神無 匠 Ⅱ
俺は悩んでいた。
きっかけは昨日の夕方、クラスメイトの倉田水月に言われた言葉。
「あのね、私、匠君のこと、好きです」
太陽が照りつける公園のベンチで、彼女は微笑みながらそう言った。
そのあと、どんな話をしただろう。
たしか、猫が好きだとかどうとか……
正直あまり覚えていない。
最初の告白で俺の頭の中はいっぱいいっぱいだった。
夕暮れ時、
「返事はまた今度でいいから。今日はありがとう匠くん。楽しかった」
倉田はそう言って去っていった。
部屋の中で二日連続悶える俺。
(どうする俺!倉田めちゃめちゃ可愛かったぞ?あんな可愛い子に告白されるなんてもうないかもしれない、これが最初で最後のチャンスかも知れない。宇佐木より可愛いかも…いや!それはない!あの宇佐木だぞ?いやでも倉田も……)
「うがぁあああああああ!俺はいったいどうしたらぁああああああ!」
何度も同じ思考ばかりが頭の中を堂々巡りしている。
―――――――ちゃーららーちゃらららーちゃらららららぁーらー♪
昨日と同じ音、再び俺の思考を中断させたのは携帯の着信音。
昨日のこともあり、俺は恐る恐るかかってきた番号を確認する。
電話の主は、親戚の家に出かけている母からだった。
「もしもし、匠あんた今家にいるかい?」
「いるけど?」
「ちょっとさ、また凛ちゃん預かってくれないかい?」
神無凛。近所に住んでいる親戚とうちは仲が良く、俺はよく従妹であるこの少女の面倒を見ていた。
まだ幼稚園に上がって間もない凛は純粋で可愛らしかった。
もちろん宇佐木や倉田とは違った意味で、だ。
「ん、別にいいよ」
「じゃあ今から連れてくから。二、三時間頼むよ!」
「あいよ」
しばらくすると、母が従妹とともに帰ってきた。
「じゃあ私は買い物行ってくるから、頼んだよ。怪我させないようにね」
「はいはい。早く行ってこいよ」
母はそう言うとすぐに凛の母親と出かけて行ってしまった。
俺は一生懸命靴を脱いでいる凛を温かい目で見守り、しっかり脱ぎ終わったのを確認すると、部屋へ戻った。
「ねーねーたくみおにーちゃん。なにして遊ぶ?」
凛はもはや慣れた様子で俺の部屋まで付いてくる。
俺が座ると、その膝の上へちょこん、と座った。
「そうだなぁ…凛は何がしたい?」
「かいじゅうごっこ!」
「んー?かいじゅうごっこ?」
「凛がかいじゅうで、たくみおにーちゃんがヒーローね!」
「普通逆じゃないのか…?」
凛と遊んでいる最中も、俺の頭の中は昨日の出来事でいっぱいだった。
おかげで”かいじゅう”さんから何度もお叱りを受けてしまった。
「ぎゃー!やーらーれーたー!」
「がおー!かいじゅうつおいー!」
最後はヒーローが怪獣によって敗北し、ごっこ遊びは終了した。
真夏の室内で汗をかいた俺と凛は交代でシャワーを浴びると、クーラーの効いた部屋でアイスを食べる。
「おいしいね、アイス」
「あぁ…」
「おにーちゃんは何アイスが好き?」
「あぁ…」
(俺は…どうしたらいいんだ……?)
「ねぇ!なーにーあーいーすー?」
「あぁ…」
(宇佐木か…倉田か…)
「もう!聞いてないでしょ!!」
ガスンっ!!!
ボーッとしていた俺の脛に凛のパンチが炸裂。
いかに幼稚園児といえど脛への一撃は大きかった。
「ぐおぉおおおお……」
油断していた俺は脛を押さえて部屋を転げまわる。
「何なやんでるの!凛に言ってごらん!」
「り、凛はまだ幼稚園だろ?わからない……」
「言ってごらん!早く!」
「だから……」
「早く!」
ベットの上で腕を組む凛は頑として諦めなかった。
「んー、まぁ、お兄ちゃんは好きな人がいて、でもお兄ちゃんのことを好きな人もいて……」
きっと分からないだろうと思いながらも、全て話してしまった。
凛は静かに聞いていた。
「で、おにーちゃんはどうしたいの?」
凛が聞いた。
「俺は……」
「凛はおにーちゃんのこと大好きだよっ。だから一緒にいたいの」
「大好きだから、か」
「うん!おにーちゃんも大好きな人と一緒にいられたらいいね!」
「そうだな。ありがとう凛」
「いいよっ✩」
しばらくして、凛は親に引き取られて帰っていった。
俺は、夕日が差し込む部屋で一人、携帯をとる。
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日が沈み、公園には心地いい静けさが広がっていた。
「こんばんわ、匠くん」
昨日とは違ったパンツ姿、黒いホットパンツに薄いカーディガン。
今日も倉田は可愛らしかった。
「来てくれてありがとう。昨日の返事を、しようと思って」
「うん」
公園に俺たち二人以外の姿は見受けられない。
点在している街灯がふたりをほのかに照らしている。
「正直昨日はびっくりした、突然告白されたこともだけど、倉田が、すっごく可愛かったから」
「えへへ……」
照れくさそうに笑う倉田は、やっぱり可愛かった。
俺はそんな倉田の顔をしっかりと見据えて言う。そうしないと失礼だと思ったから。
「倉田はすごく可愛いよ。でも、ごめん。倉田とは付き合えない」
「…………」
「俺は、宇佐木が好きなんだ。この気持ちに、嘘付きたくないから」
「…………そっか。」
「うん」
顔を伏せた倉田の表情を伺うことはできない。
でも俺は、倉田の方を見たまま次の言葉を待っていた。
「ごめん、倉田」
「謝らないで」
沈黙が流れる。草むらでは鈴虫が愛の歌を奏でていた。
「うん。もう大丈夫」
そう言って顔を上げた倉田の目は、暗い街灯の中でもわかるぐらいに潤んでいた。
でも、それを零さないように必死にこらえているのもわかった。
「しっかり言ってくれてありがとう。伝えてくれて嬉しかった」
「うん」
俺は、こんな時、なんて言っていいのかわからなかった。
何を言っても、倉田を傷つけてしまうと思ったから。
「ごめん、今日は帰るね。また学校で会ったら話しかけてもいいかな?」
「もちろん!今日はごめ……いや、ありがとう」
「じゃあね匠くん。おやすみ」
最後の最後、俺は倉田の顔を見続けることができなかった。
彼女の頬を伝う何かを見てはいけないような気がしたから。
公園のベンチに腰掛ける。
俺は下を向いていた。何故か俺の足元には大粒の涙が落ちている。
告白されるのがこんなに辛いと思ってなかった。
俺の漏らした嗚咽を愛の歌が包んで空へと還してゆく。
空には満天の星空が煌めいていた。




