く、その分布もかなりの広範囲に及ぶ。一概に彼の英雄譚から導かれる印象は《悪》ではないのだが、人々の持つ彼への印象はあまり良いものではなかった。


「い、いいじゃないですか! 愛する人のために戦った、無手の英雄ですよ! 世界を滅ぼした、と言ってもこうして世界は存在していますし、どうせ後付けですよ!」


「くくく、躍起になるなって。誰もお前の夢は馬鹿にはしないって」


 「当分は肴にするけどな!」と笑いながらバレスはハーブ茶を注ぎ直す。彼からしてみれば、それは微笑ましい理由であった。孤児であったミールの背景――本人の口から聞いただけとはいえ――を知った身としては、常に心配していたのだ。消去法で、止む無く残った冒険者の道を歩いている――そんな不幸な理由ではなく、目指すべき姿がある、その理由を知れただけで、バレスはミールを応援しようと思っていた。


 対してミールは顔を俯け、苦悶の声を上げていた。


 きっと、帰ってバレスが酒場でこの話をすれば、ミールは『ロディ・ガーデン』に憧れる変人(・・)である。


 想像しただけで顔が赤くなる。ミールは半ば、憧れを語ることについて後悔しつつあった。


「……そういうバレスさん達は、どういう理由で?」


 ミールのささやかな反撃である。本来であれば、冒険者の過去を訊くのはマナー違反であるが、酒の肴を提供したことに免じて、先輩方は快く口を開いた。


「狩人よりは、こっちのほうが儲かるんでね。世知辛い理由さ」


「俺は元傭兵でな。こちらの方が性に合っただけだ」


 それでも、肝心のところは暈していたが。


「(ぶんぶん)」

 

 グリントは短い腕を振り回し、何かを伝えようとしている。どうやら腕が立つから冒険者をしているらしい。時間が経つ毎にグリントの身体言語が理解出来るようになり、どこか感慨深いものを感じる。

 

 どれもこれも、当たり障りのない理由でミールは一人、損をしたことを理解して肩を落とすのだった。  

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