3話
「・・・そして、こう・・・こうすれば・・・・・・いや・・・これでは俺まで不利になるか、ならば、これで・・・」
「???」
ブツブツと念仏を唱えるように独り言を喋り歩いて数時間。
ネオ達2人は平原を超えて森を歩いている。
ネオは目的地へと歩きながら自分専用武器と幹部作成に取り組んでいた。
そして、必死に付いてくる奴隷となった女の監視を一切緩めずに。
「!?キャァァァァ!!」
突然女が悲鳴を上げた。
それにネオが気づいて女の方へと向いて、どうしたのかと辺りを見渡す。
女はネオに指差して原因を示す。
「ちっ・・・またか」
ネオの首筋に狼のような獰猛な獣『ガルム』が牙を尖らせ噛み付いていた。
しかし、首筋の神経を正確に噛み付いていても、血はおろか皮膚から先は食い込んでいなかった。
「・・・ふん」
食いついていたガルムの首根っこ掴み、そのまま投げる。
投げられたガルムは地面に転がりながら受身を取り、唸り声を上げながら再度ネオに向かっていこうと前のめりに構えて睨みつける。
しかし、ネオの殺気に満ちた目に睨み返されて、一瞬で戦意を喪失し、ガタガタと震えながら仰向けにして腹を見せる服従のポーズを取る。
「はぁ・・・・・・もう良い。失せろ」
殺気を消し、ガルムに言うと、それを解したのか、ガルムは飛び起きて一目散に森の奥に逃げていった。
「はぁ~~~~~~」
これで4度目である。
ここに来るまでネオはモンスターに襲われ続けた。
最初は『オーク』。槍で腹を突かれたが同じように皮膚で止まり、その次は『ゴブリン』の鋭い爪で引っかかれても、逆に爪が欠け、3度目の『トロール』に至っては頭に棍棒を叩きつけられたが、棍棒が粉砕となってしまった。しかも、全てネオだけが襲われた。
もっとも、痛みやダメージは全く受けていないので何とも無い。もっとも、衝撃は感じるのだが、今のように集中しすぎて全く気づいていない。
何故ネオだけ襲われるのか?理由は簡単だった。
女はビクビクとしながらだが、歩きながらも周囲に目を向け警戒を怠らなかった。
だが、ネオはブツブツと喋りながら上の空で、無警戒で歩いている。モンスターからすれば標的にされやすい獲物だったからだ。
しかし何とも無いとはいえ、4度目だというのに、その度に女の大声が耳元で響く。ネオにとってこちらのほうが精神に少なからずダメージを与えていた。
(いい加減慣れろ。いちいち叫ばれてはどうにかにりそうだ・・・)
「・・・あのな、いい加減俺の耳元で叫ぶのはやめろ。うるさいし、それに、俺が普通の人間でないことがもう理解できてるだろうが」
「で、でも、やっぱり襲われたら・・・その、びっくりして・・・・・・怖いです」
「ちっ・・・」
(この反応からして、・・・モンスターに慣れていないか、関わりない生活を送っていた・・・という所だろうか?このままではまた叫びかねんな。・・・たまらんな)
女から辺りに目を向ける。
やはり周囲からモンスターの殺気が少なからずネオ達に向けられている。
しかし殺気は感じるのだが、ネオの目にはモンスターの姿はあまりに薄く見えてしまう。それはもはや『いない』に等しい。
ネオは目に力を入れて神経を集中させ、ようやくモンスターの姿を目視に入れる。
(クソ・・・やはり存在感が薄い。こんなに厄介とは。まだ・・・この身体に慣れない。・・・時間が必要か・・・)
神経を集中させているせいか眉間に皺が出来、少しばかり頭痛が出てきている。
(しかたないか・・・)
「おい・・・その場に伏せろ」
「え?え?」
「いいから、やれ!」
少し怒鳴り気味に言葉を発する。
女は驚いて手を頭に乗せて、急いで地面に伏せる。
「特殊技能〈王者の殺意〉Lv1〈我王〉!」
「???・・・・・・・・・ひっ!!」
先ほど称号と共に得た新たなる力を試す為もあり、特殊技能を使用する。
特殊技能発動させたと同時にネオを中心に殺意が周囲に飛び散っていき、森全体に広がっていく。
殺意に当てられたモンスター達は声もなく逃げていき、ネオ達に向けられた殺気は徐々に遠ざかっていく。又、か弱い小動物も同じく逃げるか、気絶していきその場に倒れゆく。
気づけば、森には音もない静寂に包まれた。
(うむ。ま、こんなものだろうな。しかし・・・Lv1でこれか・・・特殊技能も練習と実験が必要・・・か)
覚えたての技を使用してみて、想定以上の結果となって驚いたが、ネオは満更でもないと思った。
「さて・・・おい、いつまで伏せている?」
女は身体を抱きながらまだガクガクと震えて俯いて伏せている。
「おい?」
ようやく震えながら顔を上げると、女の顔は恐怖で顔面が蒼白、涙を数滴流している。
特殊技能の影響が彼女にも受けていたのだ。しかも、至近距離で。
まだ、特殊技能のコントロールが出来ないネオにとって、彼女にここまでの影響があったことは誤算であったに違いない。気絶していないのは多少なりとも警戒をしていたからだろう。
「・・・はぁ~。仕方ないとはいえ・・・マジか・・・で、立てるか?」
「だ、ダメです。た、立てませ~ん」
(・・・・・・最悪だ!)
