霜月 純斗
真夏の空の下、俺は自転車を漕いでいた。
額の汗を拭いながら、ペダルを押してゆく。
俺達の住む街は適度に自然の残った。
良く言えば「自然と共存した」、悪く言えば「中途半端に発展しかけたまま放置された」街だった。
俺の家は街外れ、木々の間にぽつん、と建てられている。
多少学校や市街地へ向かう時には時間がかかるが、俺はこの自然に囲まれている家が好きだった。
図書館へを赴き、目当ての本を借りた俺は帰り道も自転車を走らせる。
今日借りた本は
「香辛料の正しい使い方」
「スパイスとはなんぞや」
自分でも笑ってしまう。
タクやハルと同じく、俺もカレーバカのようだ。
坂道を登ると、汗がたれて目に入ってくる。
風を感じながら坂道を下ると、大きな広場が見えてきた。
家からそう遠くない公園、もうじき行われる夏祭りの会場となるその場所は、舞台や屋台が設置され始めていたが、今日は作業もなく、遊んでいる子供も少ないため閑散としていた。
俺は公園の入り口、しゃがみ込む人影を見つけ、自転車を止める。
石で作られている階段に座っていたのは一人の少女。
容姿や横に置かれているランドセルから推測するに、小学校三年か、四年生ぐらいか。
俺は自転車を押して少女へ近づくと、どうやら小さく嗚咽を漏らしながら泣いている少女へと話しかける。
「どうしたんだ?」
「………………」
少女は俯いたまま、何も言わない。
「言ってくれなきゃわからないだろ」
「………………」
少女は俺の方を一瞬だけ見ると、またすぐに俯いた。
「あのなぁ……」
「……っさい………」
小さく聞こえた声。
「ん?」
俺は少女の方へと耳を近づける。
俺の顔が少女の目の前まできた時、少女は顔を覆っていた手を外すと、勢い良く立ち上がる。
「うがっ!!」
少女の頭突きを顔面に喰らった俺は、後ろへと尻餅をつく。
間抜けな姿をした俺を見ながら、少女は高らかに叫んだ。
「うっせーんだよ!この変態野郎!!」
それだけ言うと少女は、あっけにとられている俺を尻目に再び泣き出した。
俺は自転車をしっかりと駐輪場に止めなおすと、少女の横に座り直した。
泣いているのは構わんが、変態野郎だけは訂正しなければならない。
ーーー三十分程そうしていただろうか。
少女は泣きつかれたのか、顔を上げると、ぽつぽつと俺に話してくれた。
「あのね、しーちゃんがいないの……」
少しづつ少女が話してくれた内容は、要領を得ず、長がかったが、まとめればこうだ
"公園に住み着いている猫が一匹行方不明だ"と。
この公園は「猫公園」と呼ばれるほどにたくさんの猫が住み着いている。
ここに住み着いている猫は適度に人馴れしていて、悪さをしない、噛まない、と良い子ちゃんばかりなので、猫好きの人は公演にあしげよく通い、よく世話をしている。
どうやら、この少女もそんな中の一人だったようだ。
少女が言う「しーちゃん」は、最近五匹の子供を産んだお母さん猫で、親身に世話をしていたそうなのだが、ここ二日間ほど子供だけを残して姿を表さないそうなのだ。
少女はそう話したあと、再び俯いてしまった。
俺はため息をひとつつくと、立ち上がり、少女の方へと手を伸ばす。
「じゃあ、一緒に探すか」
俺は少女の手をとって立ち上がらせる。
「二人で探せば、きっと見つかる。俺に任せておけ」
ハルやタクに見つかったら、らしくない。そう言われそうだ。そんなことは自分でもわかっている。普段の俺ならまず公園の入り口に少女を見つけたとしても自転車を止めることなどしないだろう。
これはただの気まぐれだ。
たまたま少女が気になって、声をかけたら、可愛そうだったから協力した。
それだけだった。
それだけのはずだった。
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結果は、散々だった。
俺と少女は日が暮れるまで公園内やその周辺を探し続けたが、猫を見つけることはできなかった。
「……………」
帰り道、少女は俺の横で再び俯き、とぼとぼと歩いている。
「ごめんな」
俺は謝った。俺に任せとけ、なんて言って、俺には何もできなかった。
少女は俺の言葉に顔を上げ、微笑んだ。
「ううん……だいじょうぶだよ。いっしょに探してくれてありがとう、お兄ちゃん」
初めて見た少女の笑顔は、なんだかとても悲しくて。
夕暮れの赤から蒼へと変わりつつある空は俺達二人の心を映しているようで、いつもを好きなその色が、今日だけは煩わしかった。
「明日も、探そうな。絶対、また来るから」
少女は嬉しそうに頷くと、俺と別れて帰っていく。
俺は少女の背中を見送ると、自転車へとまたがり、家への道を走らせた。




