※パンツは被るものではありません。
本当に大丈夫なのかな……。
わたしは思わず項垂れながらも、長い黒髪をポニーテールにまとめあげた。
艶やかな毛先がくるんと、うなじで跳ね、気持ちよくくすぐってくる。
花模様のタンクトップの上からシフォンのチュニックを被り、足元はミニスカートとトレンカで飾った。
籐籠バッグには、簡単な化粧直しと財布、ハンカチ、ティッシュ、一般女子と何ら変わりないデートグッズ。
三ヶ月前に、冴えない自分を脱却しようとそろえた品々だ。
今日は夏祭り。
しかも、
――今年のメインは花火と、新イベント恋人選手権。参加者が集まらないと困るし、佐奈の名前、勝手に入れておいたから、よろしく!
と、夏休み前に市長の娘である学級委員長に言われていた。勝手な話である。
昨日や今日、彼氏と別れたからと言って、参加を断れる状況ではない。
一応聞いてみたところ、予定組数の最低限しか集まっていないとか。
当たり前だ。人前でイチャラブ曝け出したい願望なんて、普通はない。
賞品の豪華ハワイ旅行ペアチケット目当てなら、まあ、あり得るけれど。
ハワイに釣られてノリで了承してしまった手前、「昨日、彼氏と別れたから参加出来ません」では、あまりにも惨めだ。
そんなの恥ずかしすぎて爆発する。
如何せん、
「立てた代理がアレで本当に大丈夫なのかな」
思わず漏れた独り言とため息。
「おおおっ! よくわからぬが、そなたの術は素晴らしいな!」
階段を下りて居間の前まで行くと、なにやら楽しそうな声が聞こえてきた。
そっと覗き込むと、テレビがついている。そして、その前にかじりついて、興奮するイケメン。
『今ならお買い得価格! こちらの小型液晶テレビもつけて、このお値段!』
「す、すごいぞ! 絵の中で絵が動いている。このような魔術は初めて見た。そなた、原理を教えろ。ああ、こら。待て、さがるな! お? 今度は女だと……! この世界は女も魔術師になれるのか!?」
テレビショッピングに対して一生懸命話しかけるイケメン。
なにこの昭和のコントじみた光景……まあ、それはいい。そんなことは、些細なことだ。
「アンタ、なんでパンツ被ってるの?」
先ほど、「今日はこれ着て!」と渡した父親が若い頃に着ていた服。今はメタボで着られなくなっているが。
だが、何を血迷ったのかロッドはズボンとシャツは正しく着ているのに、トランクスは頭に被るという絶妙なズレっぷりを発揮していた。
指摘されて、ロッドはキョトンとした表情で振り返る。
動きに合わせて、綺麗なハニーブロンドの上に乗った青い縞々パンツがヘニョリと曲がった。
「パンツとはなんだ?」
「今、その頭に被ってるソレのことだけど。それは、ズボンの下に穿く下着なの!」
「なんだと? さっさと言え。私はてっきり趣味の悪い帽子だと思ったぞ」
細身のブラックジーンズに、プリントの入ったシャツ姿はシンプルだが、イケメンが着るとサマになっていてカッコイイ。
頭にパンツさえ被っていなければ、最高だ。
このイケメンさんは、頭に残念なものを乗せるのが趣味なのかな?
ロッドは急いで頭のパンツを取り、平然とした様子でズボンを脱ぎはじめた。
「ちょっ!」
わたしは慌てて止めようとする。
パンツが頭に乗っていたということは、当然、ズボンの下は――、
「なんで、ふんどし!? しかも、赤ふん!」
「フンドシ? これはミスリルベールだが?」
「そんなファンタジーっぽい名前に騙されないんだからね!?」
魔術師とか、異世界とか、いかにもRPGなファンタジーで欧風な世界に、なんで赤ふんどしなんですか。
反動で全てのファンタジー世界の印象が一気に崩れて、わたしは顔を引きつらせた。
だいたい、ミスリルって白銀じゃないの? ゲーム中盤から終盤に手に入る高級アイテムなんじゃないの!?
「で、このパンツとかいう薄布に着替え直せばいいのか? 着方を教えろ」
「い、いや、もう下着があるなら……!」
いくらなんでも、他人のパンツを穿かせるなんて、無理だ。無理無理ムリ、絶対に無理!
自慢じゃないが、恋人がいた期間は三ヶ月。健全なお付き合いをしていたので、先日、やっとキスしたばかりだった。
それなのに、いきなり他人のパンツを穿かせるのはハードルが高すぎる。
このイケメン、強敵すぎる。
昨日も、とりあえず汁で汚れた頭を洗わせようと風呂に押し込んだ。
でも、すぐに「湯が降ってきた!」と大声を上げて、文字通りスッポンポン姿で飛び出してきてしまった。
仕方がないので、身体にタオルを巻かせて頭を洗わされたときは……。
肌というものはチラリと見えているから良いのであって、全部丸見えていたら情緒もなにもあったもんじゃない。
チラ見せ、ちょいエロこそが至高なのに、わかっとらん!