ネオは、自身の頭痛がより深くなる錯覚に陥った。
しょうがなく、女をそのまま肩に担ぎ、森を進んでいく。女性なので一瞬お姫様抱っこやおんぶをして進もうかと思ったのだが、ここまでやかましく苦労したのだから、(冗談じゃない)と一蹴した。
(なんで俺はこんな奴を奴隷にする。なんて言ってしまったんだ?)
歩きながら奴隷にした事の後悔と不満を心の中で吐き出す。だが、存在が強いので迂闊に捨てることも出来なかった。
「あ、あの・・・ネオ様?・・・ごめんなさい」
「・・・良い。今回は俺の落ち度でもある。それより・・・あ~・・・ん~・・・ちょっと聞きたい事の前に、お前、名前が無いとはいえ、何かしら呼ばれていなかったか?」
「え?」
「いや、いつまでも『お前』とか『女』とか呼ぶと、これからの事を考えるとな。・・・少し面倒でな」
ネオはまだ人の目に晒すわけにはいかない。だが、それは100%無理なのだ。姿を完全に隠すならば、自分をどこかに引き込ませるしかない。
だがそれではネオのやりたいことも情報も全てが手に入らない可能性が大きい。何よりネオ自身が我慢できそうにない。
幸いな事にネオの見た目は人間と同じだ。それゆえネオは人間達等に出会った時の為に色々と怪しまれずにしようと考えた。そのため、この奴隷となった女との打ち合わせ等が肝要となる。
「ま、お前に解るように言えば、俺が今、魔王と知られるとヤバいんでな。だから、色々決めたいんだ。その最初が名前だ。お前も必要だろ?」
肩に担がれながら女は今までの過去を思い出す。
思い出していく時、ときおり表情は暗く悲しくなっていた。
「私、お母さんがすぐ死んじゃって、本当に名前が無いんです。・・・いつも『お前』とか『そこ』って言われてました。他にも・・・『役立たず』って・・・」
「・・・」
「あ、でも、他の子達から『アオちゃん』って呼ばれてましたよ」
「それは・・・いや、そうか」
彼女が呼ばれた理由としては髪の色から付けられたものだ。
そして、彼女が言う他の子達とは奴隷仲間だとネオは思った。
「だが、それは名前にはならん。・・・よし。今よりお前は『マナ』と名乗れ。そしてそれをお前の名前にしろ」
「『マナ』?」
「ああ。『魔王が名前をつけた』から略し取って『マナ』だ・・・気に入らんか?」
「―!ち、違います!ただ、・・・良いんですか?私なんかに名前をあげて」
「?言っただろう。正体がバレるのはヤバイと。それに、名前は重要だぞ。呼ぶのにも困るからな」
「『マナ』。私の名前・・・『マナ』。・・・えへへ。嬉しいです。ありがとうございます!ネオ様」
「あ、ああ」
(そんなに嬉しかったのか。まぁ、気に入ったのなら問題ないな)
先ほどの顔色が嘘のように、今は笑顔になってほっこりしている。
「さて、名前も決まったところで、色々話し合いたいことが山ほどあるが、今は、そうだな・・・昔、この世界に君臨した魔王バンデルを聞いたことはあるか?」
「え?魔王バンデル?」
「そうだ。俺の頭・・・いや、昔、この森はな、こんな穏やかものではなく、もっと強いモンスターも生息いた暗黒地域だったらしい」
その原因がこの森の奥にあるバンデルの城であり、領域であったからだ。
「もっとも、バンデルが死んで今はこんな状態になってしまったんだろうがな。マナ、俺はバンデルとある約束を交わした。それを果たす為にも何か知っている事があるなら教えろ」
