※イケメンとは、麺を被った人のことではありません。
午後八時からはじまる花火の前座として行われる恋人選手権。
どうということはない。
マイクを持った司会者(というか委員長)がステージに立ったカップルに対して質問していき、その結果、どの組が一番羨ましいかを観客に投票してもらう。それだけだ。
「それでは、エントリーナンバー五番。藤堂佐奈さんと、ピエールさんどうぞー! 外人さんが出場なんて、ワクワクしますねぇ。羨ましくて爆発してほしいです」
司会者を務める委員長がニコニコと笑顔と毒を振りまく。祝福したいのか嫉妬したいのか、どちらかにして頂きたい。
ステージ下に集まった観客からの視線を感じながら、わたしは緊張の面持ちで前に出る。
対して、ロッドの方は涼しい顔をしていた。
頭から水を被ったままなので、実際に涼しいのかもしれないけれど。
ロッドが出てきた瞬間、会場がざわめく。
遠くから見ても、イケメンはイケメンに見える。
まるで、動く彫像のように整った顔立ちの外人が現れたら、誰だって驚くだろう。
「とってもイケメンな彼氏さんですね!」
委員長にマイクを向けられ、わたしは緊張で顔を紅潮させた。
だが、その隣でロッドは何故か大袈裟に身構え、耳打ちしてくる。
「何故、イーンチョ殿は私が昨日、麺とかいうものを被っていたことを知っているのだ? まさか、偵察魔法か!?」
「いや、イケメンって、頭に麺乗せた人のことじゃないからね!」
やっぱり、反応する部分がおかしい。この魔術師。
異世界の住人とか、そういうのは関係ない気がしてきた。こいつ絶対天然だ。どうして、今まで気がつかなかったんだろう。
「内緒話なら、みんなに聞かせてほしいね。お二人はどこで出会ったのかな?」
委員長がニコやかな笑みで聞いてくる。
わたしは気を取り直して、あらかじめ用意した回答を、向けられたマイクに吹き込もうとした。
「友人の紹介で」
「いきなり呼び出されて、頭から麺とかいうものを被った」
が、わたしの言葉を遮って、ロッドが打ち合わせと違うことを話しはじめる。
委員長が思わず、「は?」と呟いたのがマイクに入ってしまい、会場が笑いの渦に包まれた。
ステージの下から
「え? イキナリ喧嘩話?」
「外人さんは面白いこと言うね」
とか聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと!」
わたしは慌ててロッドを見上げる。
けれども、ロッドは平然とした様子でわたしを見下ろし、小さく呟く。
「事実だ」
そう、事実だ。
ロッドが魔術に失敗してわたしに呼び出され、カップ麺を被ったことは事実だ。
だが、それは、ここで言うことではない。
それなのに、ロッドは全く悪びれる様子なく、平然と言い放ってしまっている。
ダメだ、こいつ。早く何とかしないと。
頭が警告して、ロッドを黙らせろと言っていた。
けれど、何故だろう。そんなロッドを見上げていると、彼の横顔が美しくて仕方がないと思えた。
いや、元々イケメンだし、水もしたたるイイ男なんだけど……それでも、今のロッドは正直にカッコイイと思えてしまうのが不思議でたまらなかった。
金魚臭いのに。
不意に、たくさんいる観客の中で、ある一点に視線が留まってしまう。
遠くから見上げるその顔を、どうして判別出来たのかわからない。
こちらを複雑そうな表情で見上げる博也。その隣には、先ほどの女の子も一緒だった。
タイミングを見計らったように、隣でロッドが口を開く。
「言っただろう。正直に在れる者は美しいと」
博也は少し寂しそうに俯いて、女の子になにかを話しかけている。そして、踵を返した。
もう行ってしまう。
「――待って!」
唐突に叫ばれた一言に、会場がシンと静まり返る。
わたしはとっさに委員長からマイクを奪い取った。その瞬間、博也が歩みを止めてこちらを振り返る。
「わたし、背伸びしてた。あなたが好きになる女の子になろうって、無理してた」