「それより、サナ。この動く絵画はどんな術がかけられているのだ?」
「魔法なんかじゃないし。電気で動いてるの」
「デンキ……?」
「あー、えっと。雷、みたいな? それで、だいたいのものは動くけど」
「それなら、私にだって出来そうだ」
ロッドは嬉しそうに立ち上がると、わたしの制止も聞かずに両手を擦り合わせる。そして、「△▼◇○×」と、意味不明な言語(本人いわく、ルーフェイン語)を呟いた。
その瞬間、ロッドの両手の間に青い稲妻が生まれる。
小さくて弱々しいが、間違いなく電撃のようなものを見せられて、わたしは言葉を失ってしまう。
信じたくないが、彼が異世界の魔術師ということは認めなければならない。昨日も、汚れた服を乾かすために火を出そうとしていた。
勿論、火災報知機が鳴りそうだったので、やめさせたけど。
「で、これをどうすれば絵が動くのだ? その絵で試してもいいか?」
ロッドが嬉しそうに笑いながら、わたしのバッグを指差す。
見ると、キーホルダー式の手鏡に元カレと撮ったプリクラが貼ってあった。
うっかり外し忘れていたようだ。
「近づければいいのか? ちょっと貸せ」
「こ、これはっ」
言うが早く、ロッドは手鏡をバッグから引き千切ってしまう。
そして、掌に生まれた青い電撃にゆっくりと近づけて、
「やめてッ!」
バチンッと電撃が爆ぜる直前に、わたしはロッドから手鏡を奪い返した。
慌てて動いたからなのか、頭に血が昇っていたからなのか、何故か息が切れて顔が熱い。
けれども、握りしめた手鏡が無事なのを確認した瞬間、なんだか自分が馬鹿らしく思えてきた。
他の女を好きになって別れた彼氏のプリクラなんて、守る必要なかったのに。
「よくわからぬが、すまなかったな」
わたしの様子を見て、ロッドは珍しく空気を読んで謝罪を口にした。
「大切な絵だったのか?」
だが、わたしは動揺を悟られまいと、首を横に振った。
「別に……この絵は動かないから。そんなもの近づけても、無駄なんだけど」
「な、なんだと? ならば、どうやって動いている。お前はデンキだと言ったが?」
「そんなの、どうだっていいでしょ。わたしだって、詳しいことは知らないし」
「よく知らぬものを平気で使いこなすなど、お前は勇気のある娘だな。見直したぞ。さては、女剣士か?」
「それ、見直すトコ?」
やっぱり、ズレてる気がする。
わたしは大袈裟にため息をつきながら、ロッドを見上げた。
「いい? アンタ、元の世界に帰りたいんでしょ? だったら、今日はちゃんとわたしの彼氏をやって。それっぽく振舞ってくれたら、なにも喋らなくていいから」
「そういえば、カレシとはなんだ?」
「恋人のこと!」
まさか、恋人の意味もわからないなんてことはないよね?
しかし、わたしの危惧は無駄に終わり、ロッドは納得したように「ああ、恋人か!」と頷いた。
「最初から、そう言ってくれなければ困る。私はお前の恋人になればいいのだな?」
「まあ、そういうことになるね……でも、飽くまでも代わりだから。代理――ひゃぁっ!?」
言葉を最後まで聞かずに、ロッドは唐突にわたしの肩に腕を回す。
力強い動作で身体を引き寄せると、彼は素早くわたしの頬に唇を押し当てた。
「な、なにしてるの!?」
「恋人らしくすればいいのだろう?」
「だから、アンタは代理だから! 人前でそんなことしないでよ。恥ずかしい!」
「なに、恋人なのにしないのか?」
「しない! 普通の日本人は、人前でイチャイチャしないから!」
「だったら、人前で恋人らしくするには、どうすればいいというのだ」
どうすれば、と言われても困る。
実際、元カレとはほとんど友達のような付き合いで終わってしまったし……。
「歩くときに彼女を気遣ったり、ご飯をちょっとだけ奢ってくれたり、さり気なく守ってくれたり……別に、代理のアンタに期待なんかしてないから、普通にしててくれたらいいの!」
無駄に顔がいいので、横にいるだけでそれっぽく見えるはずだ。
別に期待はしていないので、連れて歩くだけでいい。
「そうか。ならば、努力してみよう」
なんだか一人意気込むロッドを横目に、今から疲れて身体が重く感じた。