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※たこ焼きは、六つ入り300円ですよ。

 夏祭りの会場まで移動する間も、案の定疲れた。


 家を出れば、

「なんだ、あの走る箱はっ!」

「自動車。移動に使うの。うーん、馬車みたいなものだと思う」

「では、あの中に馬がいるのだな?」

「……そういうことにしておいていいよ。面倒くさい」

 以下省略。お約束ですね、わかります。


 道を歩けば、

「この世界の人間は馬鹿なのか? 誰も武器を持っていないし、用心棒も雇っていないようだが」

「そんなに物騒じゃないから」

「魔物がいないのか?」

「いるわけないでしょ」

「なんだと……!?」

 以下省略。ここまで来ると、異世界ネタにも慣れてきた。


 電車に乗れば、

「この箱は、いったい何頭の馬で引いているというのだ……は、速すぎる!」

「電車の中で騒がないで。みんな見てるし!」

「見られることには慣れている。魔法協会公認の魔術師は常に人々から畏怖を抱かれ、羨望の対象でなければならないからな」

「だ、だから、そんな電波なこと大声で言わないでっ!」

「デンパとはなんだ?」

 以下省略。

 といった具合である。流石に飽きた。


 こんな調子で来たせいか、祭りのイベントが行われる市の広場まで辿り着いたときには、わたしはげっそりとした表情を浮かべていた。

 こんなことで、ちゃんとやっていけるのかな?


「よう、佐奈ぁ! 来たんだね」

 暗い気分で肩を落としているところに、男前な声がかけられる。

 振り返ると、眼鏡のベリィショートが片手を上げて歩いてきた。

 市長の娘であり、うちのクラスの学級委員長だ。本名は(みなと)つばさだが、みんな委員長と呼んでいる。


「で、噂のイケメン彼氏君はどこだい? 大学生の車持ちなんだろ?」

 委員長は男と見紛いそうなハスキーボイスで小突きながら、周囲を見回した。

 わたしはぎこちない動作で頭をもたげ、引きつりそうになる表情を隠しながら、少し離れた位置に立つロッドを指差す。

「アレ」

「え?」

 その瞬間、余裕綽々で笑っていた委員長の表情が崩れた。


 計ったかのようなタイミングで、祭りの様子を観察していたロッドがこちらを振り返る。

 まだ沈みきっていない斜陽の光に照らされて、ハニーブロンドが魅惑の光をまとって揺れた。

 海の青を思わせるサファイアの瞳が笑みを描き、生ける彫像のような顔が緩やかに綻ぶ。


「え、あ、アレなのか!? 外人さん!? やっば、イケメンすぎて怖いんだけど」

 学内でボーイッシュなお姐さまとして人気を誇る委員長もビックリのようだ。

 自分から恋人選手権にエントリーさせておいたくせに、壊れたように「爆発しろ!」と連呼しはじめた。

 昨日はメールで「ハワイ旅行獲って、のんびりしてきちゃいなよ!」とか言っていたのに。


 取り乱す委員長を見て、ロッドが声を上げた。

「サナの学友か? 我が名はカレシだ。よろしく頼む」

「もう、やだ。ピエールったら、いきなりボケないでくれる? 委員長、うちの彼氏のピエール。フランスからの留学生なの」

 ダメだ。あらかじめ設定を吹き込んだはずなのに、ロッドは既に勘違いしている。


「へえ、ピエールさんか。留学って、語学とか? 日本語めちゃくちゃ上手いんですね。羨ましくて爆発してほし……じゃなくて、すごいですね」

 流石、委員長。嫉妬と混乱を覆い隠して、いつものスマイルを貼りつけている。

 でも、ロッドは、

「ああ、それは魔――」

「そうだよ! 語学の勉強に来てるんだって! 親戚に日本人がいて、あっちでも教えてもらってたから、もうバイリンガルって感じ。日本の漫画とか見て覚えたんだよね! ねえ、そうでしょ!?」