突然、誰かに向けて発せられたメッセージ。
委員長は「佐奈ぁ!?」と間抜けな声をあげて慌ててマイクを取り返そうとするが、その腕をロッドがつかんで妨害する。
「本当は地味で動画サイト見たり、休日はダラダラ過ごしたり、アニメとかラノベ読んだりするの大好きなの……髪だって短く切りたかったけど、長いのが好きって言われたからやめた。お化粧だって、本当はしたことなかった。無理してスカートや可愛い服もいっぱい買ったの……」
どうして、こんなことを話しているんだろう。
わからない。
今は、こんなことを言うときじゃないし、みんな困った顔をしている。
第一、ものすごく恥ずかしい。
でも、今言っておかないといけない気がするのも確かだった。
「たぶん、最初から無理だったのかもしれない。そのうち、ダメになってたんだと思う」
博也から別れを切りだされなくても、このままでは、付き合い続けることなんて無理だった。
それが薄々わかっていたから、別れても涙が出なかった。
「でも、やっぱり……大好きでした」
敢えて過去形で言いながら、感情を無理やり後ろへ押し流す。
わたしはステージに立って初めて顔を綻ばせることが出来た。
心が痛い。
胸が破裂しそうなくらい悲鳴を上げている。
それでも、どこかスッキリして、気持ちは晴れやかだった。
「あ、あの……でへへ」
ロッドに抱きしめられるように押さえ込まれた委員長が顔を真っ赤にしながら、変な笑声を上げている。
その顔には、「我が人生に一片の悔いなし」と書いている気がした。わたしは我に返り、状況を改めて認識する。
どういう反応をすればいいのかわからない表情の観客。
明るい音楽だけが流れ続ける無言のステージ。
イケメン効果で、なんだか変な声まで発しはじめた委員長。
本心を吐露した痛みではなく、恥ずかしさで悲鳴を上げる心臓。
やっちゃった……わたしは頭を抱えて項垂れた。
この状況を、どう収拾するかまで考えていなかった。
これは、まずいことになったのではないかと、今更、自分の軽率さを呪った。
だいたい、言いたいことなら、あとで言えばよかったのだ。
メールだって出来るし、電話番号だって残っている。
馬鹿だ。完全に馬鹿やらかした。
わたしが心中で自分を罵って呪っていると、おもむろにロッドが隣に歩み出る。
またなにか電波なことを言う気なのだろうか。しかし、今のわたしには止める気力もなかった。
満身創痍とは、このことだろう。
頭の中に、オワタの三文字と、両手を広げる自暴自棄の顔文字が浮かんだ。
「言いたいことは、全部言えたのか?」
「もううるさいから黙っててよ……恥ずかしくて死にそうなの。もう逃げたい気分」
「そうか」
ロッドはそれだけ短く答えると、流れるように素早い動作でわたしに触れる。
そして、あっという間に自分の腕の中に引き寄せ、華奢な身体を抱えあげてしまっていた。
予期せずお姫様抱っこなどされて、余計に混乱してしまう。
「な、なにするのッ!?」
「逃げたいのだろう?」
ロッドは優しげだが、少し悪戯っぽい笑みを浮かべると、そのままわたしを抱いてステージから飛び降りてしまう。
委員長は魂の抜けた様子で立ち尽くし、なにが起こったのかわからない観客たちは黙っている。
「や、やだ、放して!」
「放すと落ちるが、いいのか?」
流石にコンクリートに腰から落下するのは御免こうむりたいけれど、今の状況も嫌すぎる。
ロッドは人目を避けるようにステージの裏側へと移動した。
「◎■♪△◇○」
ロッドの唇に乗る異世界の呪文。
魔術を使おうとしていると悟り、わたしは慌ててロッドの口を押さえようとする。だが、遅い。
わたしを抱いたロッドの足元に青白い魔法陣が浮き上がった。
「安心しろ、誰も見ていない」
ステージ裏の小道具置き場には、確かに人がいないように見えた。そうしているうちに、青い光がわたしの視界を一瞬で塗り潰す。
半瞬後、二人の姿は祭りの会場から跡形もなく消えてしまった――。