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piece2-1*


4月末、放火魔事件は斎藤雄也が被害者として報道されてから新たな被害者報道は無いものの、世間の話題としてはまだその熱を保っていた。桐原あすかは瀬倉からの「事件は解決した」の一言を麻紀に伝え、そうして二人の生活は事件前の穏やかさを取り戻しつつあった。

(桐原あすか……魔術的被害は見られず、精神的影響も今のところ安定しているようだが、あと二ヶ月様子を見て判断するか)

高層ビルの上から三階、ビル内にあるカフェの窓際の席に瀬倉の姿があった。店内は広いとは言えないものの、二時という中途半端な時間にも関わらず満席である。

「おいおい、今二時だぜ? 店が狭すぎなんじゃねェのか!? ドールハウスじゃねェんだ、テーブルは一つ以上用意しな」

突然、今まで静かだった店内にヤクザの怒鳴り声が響き渡る。それは恐らく女の声だった。

(深夜じゃないんだ、人気店ならいつでも満席が当たり前なんだよ……)

それに対してか、瀬倉は心の中で悪態をつく。静かな雰囲気は壊れ、ピリピリした空気が淀みだし、店員に怒鳴りつけた女はドカッと待合席に座り込んで足を組んだ。その仕草だけでイライラしているのが分かる。どうやら男の連れがいるようで今はその男に矛先が向けられているが、男は気にする風も無く女の話には相槌もしていない。

と、そんな様子を横目で見ていた瀬倉とその女の目がガチリと合った。言い訳の仕様の無い、時間が無限に停滞したような、そんな感じだった。瀬倉の顔を認識した女が下向きだった身を起こす。見ているのがバレたと、瀬倉は視線を反対側の窓の方へと変える。別段、動悸が激しくなった訳ではなく、ただもし怒りの矛先を自分に向けられた時の面倒臭さと恥ずかしさを考えて自然と視線を逸らしたのだ。

「オマエ……」

女の吐息の様な声が、しかししっかりと、まださっきの事でざわついている店内の中、瀬倉の耳に入ってきた。その声が自分に向けられたものかどうか瀬倉が思考している内に、女が自分の側まで来ている気配を感じて振り返る。

「その顔、手配書にバッチリ載ってるぜ……“魔術師〈同族〉殺し”」

女が言い終わる前に、瀬倉は窓をぶち破って女の側から離れようとしていた。

一瞬で店内の騒ぎは大きくなった。警報が鳴り響き、それと同じくらい客の悲鳴も上がった。店員は集まり、客は退いている。

「落ちたんじゃねェ、上だ! あいつ、上へ行きやがった!!」

ただその中で女とその連れの男だけは、他の人とはまったく別のところで興奮していた。女は瀬倉を追うようにすぐさま、何の躊躇も無く窓の外へ飛び出す。

「おいリリィ! っ……」

(俺は飛べないんだぞ、なんなんだ一体……何を見つけた? ……)

男は店から出て、ビル内の階段を屋上を目指して駆けあがっていた。その速さは陸上選手が見ても驚くほどのものであり、様相は何か獣をも思い起こさせる。本来立ち入り禁止のはずの屋上への錠付きの扉を押し通り、彼は息を少し乱しながら屋上に到着した。彼でさえ、息が乱れる道のりであったということであろう。

