霜月 純斗 Ⅱ
昼過ぎ、俺は自転車を走らせていた。
久しぶりに大声を出したせいで、少しだけ喉がひりひりする。
自分の貧弱さに飽き飽きしながら公園へと到着すると、すでに少女は昨日と同じ場所に座っていた。
「おはよう」
俺が声をかけると、少女は顔を上げ俺のところへ走ってくる。
「ホントに来てくれた!ありがとう」
昨日よりもほんの少し明るくなった笑顔を見て、俺も思わず笑顔を作る。
「よし、探しに行こうか」
「うん!!」
昨日探さなかった場所を重点的に見ていく。
「うーん……いないねぇ……」
少女は草薮の中へ顔を突っ込みながら言った。
「よし、じゃあ、こっちを見てみよう。」
俺は昨夜、妊娠・出産後の猫について調べていた。
どうやら出産後の猫、特に野良猫などは警戒心が強く、常に子供の周りにいて、人に触らせないよう威嚇するらしい。
つまり、今のような状況はおかしい訳だ。五匹の子猫は少女が家から持ってきた毛布の中でもぞもぞと身を寄せあっている。
その周囲に親猫はおらず、俺達がいない間に世話をしている様子も見受けられない。
ミルクこそあげてはいるが、やはり母猫の母乳のほうが栄養もあるだろう。
子猫は少しずつ衰弱しているようだった。
親猫がそばにいない理由は二つ考えられる。
第一に、親が育児を放棄した場合。
この場合おかしいのは、親猫が公園自体に現れなくなっていることだ。
餌や寝床のあるこの公園を放棄して別の場所へ行ったとは考えづらい。
もうひとつ考えられるのはは、意図的に誰かに連れ去られた場合。
俺はこちらの可能性が強いと考えていた。
公園の野良猫を自宅で飼うために連れて行ってしまう人は数少ない。
だが、ゼロではないのだ。
子供を産んだという事実を知らず、誰かが親猫を連れて行ってしまったのかもしれない。
俺は少女と共に、公園に来ている子供や、その親に猫の話を聞いてみることにした。
「最近猫を連れて行った人はいないか」と。
聴きこみをした結果、最近二組の人間が猫を連れて行ったらしい。
一人は、近所に住む猫好きのおばさん。この人は俺も面識があり、猫が好きだということも知っている。
そしてこのおばさんはきちんと役場へ届け出をして猫を引き取っていた。
そしてその猫は、しーちゃんではない。
もう一組、猫を連れて行ったのは、近くの中学の男子グループ。
嫌な予感しかしなかった。
俺はその中学生の人数とよくいる場所をメモすると、教えてくれた人に礼を言って少女にそのことを伝えた。
「------もしかしたら、その中学生が連れて行ったのが、しーちゃんかもしれない」
「しーちゃんは?もう帰ってこないの?」
少女の心配そうな顔は俺の心を締め付けた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
中学生の溜まり場へ向かう俺の後ろ、少女がこっそりと付いてきている。
「ついてこないで、公園で待ってろ」
何度目かのセリフを少女へ投げかける。
猫を連れて行った中学生、嫌な予感がした俺は少女を連れて行きたくなかった。
「いやだ!私もしーちゃんさがすもん!」
しかし少女は頑として譲らなかった。
日が沈み始め、あたりは徐々に暗くなってきている。
「仕方ない…大人しくついてくるんだぞ」
一人で家に返すのも謀られた俺は、少女を連れて目的の場所、開発途中で放棄された工事現場へと向かった。
目的地に着く頃には、あたりはもう暗くなっていた。
工事現場の中を覗くと、中は街灯や、中学生が設置したと思われる簡易照明によって明るい。
そこには6人の中学生がいた。性別は全員が男、何かを囲むように円形に立っている。
------ゴスッ…バキッ……ガカッ……
聞きなれない音が響く。
学生服に身を包んだ少年たちはしきりに何かを踏みつけている。
足の間では、何かがグチャグチャになっていた。
おそらくそれは。信じたくないけれど。かつて猫だった何か。
