長月 悠
目覚めは最悪だった。
「おい悠!いつまで寝てんだ!」
親父の声に、俺はゆっくりと体を起こす。
家の最上階、まぁ、二階までしかないわけだが……
俺はあくびをしながら部屋のドアを開け、外へと出る。
「おい!起きたらとっとと店手伝え!ちゃんと着替えて顔洗ってこいよ!」
「わかってるよ、怒鳴るなよ!」
俺は、親父が嫌いだ。
うちは、小さなレストランを経営している。周囲にライバル店がないおかげか、まぁまぁ繁盛しているみたいだ。
俺に言わせれば、味も、見た目も、イマイチ。
俺はしぶしぶながらも支度を整え、店舗である一階へと階段を降りていった。
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店の中は混雑していた。ほとんどが見知った顔、常連客だ。
「おっ!ハルか。手伝いなんて偉いなぁ………」
「ハル君、おはよう」
「ハルじゃないか!今日は学校お休みか?」
声をかけてくる常連客に返事を返しながら、俺はエプロンと帽子をかぶり、キッチンの中へ。
「遅いぞ悠」
キッチンでは、親父がフライパンでケチャップライスを作っていた。
「うるせぇな。手伝うだけマシだろ」
俺は、玉ねぎを数個、手に取ると包丁で刻み始める。
何をするのか言われなくてもわかっていた。
中学に入る前からキッチンに立たされ、すべての動きは体に染み付いている。
俺は、そんな自分も嫌いだった。
人は、未来が見えないのが嫌いだという。
そんなのは、嘘だ。
俺は、未来が見えてしまう。それも、明確に。
だから嫌なんだ。
このまま高校を卒業して、店を継いで、そして、そのあとは………
「おい、手。止まってるぞ」
おやじから叱咤され、再び手を動かし始める。
親父はいつも店のことしか考えてない。それも嫌いな理由の一つだ。
いつだって店、店、店、店。
母さんが死んだ時でさえもそうだった。
もともと病弱だった母さんが入院するようになったのは、俺が中学二年の頃。
俺は毎日のように、病院に行った。
母さんが、大好きだったから。
でも、親父が病院に来るのは閉店後の毎晩九時。
母さんが死んだ時でさえも、親父が来たのはきっちり九時だった。
「悠、こっち来い」
昼のピーク時間が終わり、客の数が落ち着いてきた頃、親父に呼ばれた。
何をさせられるかはわかっていた。
「今日はオムライスだ」
メニューの練習。もうあきあきだ。
「なぁ、親父」
俺は手を動かしながら口を開く。
「ん?」
親父は俺の動かすフライパンを、さらに言えば中で動いているチキンライスから目を話さずに聞き返してきた。
「あの、さ…………」
口が乾いている。俺は何を言おうとしたんだ。
「…………やっぱなんでもない」
「なら、早く作れ。焦げるぞ」
言えなかった。それは、俺自身に迷いがあるからだろう。
俺は店を継ぎたいのか?それとも違うことがしたいのか?
料理は好きだ。俺が作った料理をおいしいと言ってくれる人もいる。
親父が店を大切にしてるのもわかってる。
でも、俺はそれでいいのか?
この店でコックをすることが俺の本当にやりたいことなのか?大学へ行ったりしたらもっと自分にあった夢が見つかるんじゃないのか?
俺は自分がわからなかった。
ただ、頭の中を同じようなことがグルグルとめぐり、消えて。また現れてはめぐり始める。
そんなことを考えて作っていたチキンライスは、少し焦げてしまっていた。
親父に怒られる声も、どこか遠い世界のことのように感じる。
俺は、焦げて黒くなったフライパンをじっと見つめていた。
その黒は、まるで俺の心を覆うように。