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僕達の七夕戦争  作者: 小月 恵
2013/07/07
6/14

長月 悠 Ⅱ

俺は、ミトの家に来ていた。

時刻はまだ昼前、いつもなら店の手伝いを始める時間だが、あいにく今の俺にそんな元気はない。



店を継ぐべきなのか、自分のしたいことをするべきなのか……

俺は迷っていた。

いや、自分が迷っているのかどうかさえもわからなかった。




ミトの部屋は、黒と白で統一された少ない家具が、整頓されて置かれている。


いつ来ても綺麗なその部屋はミトの性格が顕著に現れている。


俺はミトが淹れてくれたコーヒーをすすりながら、パソコンで何やら調べ物をしているらしいミトをぼーっと見ていた。



「なぁ、ミト。ミトはさ、夢ってある?」

「は?急になんだよ」



なぜ俺はこんなことを聞いたのだろう。

ミトはパソコンをいじる手を止めて、こちらへ振り返る。



「いや、なんとなく……さ」

「ふーん、変なやつだな」



ミトは再びパソコンの方を向き、キーボードを叩き始める。

しばしの沈黙。耐えられなくなった俺が口を開こうとした時



「小説家」



ミトが一言、小さくしかし決意のこもった声で、そう言った。

俺が顔を上げると、ミトはこっちを見ていた。俺の目を見ながらしっかりとした口調で言う。



「俺の夢は、小説家だ。どうして?とか聞くなよ。好きだから、楽しいから、大した理由なんてない」


「ハルは、どうなんだ」


ミトはまだ俺の方を見ている。

ミトに夢を聞いた時点で自分に同じ質問が返ってくることなどわかっていた。

そして、心のどこかで、ミトに聞かれることを待っていた。



「俺は…………俺は…………」


俺は、口をつぐんだ。

何も言えなかった。頭の中をグルグルと黒いものが渦巻いている。


どのくらいそうしていただろうか。


「話してみろよ。聞くぞ」


俺はミトの声で再び我に返った。


「俺は………どうすればいい?」

思わず言っていた。それからは止められなかった。

親父が嫌いなこと、でも料理は好きなこと、店を継いだほうがいいのか迷っていること、大学の話。


最後の方は自分でも何を言っているのかわからなかった。


そんな、まとまりもなく、ただの愚痴のような話をミトはただ黙って聞いてくれた。


「ハルは、どうしたいんだ?」


俺は下を向いた。自分の夢を持って、それを追いかけているミト。そんな彼に自分の迷っている情けない顔を見せるのは、どうしょうもなく恥ずかしかった。


「店は、やってみたい。でも、店をやるって決めたら他の夢は全部捨てなくちゃならない。だから……」

「怖いのか」


俺は顔を上げる。ミトはさっきと変わらず、俺の方を見ていた。


「ハルは、どっちかに決めるのが怖いんだろ?それは……」


「うるせぇよ!」


今度は俺がミトの言葉を遮った。図星だ、図星だからこそ、腹が立った。


「怖くて悪いかよ!自分の将来だぞ?不安で、怖くて、何が悪い!」


悔しかった。これはきっと、ただの八つ当たりなんだろう。


「いいよなお前は!家業がなくて!自由だもんな」



違う。ミトは俺なんかよりずっと悩んで、努力してる。



「…………………」


ミトはさっきよりも力強い目で、俺の方を見ている。


そんなことにさえも腹を立ててしまう。

自分が、止められなかった。



「何黙ってんだよ!なんか言えよ!」


ついに俺はミトの胸ぐらを、つかんでいた。

ミトは俺の目を見たまま抵抗しない。



「なんか言えって言ってんだろ!!どうせ俺のこと馬鹿にしてんだろ!おいミ…」



------ パシンッ!!



部屋に、肌を叩く音が響く。

その場に尻餅をついた俺は、その音がミトが俺をビンタした音だと気づくまでに数秒かかった。


「甘えてんじゃねぇよ!!」



俺はミトが大声を上げるのを初めて聞いた。



「将来が決まってるのが怖い?ふざけんじゃねぇ。それはお前が逃げてるだけだろ、心のどっかで継ぐしかないって思ってるんだろ。お前の人生だ、何したっていいじゃねぇか、一度や二度失敗したら終わりなのか?お前は天才じゃねぇんだよ、たかがその程度の失敗怖がってんじゃねぇよ!!」



俺は息を荒くしているミトをただ見ていることしかできなかった。

ただ、叩かれた頬が熱を持ってじんじんしている。



「お前の限界をお前がきめんじゃねぇ」


ミトはそう言うと、俺の手を掴んで立ち上がらせる。


「叩いて悪かった、すまん」



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



じたくへ戻ると、すでに昼のピークは去り、客はまばらだった。

いるのは常連さんばかり。



親父は俺の姿を見つけると、さっさと手伝えという目をして俺に背を向けた。



「………………」



俺は私服のまま、キッチンへと入った。


「親父」


俺が声をかけると、親父は訝しげな目でこちらへ振り返った。


「ひとつ、決めたことがある」



「なんだ?さっさと着替えてこい、今日はポークソテーだ」



親父は俺から目を離すと、再びフライパンの方を向いた。




「俺は、店を継ぐ」


「当たり前だ」

親父は相変わらずフライパンから目を離そうとはしない


「だから、大学に行かせてほしい」


「は?」


親父が火を止め、こちらを向く。


「なんのために大学なんて行くんだ」


親父の目が 行くな と言っている。



「俺は、料理が好きだ、店も継ぎたい。でも、それだけで自分の将来を決めたくない!だから、大学に行きたい、手伝いもする、バイトもして家に金も入れる、だから、もう少しだけ、俺に頑張らせてくれ………ください」




これが、俺の答え。

ただ現実から逃げてるだけだ、とか、欲張りだとか言われるかもしれない。

でも、俺はやってみたい。頑張ってみたい。

いままでだらだらと生きてきた自分と決別したかった。



頭を下げた俺を見て、親父は特に何も言わなかった。



ただ一言。



「大学に行かせるぐらいの貯金はある。バイトなんかしなくていいからちゃんと勉強しろ」


そう言われた。



俺は部屋に戻りながら泣いた。

今まで親父の言いなりだった俺の初めての反抗。

傍から見たら反抗とも言えないかもしれない。



でも、俺の中には心地いい充足感が広がっていた。

それと共に、自分で選んだ道への決意も。



俺は初めて、自分で一歩を踏み出せたのかもしれない。



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