「リリィ!」

屋上には、リリィと呼ばれた黒服の女と瀬倉が対峙していた。

「コイツの顔をよく見てみろ、クリフ」

不敵な笑みを浮かべながらリリィはクリフにそう言った。リリィの影に隠れてよく見えなかった人物の顔を、クリフは凝視する。

「魔術師殺し……、なるほど、お前は……何故ここに」

“魔術師殺し” ──瀬倉は魔術を介する者たちからそう呼ばれていた。

「俺がここにいる理由を、わざわざお前たちに告げなければならないのか?」

「ハッ、そんなつまらねェこと言ってんじゃねェぜ、まったくよ」

「それに、お前がそこに立っているのは少なからず対話をする気があるということだろう?」

「対話? そんなものをする気は無い、ただいつでもこの場から去れるということだ」

「そうだったな、お前は“時の魔術師”だった」

「ま、長年居所の掴めない人種なんだ、別にお前を狙って機関から来た訳じゃない。 ただ個人的に興味があるだけだ」

「……そうか、そうだな、なら話くらいはしてやっても良い」

何か、緊張の糸が緩んだような、そんな気がした。機関から狙われていないことを知ったからか、それともなにか別の理由からかはわからないが。

「上から物言ってんじゃねェよ、まあ……単刀直入に聞かせてもらうが、お前“焔の魔術師”の生死は知っているか?」

「!? ────」

そのリリィの問いかけで、また一瞬にして場の空気が張り詰めた。

「3、4年前にお前と“焔の魔術師”が殺り合ったのは知ってる。 以後二人とも消息不明だったのにお前がここにいるってことは──」

「知らねぇな、お互い満身創痍だったさ」

「ハハッ、そうかそうか、あのオヤジですらお前を殺せなかったのか、ハハハ……」

おそらく知人であろう者の危うき状況を聞きながら、リリィは愉快そうに笑いだした。そして、クリフはこのリリィの個人的問答に思考を巡らせている。

3、4年前の事件──機関の人間なら、影の任務を任される彼らなら、その事件は大方予想が付くし、知らぬ者を数えるほうが早いほどの事件だ。その発生から今まで、その結末を皆知りたがっていた。殺し合いの結果だ、どちらかが死んでいなければおかしいし、お互いがお互いを取り逃がすなど彼らの高次元の魔術からは想像もできないからだ。その結末が何であろうと、歴史を、世界を、いっぺんにひっくり返すほどの事実が叩き付けられねばならない、そんな戦闘結果だ。それが、機関の上層部も大金を積んででも耳に入れておきたいような情報を、今クリフは耳にした。

「魔術師殺し、貴様が今言ったことが事実ならば──」

「高揚し過ぎだぜクリフ、お前らしくもない」

「当然だろう、世界が傾きかねないことなんだぞ」

「安心しろ、あいつは死んでないさ」

(死んでない、だとしたら一体どんな結末なんだ、それは……)

「こっちが死にかかったくらいだ、肉体的には欠損部位が多いだろう──死んでいてほしいが」

「ハハハ、まあそれだけ聞ければ十分さ、もうお前に用はないよ」

「そうか、なら俺は去るが、一つ……」

「ん?」

「こそこそと俺たちを見ている輩は、お前たちの連れか?」

瀬倉の言葉に、リリィとクリフは感覚器官を研ぎ澄まし、辺りに気配を察知した。瞬間、轟音と共に何かがリリィの顔を横切る──かわさなければ、それは直撃していたであろう。

「ッ、────!?」

その正体は銃弾。もう少し近ければ、リリィの顔は今頃木端微塵だっただろう。

「なんなんだ、おい!?」

スナイパーに狙われている、そう彼らは直感した。さらに、彼らが察知した気配はもっと至近距離にあり、リリィを狙撃した者とは異なる。その二人は仲間であると彼らは考えながら、隣の建物に飛び降りようとしていた。

「畜生、耳鳴りがしやがる──」

ぼやきながらリリィは魔術を行使する──空気が揺らぎ、辺りを高温が包む。熱された空気が高層ビルの屋上を包み込み、赤く揺らいだかと思えばそれは炎に変わり爆発を引き起こした。熱と振動が黒煙を撒き散らし、それはスナイパーの目隠しとなって作用する。

「リリィ! 周りに何人かいるぞ、思った以上の数だ!」

「そう何度も私の名前を呼ぶな」

隣のビルからまた飛び、デパートの立体駐車場に転がりながら身を隠す。駐車場を支える柱は同時に、駐車スペースを区切るものとして活用されていた。昼間なので電灯は点いておらず、壁に開けられた穴と屋根の無い場所からの陽射しだけがこの場の明かりとなっている。

二人は柱に身を潜めながら、敵を目視しようと気配を探っていた。瀬倉はどうなったのか、この場所に彼の気配はない。

「魔術師殺しの野郎、逃げやがったな……クリフ、心当たりは無いのか?」

少し離れた場所に居るクリフに聞こえる程度に小声でリリィは問いかける。それは自分には心当たりが無い、そういう意味として問いかけたものだった。

「さあな、あいつを追わないってことは、狙いは機関と言うことか」

つまるところクリフにも心当たりは無かった。彼らが狙いなのではなく、“機関の魔術師が狙い”ということか。

「何人だ?」

「5、6人……か」

「!! ──」

外から飛び移ってきたのが4人、階段から現れたのが2人、敵が突っ込んできた。音と閃光と衝撃波が、立体駐車場を揺るがす。

(容赦ねェなァ、オイ……)