「ネオ様・・・あの、貴方様は・・・物語の世界から来たのですか?」
「?物語の世界?違う。何故そんな質問をする?何の意味がある?」
「え、だって、バンデルに会って約束をしたって・・・」
「???」
古い物語を語る。
『昔々あるところに悪い悪い大悪党、バンデルという者がおりました。
大悪党は凶悪なモンスターを操り、強力な魔法を使って人々を襲い、国中を恐怖に陥れました。
いつしか大悪党は魔王と呼ばれるようになり、人々は魔王バンデルを恐るようになりました。
しかし、魔王バンデルの悪行を止めるべく7人の勇者達が立ち上がり、魔王バンデルに戦いを挑みました。
戦いは長く、困難でしたが7人の勇者達は愛と希望と勇気と正義の力で魔王バンデルに勝利し、世界に平和と光を取り戻しました。
めでたしめでたし』
「・・・が、昔々から伝わっているお話なんです」
「あの、黒マリモがね、へ~・・・」
(ダメだ、全然想像ができん)
「へ?くろ?まりも??」
「何でもない。気にするな。しかし、正義か・・・胸糞悪い」
ネオは何とも言えない表情を浮かべながらおとぎ話を聞いた。
話を聴き終わった頃にはもう夜となっており、ネオ達は焚き火をつけて丁度良い岩に座っていた。
火を付ける時、ネオは魔法を使用したのだが、まだまだ手加減の調整が不十分であった。
森を焼くわけにいかない為にネオは木の棒を拾って構え、被害が及ばない空に向って魔法を唱え火を付けたのだ。
もっとも、放った下級魔法〈火炎〉を放った時の火柱が強すぎて、予想以上に立ってしまい、人目についてしまったと思い、マナを担いで急いでその場から移動したのだった。
「ふむ、なるほど。お前が言った物語の世界から来たという意味はわかった。・・・が、違う。俺は死んだバンデルの魂・・・になるのか?それと会っただけだ。バンデルが死んでから、だいたい300年経過した別の世界でな」
「え?でも、今のおとぎ話は、その、今から1000年も前に作られたお話なんです」
「何!1000年だと!?」
「え!?そ、そうですよ?わ、私、何か変な事を言ったでしょうか?」
ネオは驚いて立ち上がり大声で叫んだ。
それもその筈。転生後の世界がまさか、およそ700年経過した後だったとは夢にも思わなかった。
が、すぐに納得もいった。平原もこの森の変化を考えればそれだけの時間経過があったということには反論の余地もない。
しかし、何故700年という大きなズレが起こってしまったのかは分からないでいる。
ネオの考えつく答えはこうだった。
一つ 自分の転生、又は肉体構成等に700年も費やしてしまったか。
一つ 前世界と今世界の時間の流れが異なっている為。
一つ 自分を作った者が何らかの意味を持ってこの時間に転生させたか。
一つ 黒マリモがボケて300年と言った可能性があった。
考えてみても答えなど出るはずもなく推測は深まっていくばかりであった。
気が付けば考える時間を長くしてしまったのか、マナはうつらうつらと頭を上下に揺らしながらと寝息を立てている。
(ん?・・・長く考えすぎたか?・・・ま、こいつにしてみれば、怒涛の一日だったな)
ネオはマナを横にして、焚き火の中に薪を入れる。
完全に眠ってしまったマナを他所にネオはまた色々と考え始める。
(考えてみれば・・・この程度の年数の差は・・・さほど問題では無い・・・か?)
