PM (後編)
鍋の中でみじん切りにされた玉ねぎが炒められている。
ジュージューと音を立てながら細かく切られた玉ねぎたちは色を変えていく。
俺はミトに鍋と木べらを任せると、冷蔵庫の中からあるものを取り出した。
冷たい冷蔵庫から白い煙と共に現れたのは牛のブロック肉。もちろん国産だ。
白いサシが細かく入ったその肉は、夏の暑さでその油が溶けだし、てらてらと光っている。
普段レストランで使っている肉を、親父に頼み込んで一つ、このカレーのためだけに取ってもらった。
ブロック肉は大きめのサイコロ状と、小さめのサイコロ状、二種類の大きさに切り分け、大きい方は一度中まで火を通すために蒸していく。
小さい方はミトのかき回す鍋の中へ入れ、玉ねぎと一緒に炒める。肉は熱されることによて油を放出し、玉ねぎに旨みやその香りを染みこませていく。
ミトが手を動かすのを見届けながら、俺はタクが持ってきた野菜達へ手を伸ばす。
大きな赤いパプリカは肉厚で、その弾力は包丁の刃をはじき返しそうなほど。俺が力を入れて刃を食い込ませると断面は溢れ出した果汁でみずみずしく光っていた。
ナス、ズッキーニも、食べやすい大きさに切っていく。注意するのは野菜そのものの食感を残すように小さく切りすぎないこと。
加えて、用意していたジャガイモ、玉ねぎも大きめに切る。
それらの野菜に少量のオリーブオイル、塩胡椒をからめ、キッチンペーパーを引いた鉄トレイの上に広げる。
カラフルな野菜達がオリーブによって輝いているトレイは宝石箱。これからグリルされる野菜たちは光り輝く宝石のようだった。
「ハル、できたよ」
ミトに返された鍋の中では、玉ねぎと牛肉がきれいな飴色に炒められていた。
「サンキュ。タクは?さっき頼んだのできた?」
「おう、完璧だな、さすが俺。褒めていいぜ?」
タクの持つボウルの中ではトマトが皮をむかれ、程よくつぶされていた。
俺はそれを飴色玉ねぎの鍋の中へ入れる。
「水の代わりにトマトを使うんだ。水はほとんど入れない」
水気を多く含んだ新鮮なトマトは形を残しながら鍋の中に溶けていく。
そこにカップ一杯分の水を加え、コトコト煮込んでいく。
この時、少しだけ梅酒と、瓶の底にいる梅を刻んで入れる。こうすることで肉は柔らかく、アルコール分が飛び、程良く風味が残るのだ。
―――――チーン!
野菜のグリルが出来上がったようなので、トレイを取り出し、味見がてらアツアツのズッキーニを口に放りこむ。
オーブンによって焼かれた表面はカリッと、そして中は油とズッキーニ自身の水分によってとろけるようだった。塩胡椒はほんの少ししか振っていないのに、もうそれだけでおかずになるような塩気と甘みを持っている。
「うま……」
思わず声が出た。今まで食べたどの野菜のグリルよりもおいしい。
うらやましそうな目で見ているタクとミトの口にも野菜を入れてやる。
「これは……うまいな…!」
「うっまぁああああ!!」
二人とも感動したようだ。
野菜を余熱で温めるためもう一度グリルの中へ入れるとふたを閉じる。
タクに任せた鍋を見ると、中ではトマトと玉ねぎ、そしてもうとろけて消えそうになりつつある牛肉によって芳醇な野菜のにおいのするスープが出来上がっていた。
そこにミトが調合したスパイスを入れる。
ミト曰く、香りをつけるクミン、カルダモンなどは多めに、色を付けるターメリックは少なめ、辛みをつけるチリペッパーを少し多めに調合したらしい。
一気に厨房の中にカレーの匂いが広がる。
どんなに暑くて食欲がなくても、問答無用で胃を働かせる強い香り。
「さて、仕上げだ……」
今回のカレーは、あくまでも野菜が主役。それ以外は野菜を引き立てる脇役でなければならないのだ。
俺は、白いご飯を深めの平皿、その半分に優しく盛ると、玉ねぎも牛肉もトマトも、全ての具材がとろとろに溶けたカレーをそっとかける。
その上にグリルした野菜、蒸したあとに表面だけをバーナーで炙った牛サイコロ肉をのせる。
あくまで野菜と牛肉はカレーに混ぜず、上にのせるだけ、食べる時の混ぜるか否かは当人が選ぶことにした。
俺たちはそれぞれ自分の分をよそって椅子に座った。
「「「いただきます!!」」」
三人が揃ってスプーンを口に運ぶ。
「「「うっっまぁああああああああ!!!」」」
次のセリフも、全く同時だった。
グリルされた野菜は口の中にその香りと風味を広げ、牛肉は舌の上でほどけるように消えてしまう。
なにより、それらをまとめるカレーのルーが絶品だった。
香り高く、それでいて野菜の風味を損なわない。味はピリリと辛め、だが白いご飯や野菜たちと一緒にかきこめば、途端に主役の引き立て役に回っている。梅酒や刻んだ玉ねぎの効果でとろみを増したルーは食べていくほどご飯や野菜に絡まり、どんどん自分の主張を増していく。
食べ始めは野菜メインのさっぱりとしたカレーだが、食べ終わる終盤には牛肉や玉ねぎの旨みが詰まった味わい深いカレーへと姿を変える。
誰も口を開かず、黙々とスプーンを口へ運ぶ。
食べ終わったあとも、しばらくは誰も口を開かなかった。
野菜、牛肉、ルー、味が二転三転するそのカレーは全く飽きさせることなく俺たちの舌を魅了した。
「決めた」
余韻冷めやらぬ中、タクが立ち上がった。
「俺、明日、宇佐木に告白する!」
タクの決意表明は静かな厨房の中で反響し、まもなく消えた。
最終決戦は明日。