柱の一本が崩れ、止めてあった車が吹き飛んでぺしゃんこになっていた。

クリフとリリィは柱から飛び出して一直線に走り出す。敵を確認した──武装した魔術師6人が、自分たちを目視して追ってくる。初撃が銃弾だったために二人は近代兵器で武装された集団を連想したが、相手が魔術師ではこの人数差で勝ち目は無いと判断を変える。

「何者だテメェら!!」

リリィが吠えるも、返答は無い。敵の一人がリリィに接近し、何か紐状のものを射出して足を崩す。

「しまっ──先に行け!」

左足首に巻きついたソレはリリィを引っ張り離れる。そしてソレを放った人物は、仰向けになった彼女に拳を向けていた。腕を包む鋼の籠手が一瞬水面の様に揺らぎ、形状が変化して拳の先に刃を生む。

(なに!? ──)

これでは体で拳を防ぐことは不可能、例え刃が生えなくとも御しきれたかは分からないが。

「クソッタレがァァァッ!!!!!」

絶叫と共に、リリィと敵の間に熱が生まれ爆散する────。リリィはコンクリートの床に叩き付けられ、敵は上空に吹き飛んで床に転がる。熱と痛みが両者を襲うも、すぐさま二人は対峙する。他の仲間はクリフを追ってか、二人を通り過ぎていった。

敵は女、両腕の肩から手先までを鉄製の鎧籠手が覆い、それ以外は身軽そうな衣服。白く輝く金色の長い髪はポニーテールになっており、その眼は今なおリリィを視線から外さない。

「ハァハァ、その邪魔なブロンド、焼き切ってやろうか?」

そんな、リリィの言葉にすら耳を貸さない。

「ハ、クール気取りかよ……あ?」

変わらぬ表情に何かたくらみを感じて、視線を逸らす。背後から巻き上がる突風を感じ──二人の女が、巨大な鎚と剣をリリィに向けて放っていた。

「こいつら……クリフの所へ行ったんじゃねェのかよ──」

前方にいた女がまた紐を放った、それは鉄の籠手から編み出されたワイヤー。

「────」

ワイヤーはリリィの両手と胴体を縛って動きを封じる。が、それはリリィの周りを包んだ高熱と炎によって焼き切られ、続いて炎は蛇の如く背後から来た敵に向かって進み、その熱量は運動量と成って推進力で以て二人をコンクリの壁に叩きつけた。黒焦げの周囲から黒煙が舞い、それに潜んでリリィは陽を射れるために設けられた穴から離脱を試みる。

「逃がす──ものかァッ!」

黒煙をかき分け、女は籠手に刃を作ってリリィに接近した。

「しつこいんだよ、先に出るぜクリフ」

ニヤリとリリィの口が笑う、次の瞬間両手の黒い革の手袋から放たれたのは烈火の灼熱。女は籠手で灼熱を去なすも駐車場に押し戻され、リリィは戦線から離脱した。刹那、響き渡る銃声と共に銃弾がリリィを貫く。

「かァ゛ッ──」

下腹部辺りから一気に血が滲み、切り裂かれた細胞からの痛みが脳を揺らす。

「リリィ!」

(クリフ……、とりあえず急降下しないと……)

リリィは痛みを抑えながら上方に魔力を噴射してスピードを上げながら落下していく。およそ13mの急降下の後、今度は下方に放射して落下のダメージを軽減する。急降下のおかげか、その後放たれた二発の弾丸はリリィには命中しなかった。

「アイリス、目標はデパートの反対側に逃亡したわ」

インカムから狙撃主の無線機に発した声が届く、熱による軽度の火傷を気にしながらも、しかし女は返答をしない。狙撃主がイヤープロテクターをしているために、無線機からのこちらの声を聞きとれないと判断したためだ。アイリスと呼ばれた女は静かに身を起こし、そして事態に気が付いた。

(もう一人の男もいない)

