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Piece5-1*


魔法使い。

彼らは社会に生きながら、しかし社会に属さないものもいる。

現代となっては大半が血筋、親から子への継承として魔術師は誕生する。自らの内の魔力を感覚するところから始まり、世界に満ちる魔力も用いて魔術することができて始めて一人前であると認められる。そうして魔術師は生まれ、魔術師の社会と一般の社会とを行き来する。だが現在、魔術師の社会は魔術機関がコントロールしていると言っても過言ではない。つまり、魔術師という職を雇う会社は魔術機関のみということだ。魔術機関に属さない者は一般社会を自己の社会としている者が多く存在する。これは機関にも一般社会にも属さない者が魔術師社会に参入することは、機関によって事実上認められていないからだ。認められていない、排除されるか吸収されるかということである。だが魔術機関の傘下になく機関に敵対する魔術師が存在しているのも事実。彼らは何故生存しているか、1つは当然一般社会に属している場合である。そしてもう1つの要因、それはただ魔術機関が巨大に成り過ぎたからだ────。


                 ◆


5月20日午後1時、隣県の病院に若月真希波の姿があった。

白い廊下の中を真希波は歩いていく。途中、黒服の男の横を通り過ぎるとき彼女は緊張で動きがぎこちなくなってしまった。何故なら彼女は今魔術によって自身の存在を薄くし、周囲の人間に気づかれることなく病室を目指しているからだ。もちろん魔術を施したのは真希波ではなく、瀬倉とその知り合いの男だ。

(……えっと、ここが4だから、右か? あぁ、こっちっぽい)

今日は朝からタバコを吸っていないことも、彼女の今の気分に関係しているかもしれない。緊張と不安と期待と、どういう顔をしてどういう話をするのかという思考。

「ここ、か──あってるよな?」

「クソーーーー、左手じゃ開け辛いんだよ!!」

(!!?──)

病室から馬鹿でかい声がして真希波は体をびくつかせたが、同時に目的の病室であることを確信した。

そして、一歩、病室に入る。

「あ?」

「ぇ──」

パキリ、と何かが割れる音がして、真希波の足元に割れた石が落ちていた。

「真希波? ──本物か?」

「あ、あぁ、一応本物?」

ベットを起こして左手にプリンかゼリーの入った容器を持ったリリィ・エヴァンズがそこにいた。スーツでもなくクールな私服でもなく、白い患者用の服だったが眼鏡から覗く鋭い眼は間違いなくリリィだ。ここは個室な様でベットと彼女の他には何も無い。

