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piece1-1*


20XX年3月。

桐原あすかは約2年間の入院生活を経て精神を安定させ、通院は続くものの県立第一精神病院を退院した。“連続少女誘拐事件”と称され世間を脅かしたニュースの最後の被害者とされているのが桐原あすかである。

事件は10月11日に一人の女子中学生が失踪したところから始まり、1月4日に誘拐されたと思われる少女全員とその他にも老若男女問わず計11人の失踪者が大型倉庫から発見されるという展開で幕を閉じることになる。しかし犯人や手口は明らかにならず、結果として連続少女誘拐事件は当初の被害者として捜索されていた7人とさらに4人の被害者まで出した連続無差別誘拐事件として報道されることとなった。事件は台風の様に世間を通り過ぎ、被害者たちの傷が再び抉られることはなかったものの、真実が問われることもなかった。


    \           ◇


私が居た頃とはずいぶんと町の様子が変わっていた。田舎町が大都会に程の変化は無いけど、私にとっては別の場所の様に感じられる。それは景色を遮るビル群だったり、コンビニの名前が変わっていたり、公園の遊具や昔の記憶にあるお店が無くなっていたり、私の故郷は新しい他所行きの顔で私を迎え入れるのだ。

なにか、私の中で全てが噛み合っていないような。戻りたかったはずの場所なのに、私が行きたかったところではない気がした。自分の思い描いていた将来とは大きくかけ離れてしまったのだ、と私は実感せざるを得なかった。私は私を取り戻しても、これから先の全てはもう変えられないのだと。


                ◆


3月18日、夜明け前、日本。

海岸沿いの整備された区画、コンクリートの地面に叩きつけられた青年は怒号を放って立ち上がる。

「なにしやがんだテメェー」

蒼い瞳の奥に静かな怒りを感じさせた。もちろん青年にとって鎮められた憤怒ではなかったが、付き合いのあるチームメイトが相手とあって彼も無闇に怒りを露にするのを気遣ったのだ。

「理由は無いさ、ただ私も傭兵なんでね、ミッションさ」

青年の怒号になど臆するまでもないといった表情で、事を起こした張本人のスーツ姿の眼鏡をかけた女はそう言った。

「ミッション? 科学者殺しとオレへの暴行に関係があるってのか」

「ハ、鈍感坊やかよ。科学者殺しは終わっただろ、次は魔術師殺しさ」

「……どういうわけだ、おいクリフ」

青年は女の後ろでこちらに背を向けている男に声をかける。不服、まさにその一言が青年の頭を沸かしていた。

「汚職に手を出すような魔術師風情は機関にはいらない、そういう事だ」

尚も背を向けたまま、男は呟いた。

「汚職……どういう……」

「全くだ、これに勝る汚職は無ェよ。私らまで処分されたらどうしてくれんだって話だよ、なあクリフ」

「…………」

返答はせず、クリフは数歩この場から離れた。

「……上層部に胡麻擂りか、俺が素直に殺されるとでも思ってやがんのか?──」

青年の血で汚れた金髪が風に靡き、刹那──風が夜空を突き抜け一閃が辺りを照らし出した。青年の背後から蒼い魔人が、視認できる限り腰から上だけを出現させている。高さ10m弱、蒼い魔人は拳を振りかざしていた。

「そうキレるなよ、まったくケツの青いガキは……」

「リリィ、お前の魔人も出せよ、一発ヤりてェと思ってたんだお前とは」

「ハ、願い下げさ、デカくて派手なだけが魔術、揉め事はいつだって巨大な魔術でちんたら解決、テメェみたいなのがいるから誤解される……これだから自分の魔術でズリセンこけるやつはウザったいんだ」

魔人の拳がコンクリートを砕く、リリィは跳躍して身を躱す。

「な…んだ…と、リリィ!!テメェー!」

青年の怒りは限界を超え、もはやチームメイトであったことなど遥か過去の話、今の彼には遠慮も躊躇も失われた感性であった。

「──────!!!!!」

声にならない怒りをあげ、青年は魔人に意思を送る。怒涛の拳が地を抉り、魔人の雄叫びが空を痺れさせた。

リリィは拳をひらりと躱し、 時に片手で払いのける。無論、魔力を行使してはいるが。しかし誰が見ても今の状況では差は歴然としていた。不敵な笑みを浮かべながら、リリィは眼鏡を外して服に仕舞った。

「そういう大量の魔力の行使が、魔人を呼び覚ますって行為が、世界にどれだけの影響を及ぼすかってのを最近のガキは全く解っちゃいない──“傾かない”ように殺すのは止められてるが、灰にすッぞ」