「やってくれたな、女共」

「!? ────」

突然のインカムからの声。声の主はクリフ、足先で床にある無線機のスイッチを入れて語りかけている。

「私のところだァ、アイリス! グァ──」

デパートから少し離れたビルに、スナイパーの顎を鷲掴みにして持ち上げるクリフの姿があった。

「しゃべるな、お前ら何者だ? 機関を狙ってか?」

目の前の敵にではなく、無線機に向かってクリフは語る。

「アイリス……、私ごとここを吹き飛ばせ!」

宙ぶらりんのスナイパーの左手に稲光が走り、その手のひらをクリフの腹に叩きつける。

「なんだ、お前も魔術師か」

「ァっ────」

その攻撃は、まるで効いていない。

「BLASER R93、か?」

バイポッドを装着したスコープの着いた銃と予備弾倉が床に転がっていた。

「その耳当てが仇となって、俺の接近に気付けなかった様だな」

「えらく詳しいのね、あんたなんかアイリス達がすぐに始末すると思ってたからね」

左手でスナイパーの後頭部を掴み、右側にその頭を捻る。

骨の砕ける音がした。

「しゃべるなって言っているだろう、さっきから」

後ろを向いたスナイパーの体を投げ捨ててクリフはその場を去っていく。


                 ◆


世界最高峰魔術機関。

彼らの目的は、魔術を高め世界を解き明かすこと。そして神に従い、世界を守ること。魔術の発展、魔術師の育成、魔術的被害の収拾など彼らが行う仕事は多岐にわたる。

一つ、彼らが恐れていることがある、世界の魔的バランスの崩壊、世界の物質的崩壊だ。世界を解き明かすために魔術を高める一方、その膨大な魔力量によって世界が崩れることも考えられている。世界の許容量を超えた魔力の暴走、それを阻止するために彼らは、強大な力を会得した者を引き入れ、管理する。さらに魔力量の急激な増減、つまり変化は世界にダメージを与え崩壊を促進させる恐れがあるために、魔力を宿すものを簡単には処理できない。魔力容量の多いものを安易に殺せば魔力が停滞し世界への影響がでてしまうし、その魔力の消失すら世界へ影響を与える。したがって機関は、強大な魔力を宿すものの手綱を握り、時に“封印”という措置を取り、強大な力を宿す恐れのあるものは変化の少ないうちに抹殺する。

確かに近代文明が生き抜くための、あらゆる場面での最善の選択肢を機関は有している。だがその裏で行われていることは、他の魔術を介する者からすれば耐えがたいものがあった。だから自然、敵も多く存在しているのだ。こういった背景が引き起こした魔術的抗争も少なくはない。そこには正義も悪もなく、ただお互いの生命がかち合った結果のみが残される。


                 ◆


午後8時。暗闇に包まれた大通りからは気配すら感じ取れぬ奥まったコンビニの裏側に、異様な空気が漂っていた。それは本来なら見過ごしてしまうような血痕を見つけさせ、近づくのを躊躇させるはずの不気味な人影にさえ興味をそそられる。血痕を辿るとそこには、息を荒げながら血にまみれた衣服で壁にもたれかかる女がいた。

「だ、大丈夫じゃなさそうだな、これは」

自分と同じくらいの年齢の女性が腹から血を出して死にかけている、その事態を目にして背骨が砕けそうな重圧感に襲われながら発見者の女は携帯電話を取り出す。

「おい……、私を運べ……」

あともう少しというところで指が止まる。重体の女性が絞り出した声は名前でも身分でもなく、おそらく救急車かパトカーを呼ぼうとした電話を止めさせるものだった。

(やっぱり、そういうタチのもんかよ……)

「いやいや、あんた死にかけてるんだよ?」

「半端な医療じゃお先真っ暗さ、良い医者を知ってるんだ。 そこまで運んでくれ」

「……はぁ、ちょっとはお願いしてくれよ、バイクだからな、死んでもしらないよ」

「あぁ、助かる……私はリリィ。 案内するから頼むよ」

女性を持ち上げると、予想以上の出血だった。引きずりながらバイクに乗せて、革ジャンが血まみれになるのも、新品のバイクに血がべっとり付くのも気にならないくらい神経をすり減らしながら、女性の案内にしたがってバイクを走らせた。行き着いた先は、マンション。 彼女の自宅なのだろうかと思いながら敷地に踏み入ると、

