第20話:王と戦士
「よーし、何事も平和的かつ穏便に解決しようじゃないか」
どしりと、我が物顔でミールのベッドに腰を下ろすのはナインである。場を仕切るように振る舞う彼女に、ミールは溜息を吐きたい気分であった。
剣呑な雰囲気は未だ拭えていない。片やナインを敵視するグリント、片や笑顔でその視線を受け流すナイン。この両者に挟まれたミールは、居心地の悪い温度差に滅入っていた。
「平和的に、って……」
ナインの一言はあまりにも説得力の無いものだ。ダンジョンから帰還するまでの間の彼女の態度を鑑みると、どうにも信用できない。立ち塞がるモンスターは殴り殺し、阻む壁は粉砕する――その姿は紛うことなき戦闘狂であった。仲間であれば頼もしい力であるが、決して孤児院の一室で振るっていい力ではない。
相対するグリントもそうだ。冒険の道中では表情こそ伺えなかったものの、彼女の性格は温厚そのものであった。しかし、今の彼女が漂わせる雰囲気は敵意を孕んでおり、何を起点にして爆発するか分からない爆弾のようだ。
「……道楽でその姿になったわけであるまい。貴方が我が王の言う魔王ナインであるならば、その姿である理由を説明をしてもらおう」
その姿、というグリントの言葉にミールも心のどこかで納得した。グリントほどではないにせよ、ミールもナインの印象に曖昧な違和感を抱いている。ミールとて、ナインとの数奇な出会いから今に至るまで少女の姿であることについて質問をしようとしていた。なぜ、その姿なのか、と。
だが、夢の中から現れた人物に問うには、少々滑稽な質問ではないか。何よりも、ナインの態度がその事に触れるのを忌避しているようなものであり、他者との距離感に慎重なミールにはそこへ踏み込む勇気がなかったのである。
「ふむ、話せば長くなるなあ」
「話してもらう」
にべもない。グリントは向けていた斧槍を静かに収めると、冷たい視線をナインに浴びせた。
「……もうちょっとフレンドリーでもいいじゃないか。ボク、少し傷ついたからね!?」
ナインは心底傷ついた、と胸に手を当てて表現する。本当に大袈裟であり、胡散臭い彼女の態度に流石のミールも苦笑いを隠すことは出来なかった。
「ナイン……話してあげたら? 僕も気になるよ」
「ふぅむ、君からのお願いには弱いからなあ、ボク。よし、じゃあ話そうか。朝食までの暇つぶしにね」
あっさりと快諾するナインの反応に、ミールは拍子抜けした。こうも簡単に説明してくれるのであれば変に気を揉む必要もなかったのではないか、と自身の考えが杞憂であったと知り、ミールは安堵の息を漏らした。
「まず初めに、君の懸念はボクが本当に魔王ナインであるか、ということだろう? ボク本人が言ったところで説得力はないかもしれないが、ボクは魔王ナイン本人に間違いはない」
「……その証拠は?」
圧を掛けるようなグリントの言葉にナインは一言、ふぅむと唸る。
「淫獣王フグリス、彼の切り札は二つ、いや、正確に言えば三つある。ボクら王座に座る者達でも、これを知っているのは少ないはずだけれど」
何気ないように言ったナインの一言に、グリントは驚愕の表情を浮かべた。
「それは……」
「ボクは彼の切り札を知っている。勿論、その気はないけれど、やろうと思えば彼を殺すこともできるんだよ。まあ、彼は彼でボクの弱点を知っているわけだけれどね」
害意はない。だが、それはその気にならなければ、の話だ。
「だから、話し合いの前の大前提を一つ言っておこう。ボクは味方だ」
「……先の非礼をお許しください。貴方の言葉を信じましょう、魔王ナイン。我が王の矛を知る者であれば、信用に足ると我が王が自ら認めた証だ。だが……」
「この姿である理由かい?」
グリントは僅かに首を動かし首肯する。そもそも、ナインの姿が少女であるということ。それはグリント達、獣人の王にとって想定外の出来事だった。本来はミールを守るという目的のために集まった同志といってもいい関係になるはずであった。
しかし、ナインと呼ばれる魔王の姿はなぜか少女。フグリスから伝えられた魔王ナインの容姿はおろか、性別まで異なっており、己に託された職務を全うするためにグリントは警戒したのだ。
「恥ずかしい話だけれどね。本来であればアージュ……まあ、古い友人に召喚されるはずだったんだ。それがどういうわけか、ボクの精神と魂だけは召喚されなかったんだ。別にあっちであれば、精神と魂という不安定な状況でも、ただ消滅するのを待つ余生を過ごしていたんだけれどね」
「ちょっと待って、消滅するって……」
話は難解な方向へと舵を切り出した。ミールは慌てて、その動きについていこうと挙手をする。まるで無知な学生を相手にしているようで、ナインも快く頷いて彼の質問に答えた。
「肉体、精神、魂。この三つは生きている者達を構成する上で不可欠なものなんだ。たとえ不老不死の魔王と言えどもね。その肉体を奪われたボクは、何も出来ずに死ぬ――はずだった」
「……生き永らえるために肉体を得たのですか。よりにもよって、その体とは」
グリントのその一言にナインは首肯する。
「まあ、数だけはあるからねえ、この体。分の悪い賭けだったけれど、やれば何でもできるもんさ。……なんて、恰好はつけてみたものの、この肉体に合わせるために精神と魂の規格を削ったから、本来の魔王の力は行使できないんだよね。それでも何も出来ずに消え去るよりはマシだろう?」
確かにミールがナインに助けられたのは事実である。しかし、あれほどの力を持っていながら、本領を発揮できない状態であるという事に、ミールは戦慄した。一歩間違えれば、自分も巻き込まれるほどの火力を持っていたのではないか――そんな嫌な想像を、彼は引きつる笑顔で誤魔化した。
「何か要らない心配をしているね? 大丈夫だよ、あれでも本気じゃない。威力くらいちゃんと調節できるさ」
「う……そうだよね、頼もしいなあ! ナインは!」
どうやら魔王には読心術の心得もあるらしい。冷や汗を流しながら、ミールは目を逸らして取り繕う。もしも彼女が本領を発揮できればどれほどの力を持つのか。想像するのも恐ろしい。
「しかし、失った肉体はどこへ? それに今の貴方は召喚されたわけではないのでは?」
グリントの言葉は尤もであった。ナインの話を聞いている限り、見えてくる謎はそれだ。
「それなんだけれどねえ。ボクの体がどこにあるかはよくわからない。あまり彼女を疑いたくはないが、まあ状況的に言ってボクを召喚しようとした彼女が一番疑わしいね」
「……魔王ナイン、失礼を承知で言わせてもらいますが、貴方は少々、他の王に対して警戒が無さすぎる」
「ははは、よく言われるよ」
人懐っこい笑顔を浮かべる美少女に、どうやらグリントも毒気を抜かれてしまうらしい。肉体を奪われたことさえ、どうでもいいと言わんばかりの態度に、ミールもグリントと同じく呆れてしまう。とても、簒奪という物騒な業を背負っているとは思えないほど、目の前の魔王は朗らかな表情である。
「次にボクが召喚されたわけではないという点だが、これも肯定。ただ一つ、このことを話す前にボクも確認しておこう」
一息吐いて、ナインはミールを見据える。その視線はダンジョンの中でもミールに向けられた、何かを問う視線であった。
いや、もっと深い。ここから先は戻ることを許さないという、魔王の詰問であった。
「君は英雄になるために、全てを捨てられるかい?」