「黙れよ雌豚が、逃げ回って────「ブチ殺すぞ」

可憐に、魔人の拳を躱しながら黒の革製の手袋を取り出して装着し、青年の眼前に迫る。そして、青年の胸に指を突き付けて押し退けた。

「あ゛ぁ゛──はが────」

胸に熱さと痛みを感じて、しかしそれゆえに声すら発せず青年はもがく。

「肺を焼かれた気分はどうだ?」

魔人は魔力の供給を失い、青年の影へと姿を消した。

「リリィ……ハァあ゛ッ──やり…や…がっ…た……な」

「調子付いてんなよ、廃れ貴族」

「※※※※──!!」

喉の奥からあふれる血が、青年の発音を鈍らせる。バチッと音をたて、小さな衝撃がリリィの頬を掠めた。

「チッ……」

今では怒りを露にしているのはリリィの方だ。リリィは右手に魔術を宿して青年の口へねじ込み、

「ガっ──!!!!!」

舌を焼き千切った。

「ハ、くせェ……発情した牛の方がまだマシだぜ」

ぼやきながら、千切った舌を投げ捨てる。

「まだ息してんのかよ、はやく死にな、焼くぞ」

もはや青年を覆っているのは恐怖だけだった、怒りに任せて挑発などしなければまだいくらか真っ当な死に方であったかもしれない。

「今日はえらく饒舌だなリリィ、まるでガキのケンカだ」

終始事に関わろうとしなかったクリフが歩み寄ってきてそう言った。

「そう構うなよ、ロシア人は嫌いなんだ」

「人種で人を選ぶもんじゃない、短気でいつも魔人引っ提げて辺り一面焼け野原にしてるやつがやる説教は笑い話だな」

「クリフ、テメェも焼いちまうぞ……」

「ジョークだろ、リリィ。お前といるといつでもどこでも火葬場だからかなわない」

「なんだ気味悪いな、今の私にはジョークは通じないよ」

パチンと、指を鳴らして、青年を灰にした。


「、日本に来て残すところ最後のミッションだ」

まだ薄暗い海辺で、クリフは手帳を見ながらリリィに語りかける。

「また犬の糞掃除みたいな仕事か?」

「リリィ、そういう汚い言葉は卒業しろ。お前も二十歳過ぎた女だろ、中身まで汚れちまう」

「私は外見も中身も淑女なんだよ」

「……最近のガキは全く解っちゃいない」

「人の台詞をネタにしてんじゃねェーよ、クリフ」

まるでさっきまでの残虐さを帳消しにするような楽し気な笑みを、彼女は浮かべていた。それでもどこか恐怖を感じさせて、眼鏡から覗く視線は悪魔すら思い起こさせる。

クリフのチームにリリィが加わってまだ数ヵ月しか経っていないが、お互い見知ってはいた。存外、二人の息は合っている様にも見えるし、これからは一人減って主に二人で行動することになる。

二人は魔術機関の一員であり、良く言えば世界に蔓延る悪を這いつくばらせるのが役目だ。彼ら機関に課せられたものは世界のバランスを保つこと。故に命を救うこともあればその逆も然り、研究の抑止から社会の補完まで、あらゆる現象は機関によって管理されている。

世界の乱れは後に崩壊を引き起こす、彼らはそれを恐れているのだ。強大な力を会得した者を機関は引き入れ、管理する。手綱を握って世界の終わりまで放さない、それを恐れて機関を嫌悪する魔術師もいるほどに。そう、世界を管理するための“世界の機関”──それが魔術機関なのだ。だが我々は時に知らねばならない、自らの手綱を握っているのは他でもなく自分自身なのだと。


                ◆


「行ってくるね」

退院した桐原あすかの体調は良好で、今日は親友の麻紀と久しぶりの再開とあって、より好調だった。

陽本麻紀、あすかとは幼稚園からの仲で彼女も二年前誘拐された被害者の一人である。そして桐原あすかが事件に巻き込まれるきっかけでもあり、少女失踪事件が連続少女誘拐事件として扱われることになったのも彼女からだ。最終的に連続無差別誘拐事件として発表されたが、世間には連続少女誘拐事件という方が浸透していた。

陽本麻紀は被害者ではあるが心身に異常は無く当時の記憶も曖昧で、言ってしまえば自分には何の負担もなかったし、客観的にしか事件を捉えることができないでいたのだ。そんな自分を助けようとして事件に巻き込まれ、結果的に数少ない友人に一番と言って良いほどの被害を与えてしまったことを彼女は今でも悔いている。あすかも少なからずそのことは感じ取っていたし、麻紀が病院に見舞いに来た時もそんな風な話をしていた。けれど彼女たちは互いに『思い』を背負ってはいるが、多少の変化はあれ仲の良さは相も変わらずなのだ。