「うわっ!」

目の前に急に男が現れて、女性を落としそうになったが男がキャッチする。

「驚かせたな、リリィを感謝する」

「あー、はい。 じゃあ」

「君も、一緒に来ると良い」

「え?」

「服を直してやろう」

「あーー!? やっちまった。 直すって、綺麗に?」

リリィを担ぎ上げてエレベーターのボタンを押す男を追いかけ、革ジャンを脱いで汚れを目に焼き付ける。

「あぁ、俺はクリフ」

「ガイジン? やっぱね、綺麗な顔してると思ったんだ。 私は若月真希波、楽しいはずの旅行が一気にヘビーだよ」

最初の感謝から一転、クリフは無愛想な表情で、真希波との会話は続けようとはしない。エレベーターは四階で止まる、そして部屋に入りリリィをベッドに寝かせた。

「魔術で身体を強化していなかったのか?」

うっすらと意識のあるリリィに、クリフは問いかける。

「強化してなかったら、足一本吹き飛んでたかもな……直前で魔力を放射したから、その隙を突かれたんだ、いやマグレか。 アイツはずっと私が出てくるのを待ってたんだな」

「なるほどな、弾は貫通しているみたいだ」

「早くやってくれよ、私はそんな器用な真似できないから……」

「止血だけでも仕込んでおいて正解だった」

言い終わると、クリフは傷口に両手をあてがう。発光する両手は魔術が行われている証、傷口がみるみるふさがって跡形もなく綺麗な肌に再生された。

「す、すげぇーーーすげぇよ、それ!!」

横でずっと見守っていた若月真希波が興奮してじたばたしている。魔術、それを目にしたのだ。

「あ、コイツ……なんで入れてんだよクリフ!」

「コイツって、私が見つけなかったら死んでたくせに」

「あぁ、それは感謝してるよ、でも」

「お前の恩人だからな、リリィ」

クリフは真希波に歩み寄って、真希波が手に持っている真っ赤な革ジャンを取って綺麗に血を消した、魔術で。

「おぉ、匂いもない。 黒に戻ったよ、ありがとう……えーっと、クリフ……さん」

そして穏やかな光と共に真希波の汚れた衣服は元の綺麗なものになった。

「礼はいらない、この事は他言無用だ」

「……やっぱりあんたら、まともな連中じゃあなかったか。 大層な怪我してんのに隠れて救急車も呼ばせないんだからヤクザかマフィアとかかと思ってさ、でもそれ以上って感じだね、私以外と宇宙人とか陰謀説とかって好きな方でさ」

「ハッよくしゃべる女だなァ、助けてもらってありがたいが妄想好きな女と仲良くする気はないよ」

リリィがベッドに横になりながら真希波の言葉を遮断する。真希波は少しイラっとしたようだったが、口を閉じてリリィを睨み付ける程度におさめた。

「リンと、鉄分だ」

クリフはそう言って錠剤の入った小さなビンを2つ、リリィに投げ渡す。

「それと、臭いからシャワーを浴びてこい」

「うるせェよ」

起き上がって、薬ビンを持ってリリィは扉の奥に消える。バスルームに向かったのだ。

「ああいうやつなんだ。 だが俺も礼としてしたまでた」

「急に冷たいやつ……」

「悪いが今晩はここで宿を取ってくれ、何かと物騒になってしまったからな」

「え!? 記憶でも消す気かよ……まあ良いけど」

「悪いな、ここは結界の内側だから安易な出入りは避けたいんだ。 隣を使ってくれ、他に人はいないから安心しろ」

「本当にイカれた連中なんだな、他にいない方が気味悪いよ、それじゃあ隣を使わしてもらうよ。 タバコ吸っても良いよな?」

「あぁ」

すでに信じがたい現象を見たからか、若月真希波は特に拒絶することなくクリフにしたがって隣で夜を明かすことにした。というより旅の目的地ではあるが、宿は特に用意していなかったので拒否するより宿を借りた方が楽だと判断したからかもしれない。


『──他の仕事は終えたよ、あぁ、リリィは今のところ問題ない。 ────何者かはわからないが人数がいる、だがアンタなら簡単だろう──そうだ、間違いない。 現在の所在は不明だが、時の魔術師で間違いない。 なら、こちらは到着を待って対象を封印する。』



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