毛は砂でまみれ、足はあらぬ方向へ曲がっている。
その目にすでに生気はなく、灰色の瞳がどこか虚空を見つめていた。
「っ……おい!」
気づいたら俺は、少年たちの前へ飛び出ていた。
少女はまだ入口で呆然としている。
「なんだよ」
「だれ?」
「じゃますんじゃねーよ!」
6人は俺に気づくと、足を動かすのをやめ、こちらを向く。
どの顔も”ただ楽しみを邪魔された”程度の顔
「なんで殺した」
俺はあくまで冷静に聞いた。
何かが胸の中では渦巻いていたが、それを必死に押し殺して。
「なにいってんのこいつ」
「は?うざ、まじウケる」
「お前にはどうでもいいだろ?」
こいつらに反省なんてない。
「なんで殺した!答えろぉッ!!」
大声が出ていた。
今日はハルに出したからもう二度目だ。
目の前のできごとに感情を止められない自分と、それを冷静に見ている自分がいた。
いつでも冷静に。熱くなってもいいことなんかない。
「決まってんだろ?……楽しいから」
こいつらは狂ってるんだ。
「何匹やっても飽きねょな!ぎゃはは!」
俺なんかが止められるもんじゃない。
「お前もやりたいの?ダ・メだけどな!」
でも……
「次はこいつの子供でもさらってきて殺すか!」
「「「それ採用!はははは!」」」
俺の中で、何かが、切れた。
「うがぁあああああああ!!」
自分でも何を叫んでいるのかわからない。
ただ、目の前にいたヒトに見えるものを思いっきり殴った。
人を殴るのは初めてだ、まして喧嘩なんてしたこともない。
「うがぁ!がぁああ!」
それでも、手足を動かした。必死に。
ここで動かなかったら俺は、一生前を向けない気がしたから。
「うおっなんだこいつ急に」
「いってぇ!」
「んだよ…やっちまうか」
------バキッ!
殴られた。痛い。それでも、止まれない。
もう俺を見ていたもうひとりの俺はいなかった。ただ、感情のままの自分が一人。
「うぁあああ!」
俺は泣いていたのかもしれない。
喧嘩慣れしているであろう中学生に囲まれ、蹴られ、殴られ、踏まれた。
地面に突っ伏した俺が目を開けると、灰色の目を下猫と目があった。
生気のないその目は、俺を攻めているように思えて
「うわっ!こいつ吐きやがった!」
「きたねえな…おい」
「もういこうぜ、なんかしらけたわ」
去っていく少年たちとその脇を抜けて駆け寄ってくる少女をぼんやりと見ながら、俺の意識は落ちていった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
目を覚ますと、満天の星空が見えた。
地面は冷たく、寝転んだままの俺から体温を奪っていく。
右手に熱を感じ見やると、小さな手が俺の右手を握っている。
少女もまた、ただ星空を見上げていた。
何か言いたかったが、惨めな言葉しか出てこない。
「ごめんな、俺負けちったよ」
「ううん、かっこよかった」
「でも…」
「しーちゃんはっ……」
少女は俺の方を向く。
その両目は赤く、頬には涙の伝った跡が幾筋にも残っている。
「しーちゃんは、きっと、最後に守ってもらえて、幸せだったと思うよ」
俺は、泣いちゃいけないんだ。
そう思えば思うほど、涙が溢れてきた。
俺は、何一つ守れなかった。
弱い人間だ。
こんな俺に泣く資格なんてない。
でも、涙は止められなかった。
二人、自転車を押して歩く。
途中自販機で買ったジュースが口の中でしみたがそのまま飲み干した。
ジュースがしみたから涙が出た。そう言い訳した。
腕も、足も痛い。でも一番痛いのは、心。
俺たちは、工事現場からしーちゃんを運ぶと、公園に穴を掘り、そこへ埋めた。
少女を家に送ると、その両親から怪訝な顔をされたが、少女が事情を説明すると、お礼を言って戻っていった。
ふたりの涙は、遥か彼方、天ノ川へ
空の先で、輝き、きらめく。
その川の行方は深い夜の闇に隠されたまま。ただ、朝を迎える。