そう、ポジティブに変換するのならば年数など問題ではない。強いて問題を挙げるのならば頭の中の、この辺のマッピングと情報のみで、そこまでネオ自身に被害が出るわけないのである。
もし、転生時にもっとも困る最悪の問題点を出せと言うのであるのならば、自身の姿と場所である。
例を出すならば、よく本等で出る『魔王』は決まって人の姿をしていない。人に近い姿をしていても元はモンスターの姿を残している事が多い。
で、あるならば、最悪ネオの転生した姿にはデロンデロンのグッチョグッチョの目も当てられない姿になっていた可能性もあり、自身の行動も制限されていただろう。
が、これはクリアされて、今は人間に近い姿をしている。ただし、見た目が幼いので威厳が無いように思われる事と背が低い事が難点である。実際身長はマナの方が高いのである。
場所の問題もクリアされている。
これが、街中に転生してしまったら一気に注目の的になってしまうことだろう。
そうなれば情報が広がり、同じく行動の制限が付き、街中を突然裸で現れたとあっては一発で逮捕されるだろう。そうなれば威厳もクソも無い。
しかし、今現在、殺した奴隷商人とオマケで手に入れた奴隷女は目に届く限りは安全だろうと思うしかないのが現状だった。
それらを踏まえて今のネオの状態で時間など全くの問題は無いのである。
(どうやら、俺は運に見放されてはいないようだな)
そう思うと自然と笑みが出て声が出そうになるのをこらえる。
(しかし、この身体は何だ?)
今一度自分の身体を確認する。
それは、ここまで歩いたにも関わらず疲れや空腹感、更に言えば眠気さえ起こっていないのだ。
マナの話を聞いていた時、もぎ取った軽い果物等はほとんどマナが食べて自身は食べなかった。
今現在、夜も更けたというのに全く眠くないのである。
「まだまだ色々と調べる必要がある・・・か。しかし・・・便利といえば便利なのか?・・・ま、いいか。さて、続きをやるか」
懐から2つの黒い玉を取り出し、ネオは再度自分の武器と幹部制作に取り掛かる。
太陽が地平線から出て、森の木々から朝露と陽光が照らされる最高の朝となった時、それをぶち壊す大音量が森に響いた。
「!?」
あまりの轟音と衝撃を聞いてマナは一瞬にして目を覚まし、辺を恐る恐る見渡した。
「は、ハハハハ、ハハハハハハハハハハハ!」
土煙の中からネオが狂ったように笑い、煙の中心に目を向けている。その目はまさに狂気であり狂喜に満たされていた。
その様を見て、マナは恐怖に駆られ震えた体を抱きしめた。今、マナは後悔する。自分がとんでもない者に仕えてしまったと。
しかし、気づいたネオはマナの方へと向く。
「何だ?起きたのか?それとも起こしてしまったか?」
「あ、あ・・・・・・あ」
言葉が上手く出てこない。恐怖が身体から出て行かない。
マナは今、はっきりと感じていた。ここに、目の前に立っている子供は人間では無いと。
「ふ、まぁ良い。見ろ。お前はこの上ない幸運の持ち主だ。この、歴史的瞬間を目にしたのだからな」
ネオの表情が少しだけ和らいだ。しかし、その表情は、本当に嬉しそうに。
例えるならば子供が待ちに待った玩具が手に入ったような、そんな無邪気溢れた笑顔でマナに向けて話した。
そして、ネオは片手で空を横殴りし、土煙をなぎ払った。
そして、土煙を発生した中心に一本の刀が刺さっていた。刀は、鞘も柄も全てが白に染まっていた。
ネオは刀に近づき、それを手に持ってニヤリとまたあの、狂喜の顔を浮かべマナに見せつけた。
「素晴らしいだろう?これが俺の、世界でただ一つの、俺専用の武器だ」
「け、剣・・・です、か?見たこともない形、です」
「これは刀という。俺の、前世の世界で最も美しく、最も強く、最も切れ味が素晴らしいと自負する剣でな。・・・うむ、名を、魔王刀『無』」
「む?」
「ふ、分からなくても良い。こいつの実験は後にするとして」
ネオは『無』を手にし、懐からもう一つの玉を取り出した。
「さぁ、驚くのはもう一度だ。今度は心臓が止まらんようにな!」
黒い玉を勢いよく空中に投げる。
玉は空中で弾け、黒い雷が大音量と共にネオの近くに落下する。しかし、今度の雷は落下する直前に4つ分裂した。
そして、同じように土煙を巻き上げながらネオは高笑いし、落下した物を直視する。
「さぁ、姿を見せよ!我が愛しき幹部達よ!」
「あ、あ・・・」
土煙の中の4つの影が、少しづつ姿を現していく。