 油断も隙もない。魔術とか電波なことを言い出す前に、わたしは大声でロッドの言葉を妨害してやる。もうダメだ、これ以上話したらボロが出そうで怖い。


 わたしは無理やりロッドの腕をつかむと、わざとらしく、たこ焼きの屋台を指差した。

「ピエールがたこ焼き食べたいって言ってるから、買ってくるね。一緒に! 二人で! 水入らずで!」

「え、あ、うん……そうだね、邪魔しちゃ悪い。じゃあ、あとでステージまで来てくれ」

 わたしは早口で「うん、わかった!」と答え、ロッドを引きずるようにその場を離れた。


 はあ、先が思いやられる……だが、すぐに自分がロッドの腕を引っ掴んで歩いていることを思い出してしまい、慌てて手を離した。

 スベスベすぎる肌に、程よくついた筋肉の感触が手に残る。


「おい、サナ」

 わたしの慌てぶりを知ってか知らずか、ロッドが口を開く。そして、おもむろにたこ焼き屋の看板を指差した。

「お前はこの世界に魔物がいないと言ったが、あれはなんだ? どう見ても魔物ではないか」

「へ?」

 魔物って、なんのこと? キョトンと首を傾げた。


「八本も触手を生やした頭のデカイ生物……あれが魔物ではないと言うのなら、なんなのだ!」

「なにって、タコだけど?」


 たこ焼き屋の看板から吊り下がった、可愛らしい茹でタコのぬいぐるみを見て、ロッドが顔を青くしている。

 彼は即座に身構えると、意味不明なルーフェイン語でなにかを呟きはじめた。

 それが魔術だと悟って、わたしは急いでロッドを突き飛ばして妨害する。


「なにをする、人に害を成す前に始末しなければ! ここには、魔術師は私しかいないのだろう!?」

「あれはただの人形だし、タコは魔物じゃなくて食べ物なの!」


 そう言うと、ロッドは驚愕の表情で「なんだと!? あ、あんなものを食べるのか!?」と叫んだ。

 わたしは呆れて、途方に暮れた。

 ここは仕方ないので、食べさせて証明するのが早いかもしれない。


 わたしは屋台のオジサンに声をかけ、六つ入り三百円のたこ焼きを注文する。

 その横で、ロッドは恐る恐る、屋台の鉄板を覗き込んでいた。

 丸い穴の空いた鉄板に生地が流し込まれ、具が放り込まれていく。

 何とも言えない香ばしさが鼻をくすぐり、ジューッと生地の焼ける音が響き渡る。

 その調理工程に興味を持ったらしく、ロッドはタコ人形を避けながらも、身を乗り出すように鉄板を見つめた。


「はい、出来上がりだよ。そこの外人さんは、たこ焼き初めてなのかい?」

 屋台のオジサンが気前よく笑いながら、たこ焼きの入ったパックを手渡してくれる。

 見ると、一個おまけしてくれていた。ラッキー。


 わたしは、爪楊枝にたこ焼きを刺し、それをロッドに手渡してあげる。

 ロッドは受け取ったたこ焼きを興味深そうに観察した。

「これが、あの魔物なのか?」

「刻んで中に入ってるの」

「ほう……確かに、この見た目ならガマン出来そうだ」


 たぶん、ロッドは茹でタコなんて出されたら食べられないんだろうなぁ。

 そう思うと、少し可愛く思えてくる。

 恐る恐る口の中に放り込んだあとで、「あふぃ」と漏らすロッドを見て、わたしは自然に笑みを転がしてしまった。


「美味い!」

 熱さと格闘して食べた末、ロッドは瞳をキラキラ輝かせて満面の笑みを浮かべた。

 すると、屋台のオジサンも喜んだ様子で「外人さんに気に入ってもらえて嬉しいよ」と言ってくれる。

 そこで、わたしはまだお代を払っていないことに気づいて、財布を取り出した。


「待て、ここは恋人らしくせねばなるまい」

 しかし、ロッドがわたしの動きを制する。そして、自分のポケットを探りはじめた。

「この世界の服は袋がついていて便利だが、少し取り出し難い……ああ、あった。さあ、代金はこれで足りるな?」

「まいど、三百円で――ええっ!?」

 ロッドから受け取ったお金を確認した瞬間、オジサンが声を裏返らせる。

 それを見て、わたしも眼球が飛び出るくらい目を見開いてしまう。


 オジサンの掌の上に乗せられていたのは、ピカピカの金貨。

 素人目にも純金で値打ちがあるもののように見えた。

 こんなの、博物館でしか見たことがない。


「な、なにやってんのッ。ごめんなさい、オジサン。この馬鹿、悪ふざけが好きなんです! お金は、わたしが払いますッ」

「そ、そうだよねぇ……流石に偽物だよねぇ。あははは、お兄さん、驚かさないでよ」

「本物のルーフェイン金貨だが、これでは足りぬか? いくら必要なのだ。もう一枚あるぞ」

「とりあえず、黙っててくれる!?」


 わたしは問答無用でオジサンから金貨を返してもらい、自分の三百円を支払う。

 だが、屋台から去るロッドの表情はえらく不満そうだった。


「恋人が支払うものだと言ったではないか」

「言ったかもしれないけど、彼女が払ったり、ワリカンするカップルも多いの! それから、こんなお金、日本じゃ使えないから二度と出さないで!」

「ワリカンとは、なんだ?」

「だから、なんで一番大事じゃないところにイチイチ反応するかな」

 わたしは苛立ちを露わにしながら、金貨をロッドに突き返す。

 ロッドは少しばかり寂しそうな表情でわたしを見下ろしたが、構うものか。


「私はサナのカレシをやり遂げねばならないのに」

「ああ、そうね。アンタ、願い叶えないと元の世界に帰れないからね! だからって、別になにかしなくていいし。黙って歩いてれば帰してあげるから、それでいいでしょ?」


 わたしは言い放つと、唇を曲げて踵を返す。

 ロッドは彼氏代理であって、彼氏ではない。そんな役割を求めるつもりもなかった。

 けれども、身体を反転させた瞬間に、目の前を子供が横切る。

 それを避けようとした反動で、足元が大きくよろめいて、身体が傾いてしまった。


「サナ」

 ロッドが後ろからわたしの腕をつかんで支える。

 わたしは呆然としていたが、やがて、肩を抱くように引き寄せられて、顔がカァッと熱くなった。


 見上げると、ロッドが得意そうにわたしの顔を覗き込んでいる。

 その表情が少し嫌味だが色っぽくて、なんだかドキドキした。


「歩きながら気遣うのもカレシだろう?」

 わたしは急いで、ロッドから身を剥がそうとした。


 けれども、不意に視界の端に見覚えのある影が映って動きが停止してしまう。


 ああ、ヤダ。


「……佐奈?」


 爽やかと形容するに相応しい黒眸を丸めて呟く青年。

 地味だが、趣味の良い浴衣を着た立ち姿を見て、わたしは思わず顔を逸らした。


 今は、あんな……隣に知らない女の子を連れた元カレの姿なんて、見たくなかった。


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