「お待たせ、麻紀」

自宅から徒歩で数分、商店街の派手な入り口で二人は待ち合わせていた。

「ちょっと早く来すぎちゃった」

笑って、麻紀は腕時計を見る仕草をする。長い黒髪のストレートが白い肌を一層綺麗にみせていた。

「あ、眼鏡が変わってるー」

「オシャレさんよ」

久しぶりの再開はたわいない会話からはじまって、二人は何をするでもなく商店街を歩いていく。主に洋服店やアクセサリーショップに入って買うわけではないが色々と見て回ったり、時には店員に商品の宣伝をされたりと穏やかな時間が流れていった。

「あすか、お昼はどうしよか」

「あーそだね、もうそんな時間かぁ」

「ファーストフードならあそこに見えるけど」

「私はなんでも構わないよ、麻紀が良いなら」

「そう? ならそこに決めちゃお」

さすがにお昼時なので店の一階は混雑していて、二人は二階へ上がって席に着く。

「もう冬も終わりって感じだったね」

「もうほとんど春物だったもんね、置いてかれないようにしないと」

「私なんて新しいのが全然ないよー」

「今度買いに行こうよ」

「そだね、大学はまだ春休みなの?」

「うん、あすかも私の大学来れば良いのに」

「えー麻紀って美大でしょ? 私無理だよー、まず高校卒業しなくちゃ」

「……ずっと入院だったもんね」

少し、麻紀の表情が暗くなる。

「あ、そんなんじゃ」

「わかってる、ごめんね」

ちょっとした言葉が麻紀の頭に過去をよぎらせるのだ、まだ彼女の心はそんなところで揺れていた。つらいのはあすかの方なのにと、まだ慚愧を振り切れない自分と揺らぎを隠せない自分に、彼女は未熟さを噛み締めるのだ。

「思えば、学生生活はほとんどすっ飛ばしてきちゃったんだね……」

「修学旅行は中高どっちも京都だったよ」

「今度行こうよ、一緒にさ」

「そうね、たくさん遊んで買い物もして、……私意外とお寺好きよ」

「金閣寺ぃーー」

「ふふ、やり残しは無しよ」

(──そんなに背負わなくたって、大丈夫なんだからね)

でもきっと、他の誰かでは埋められない空白の期間。過去が二人を強く結び付けていたがそれは罪悪感や責任からではない、純粋に彼女たちが友達であり続けた結果なのだ。


                ◆


3月21日。午前10時46分。曇り。

建ち並ぶビルが巨大な影を作っていた。ビルの間から時折吹く突風が道を行く人たちを妨害している。人混みの中を、現代では少し目を引く風貌の男がロングコートを靡かせ闊歩していた。男は冷たい強風に煽られることなく、ただ真っ直ぐに歩き続ける。

(2年経ってもこの人混みだけは変わらないな)

まるで、帰ってきた故郷へ向けるような言葉を男は心の中で紡いだ。

男が歩みを止める。側にあるビルを見上げ、しばらく考えるような顔してから男はビルとビルの間にある狭く小さな道へと歩みを変え、そして薄暗い人気の無い所へ来てビルを見上げ、ジャンプした。いや、それはおよそ常人のジャンプとは思えない……男はそのままビルの屋上のフェンスに手をかけ、乗り越える。

「……少し足りなかったか」

どうやら予定ではそのまま屋上に着地するつもりだったようだ。今の跳躍で乱れた服装を直し、彼はしゃがみこんだ。それは徒競走のクラウチングスタートの姿勢にも似たものだった。

「…………」

空っぽの瞳で天空を見上げる。そして、飛んだ。弓から放たれる矢の様なしなやかさで、大砲から発射される弾丸の如し力強さで。できるだけ抵抗の無い姿勢で男が雲を引き裂いて飛んでいる。

(この辺り、か……)

しばらく過ぎ去る眼下の地上を見据えていた男は突然、空中に向けて拳を放った。だん、とそんな破裂音の様なものがしたかと思うと男の飛行スピードが落ちて、空中で停止した。放った拳を体に寄せ、そのままゆっくりと回転しながら地上に着陸する。なんとも雑で不器用な飛行だった。着陸したのは人気の少ない林の中で、きっと目撃者は最小限であっただろう。しかしそれでも少しの間、週刊誌を賑わせたのは語るまでもない。

「さて、この辺りなら彼女の行動範囲か」

林を抜けたところにある住宅街を男は見渡していた。

二年前、この辺りはある事件に怯えていた。いや、大半の人は自分は無関係だと意固地になっていたかもしれない。

『連続少女誘拐事件』──今では冷ややかに語られる事件だが、その名残はまだ漂っていた。



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