「お前、どうやってここまで?」

「瀬倉さん、……時の、魔術師? に頼んだら手を貸してくれたんだけど」

だがリリィは真希波を警戒している様だった。

「時の魔術師? あいつまだいるのか、というか真希波、あいつの仲間だったのか?」

「あーそうか、リリィがあすかと会ったあの時、あの後クリフが追いかけてきたんだけどそこを」

「──まさか、クリフを殺ったのはあいつ……?」

「死んだの? そんな、私が知る限りは生きてリリィのとこへ戻ったはずだけど……」

「そうか。 ま、色々あったが真希波の話は信じるさ、クリフを殺したのはあいつらだ──」

リリィの状態が気になって瀬倉に頼み真希波は会いに来た訳だが、突然に死を知らされて今どこに立てば良いのか、さらにそれが頭を巡った。

「真希波、気にする事はなにもない──一度裏切った私の見舞いに来てくれたのは嬉しいが、私はまだ元気さ、ハハッ」

リリィが左手で右肩を抱くのを見て、そこでようやく真希波はリリィの右腕が無いことに気が付いた。

「──リリィ」

リリィも警戒心は無くなって、ベットに重くもたれた。

「あいつを殺した引き換えに腕を一本ダメにしちまってな」

「……魔法でどうにかなんないのかよ」

「あぁ、餌にやっちまったからな、ハッ、惨めな姿だよなぁまったく……」

「私の中のリリィは今でもカッコいいさ、リリィはそういう立場で、……私ももう自分の立ち位置を決めなきゃな」

リリィは口で容器の蓋を開けて、皿にプリンを出して飲み干した。

「真希波、私はあんたに助けられて良かったよ、クリフにも助けられた」

「そっか、忘れたくても一生リリィのことは忘れられないよ」

「ハ、聞きたいことが山程あるって顔して入ってきたクセによ、言いたいことはそんなことかよ」

照れ隠しに、リリィはそうぼやく。

「──大概のことはもう聞いた、……リリィは魔術機関の魔術師だって、それがどういうことなのかはわからないけど」

「桐原あすかと真希波が友人だったとはな、正直複雑な気分だったさ、だがなあいつはどのみちどうにかならなきゃいけねェヤツなのさ」

上手く口にできない真希波の思いを汲み取ったのか、リリィは言葉を遮ってそう言った。

「……」

「私は機関の狗、命令があればそれを実行するまでだ。 だがもう終わった話だ、私は機関に連れ帰られるさ、任務は失敗したんだからな」

「──リリィの口から聞けて良かったよ、でも私は」

「あいつには世界を脅かす力が眠ってる、だから機関は封印したがってるんだ。 だからまた何か手を打ってくる、けど私は真希波に感謝してる……それだけは本当さ」

「そっか、ならもういいんだ……リリィが無事だったなら今のところは問題ない」

聞きたいことを聞いて、無事が確認できればそれでよかった。そんなことのためにここまで来たのかと、リリィは少し笑う。

「ハ、話は終わりだ、早めにここを出るんだな。 今なら機関のやつらもいない、術は切れてるからな」

リリィは真希波の足下をしゃくって、石が原因だと伝える。真希波もなんとなく分かっていたようで、静かに頷いた。

「わかってるよ、リリィ──元気でな」

「あぁ、真希波」

少ない言葉で彼女たちは多くを交わし、真希波は病院を後にする。

リリィが思ったより元気でいたことに安堵し、バイクにまたがって彼女はタバコをふかす。

「でもさ、仕事だろうと友達が襲われるのを黙って見てる訳にはいかないだろ──」

呟いて、真希波はタバコを捨ててバイクのエンジンをいれる。今日で病院に戻らなくてはいけないからだ。とっくに外出期間は過ぎて病院からの連絡もあった訳だが。けれど、彼女の中に固い意志が芽生えつつあった。


数時間の距離を移動して、またあすかの家まで戻る。あすかと、麻紀に別れを告げるために。

あすかの家にはもう麻紀が居て、二人は玄関先で真希波を見送ることにした。

「マキちゃん……また、いつでも遊びに来てね」

「おう、ま、病気って訳じゃないからね私は。 また少しすれば会えるさ」

「真希波さん、お元気で」

「あぁ、しんみりすんのは嫌いだからさ、とっとと行くよ」

そう言って真希波はあすかの頬を撫でて、片手を振ってバイクにまたがる。

あすかは瞼が少し熱かったけれど、これで永遠って訳でもないんだと自分に言い聞かせて涙をこらえた。

「私も、会いに行くから……一人で暴れちゃダメだよ」

「もうそんなんじゃねェって、じゃ、行くよ」

その後の言葉はバイクの音でよく聞こえなかった。遠ざかる手を振る二人を背に、また真希波はバイクを走らせる。もう一人、彼女には会わなければならない人がいた。

どうせいつもの場所だろうと、真希波はその場所へ向かおうと大通りに出る。ビルや店が並ぶ大通りをしばらく進み、目的の場所で小道に曲がる。

「お──」

急ブレーキの音が響く。

「瀬倉さん!!」

瀬倉がそこにいたからだ。

真希波は瀬倉に、会いに来たのだ。

「来るのはわかっていたからな、また店で騒ぐのは御免だ」

「なんだよ、別に騒ぐ訳じゃねェって、あいさつしにだよ」

壁に寄りかかっていた瀬倉はゆっくりとバイクに乗る真希波のところまで歩み寄る。

「……そういうのはいい、」

「そう言わずにさ、あすかのこと守ってくれたのに礼をしておこうと思ってね」

「それは、当然の事だと言ったはずだ、巻き込んだのは俺の方だと、」

「それはわかってる……でもそういうのも含めてさ、私は瀬倉さんにならあすかを任せられるし、守っといてほしいって思うんだ──」

彼が何をそこまで背負って生きているのか、それは真希波には分からなかったがそれこそが瀬倉を動かしているものだと思っていた。だからきっと、魔術機関と桐原あすかの間に立っていてくれると信じているのだ。

「機関も俺も、得たいの知れないのは同じ──それでもか?」

「私は人を見る眼だけはあるんだ」

「そうか、」

「それとさ、瀬倉さん、……」

「──なんだ?」

そして真希波は、もう自分の立ち位置を決めていた。

「私を弟子にしない? ────」

これが、若月真希波と魔術師との出会いだった。


                 ◆


半年後、瀬倉さんは私達の前から姿を消した。


5月16日の後、病院にも学校にも行かなくなった私は週末になると喫茶店で瀬倉さんとお茶をするのが習慣になっていた。特に何か意味のあることをする訳ではないけれど。ただ私の状態を瀬倉さんがみて、他愛もない話をするだけ。

