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※「お姫様抱っこ」と「お姫様」は無関係です。

 清涼で穏やかな風が流れる河原で膝を抱え、わたしは静かに鼻をすすった。

 先ほど止まったばかりの涙を吸いこんだハンカチは、クシュクシュになって右手におさまっている。


「だいたい、あんな逃げ方してどうすんの。絶対に委員長からなにか言われるし。っていうか、さっきから電話鳴ってるし」

 先ほどから、委員長はじめイベントを見ていたクラスメイトなどから大量のメッセージが届いている。通知が九十九越えてるなんて、初めて見たんですけど。

 きっと、先ほどの説明を求められていると思って、中身は全く見ていない。


「サナが逃げたいと言ったからな」

「言ったけど、誰が瞬間移動しろって言ったの! しかも、あんな……お姫様抱っことか」

「お姫様? なんだと? お前は姫だったのか!」

「……もういい」

 本当にダメだ、こいつ。もうどうにもならない。

 いちいち突っ込むのにも疲れて、わたしはガックリと肩を落とした。


 ロッドは相変わらずの様子で、

「姫だというなら、サナ殿下と呼ぶべきか? どこかに城を持っているのか?」

 などと聞いてきている。無視だ、無視。


 だいたい、ロッドがあんなことを言わなければ、わたしはあんなことなんて言わなかった。


 ――言っただろう。正直に在れる者は美しいと。


 しかし、ものすごく恥ずかしい思いをしてしまったが、不思議と気分は悪くなかった。

 流した涙と一緒に、胸にわだかまっていた黒い霧がどこかへ流されていった気がする。

 スッキリした、って言ってもいいのかな?


「もしかして、わざとはっぱかけた……?」

 博也に本音を言えず、未練がくすぶっていたわたしの背中を押した?

 やり方はめちゃくちゃだけど、わたしを守るために会場から連れ出してくれた。

 そもそも、ステージに立つように言ってくれたのはロッドだった。


「おおっ! サナ、見るがいい。ここには素晴らしい魔術師がいるのだな!」

 黒く澄んだ夜空を見上げ、ロッドが興奮して声を上げる。

 何気なく視線を持ち上げると、遠くで大きな花が咲き、少し遅れてドンッと大きな音が鳴り響いた。


「打ち上げ花火っていうの。異世界にはない?」

「あんなに大きな幻影を作り出す魔術師は、そうそういないからな」

 ゲームのエンディングに花火がババーンと上がる絵を見ることが多いが、どうやら、ロッドの世界ではないらしい。

 ミスリルベールとかいう名の赤ふんどしはあるのに、花火はない……どんな世界よ。


「ん? サナ。あの歪な形はなんだ? 失敗したのか?」

 さきほどから、三発ほど連続で上がっている花火を見て、ロッドが眉を寄せる。

「ニコちゃんマークでしょ。ほら、今のは綺麗に上がった」

 五発目で、やっと綺麗なニコニコマークを描いた花火を指差すと、ロッドは「おお~」と感嘆の声を漏らす。

 だが、彼はすぐに腕を組むと、意地になって唇を曲げた。


「私の方が上手く形を作れそうだ」

 言うが早く、ロッドはまた意味不明な呪文を呟いて、わたしの前に両手をかざす。

 すると、三角形に作られたロッドの手の間にキラキラと光の粒が集まりはじめる。粒は万華鏡のようにくるくると煌めきを放ちながら、なにかの形へと整列していった。

「わあっ」

 光の粒が描いたのはわたしの顔だった。少しデフォルメされているが、間違いなくわたしだ。

 しかも、満面の笑みを湛えている。


 ロッドの魔術には文句しか言わなかったが、これには素直に驚いた。

 わたしは恐る恐る、光に触れようと手を伸ばす。

 すると、光の粒はわたしの指を伝って流れるように身体にまとわりつき、周囲に飛び散りながら舞った。

 その光景が美しくて、つい笑みをこぼしてしまう。


「私は、立派にサナのカレシをやれたか?」

 静かに問い、ロッドが微笑む。


 だが、その顔が透明な夜の闇を吸いこんでいることに気づき、わたしは目を見張る。

 見下ろすと、ロッドの足元の辺りが徐々に薄くなり、土手の草が透けて見えていた。


「戻っちゃうんだ……」

「お前の要望は叶えたからな」


 そうだった。

 召喚した人間(その自覚は全くないけれど)の要望を叶えれば、ロッドは元の世界に戻れる。

 これで、彼は晴れて元の世界で勇者を召喚し、世界を救う本来の役目に戻れるわけだ。


 素直に喜べないのは何故だろう。

 ロッドは早く元の世界に帰りたかったわけだし、わたしも彼の世話をするのにウンザリしていた。

 それなのに……。


「ありがとう」


 徐々に消えていくロッドに向けて呟く。

 ロッドの相手をするのは疲れたし、嫌なこともたくさんあった。

 でも、こんなにスッキリした気持ちになれたのも、ロッドのお陰のような気がした。

 本人に、その自覚があるのかないのかは、わからないけれど。


 ロッドは形の良い唇に笑みを乗せると、そっとわたしの手を取る。

 そして、ファンタジー世界で騎士がお姫様にするように、指先に軽く唇を押し当てた。


「な、なにしてんのッ」

 その行為に驚いて、わたしは顔を真っ赤にしてしまう。

 ロッドは元の世界に帰れるのだから、彼氏ごっこは終りのはずだ。いや、そもそも、日本人はあんまり、こういうことはしないけれど。


 わたしはロッドを殴ろうと拳を振り上げる。

 しかし、そのときには、ロッドの身体は完全に消えてしまっており、振り下ろした手は虚しく宙をかすめるばかり。


 遠くで鳴り響く打ち上げ花火の音。


 夜空で弾ける光の粒が、綺麗だった。




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