私と私を取り巻く環境にはズレが生まれてしまって、それで私を知る瀬倉さんという人だけが私と同じところにいるような気がして、だから瀬倉さんといる時が心地が良いというよりはそれ以外の時が心地が悪い感じ。

「見た目も中身も、似ているところにいるって感じです。 ──結局、あの人たちは私が魔術に目覚めそうだったからそれをどうにかしに来たってことなんですよね?」

「そういうことだな」

視線と口だけを動かして、瀬倉さんは返答をする。

「……でももう来ないですね」

「機関の優先順位が変わったんだろう、今のところもう大丈夫なんじゃないか」

「あんなに、来たのにですか?」

「あぁ、最後に来たヤツもお前が一番の目的って訳ではなかった様だからな」

それからも機関は私のところへは来ず、瀬倉さんは大丈夫だろうと判断した。

「魔法使いって、居るもんなんですね」

「物事は見かけほど単純じゃないって話だ。 だがな、単純そうに見せるのが俺の仕事なんだ──、魔法使いがいようがどこかで誰かが殺されていようが、それがちょっと遠いもの、自分の平穏には触れないところにあるものとして感じられることが人々にとっては大切なんだよ」

「平和のために魔法使いは身を隠してるってことですか?」

「そんなに大袈裟な話じゃない」

夢でも御伽噺でもなくて、ぜんぶ現実に起きた話。

結局、なんだったのか、私はなんなのか、わからない。

「…………、あの人たちどうなったんですか? 私を拐おうとした人たちです」

「さあな」

「殺した、んですか?」

「俺は、殺してないが」

「、瀬倉さんは人を殺したことあるんですか?」

「そんなことを聞いてどうする。 殺人者だと軽蔑するのか? それとも平穏のための殺しならと赦すのか?」

「そんな……、聞いてみただけです、答えの答えなんて考えてません」

瀬倉さんは私の質問に、たまに意地悪な返答をする。

私はまだ、あの時見た瀬倉さんの眼の暗さが気にかかっているのだ。

魔術機関が私の力を封印するためにあの人たちはやってきて、魔術機関に恨みを持つ人たちがそこを襲撃して、それはうわべだけの事実だったと瀬倉さんは言っていた。魔術機関の計画の駒として私たちは使われただけなんだと。

「魔術機関は平穏のために良いことも悪いこともするってことですか?」

「平穏のために、か。 そういう台詞が一番怪しいと思わないのか、自分たちが世界が敷いたレールを整備したいだけだと思うがな」

「そ、そうですかね、でも基本は世界のためなんですよね?」

「機関は世界を整頓しているだけだ、大事なのはそれをどう変えるかということだ」

「──なるほど」


こうやって、私が質問をして瀬倉さんが答えたり、それについて話すのが日常だった。魔法使いなんてのに会って、しかもそいつを信用している私も、もうどうかしているんだ。

けれど、ある日喫茶店に行ってもいつもの席に瀬倉さんがいなかった。夕方まで待っていたけど結局瀬倉さんは来なかったので、その日は帰った。そして次の日も昼下がりの喫茶店へ行って、すると瀬倉さんはそこに居た。

「昨日は、どうしたんですか?」

率直に、聞いてみる。

「来てたか、すまなかったな。 もう、ここに留まっているのも難しくなってきてな」

瞬間に、瀬倉さんはもうどこかへ去るのだと理解した。

「だが俺が離れた後、もしまた機関が現れたなら──また俺を呼べ、お前に〈出口〉を作っておく」

「出口? ……」

瀬倉さんは私の右手の甲に手を添えて、──何かをした。────

「俺には使命がある、もう世界が変調しないように世界を見張ることだ」

「……」

はじめて瀬倉さんの真面目な顔を見たような気がした。それは寂しい表情だった。

「私は、もう大丈夫なんですか? ──」

「お前から何を奪おうと結局お前はお前なんだ、桐原あすか──行き着くのなら、自然行き着くさ」

それはどういう意味の言葉だったか、今ではもう知りようもない。

「瀬倉さんはいつも一人ですね、寂しくないんですか?」

「俺には俺の世界がある────、結局またお前を巻き込んで、あやふやにしてしまったな」

「もうそのことはいいって言ったじゃないですか、私は瀬倉さんに助けてもらった、それは絶対なんです」

「そうか、」

結局、私は瀬倉さんとも違うんだとようやく思い知る。

そうして、黒いコートを靡かせて瀬倉さんは世界に溶けるように消えていった。

私は過ぎた日々を思い返しながら、彼と同じ寂しい顔をしていた。



【終】


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