piece4-2*
魔術とは結果へ至る過程であり、魔力とはその原因である。
◆
そこは閑散とした場所だった。巨大なコンテナ群がそばにあり、海が遠くに見える。整備されていない地面が生暖かい風に吹かれて土煙を起こす。拓けたこの場所に一人、男が立っていた。紅い帽子と衣服のその男は不気味な笑みを浮かべてこっちを見据えている。蠱惑的な雰囲気が纏わり付いているその男が、一歩前へ出てくる。
「待っていましたよ、アナタを」
悦びに満ちた口調で男はそう言った。
「──桐原あすかはどこだ?」
鋭く、瀬倉が返す。
「あぁ、あの子は安全に保管していますよ。 事が済めばまあ安全は保障しましょう」
「ちょ──ちょっと! ワープか? ワープしたのか!?」
急に視界が変わって真希波が困惑するのは当然の話なのだが、場違い極まりないという雰囲気を醸し出している。それを紅い男が睨んで、瀬倉に視線を戻す。
そう、彼らはワープした。一瞬にしてあすかの家の前からこのどこかも分からない場所へ移動したのだから、これをワープと言わず何とするか。
「返しては、もらえないのか」
瀬倉までも真希波が興奮しているのをスルーして、男との会話を続ける。
「あの子は危険因子だからね、簡単には返せないかな。 でもワタシの真の目的はあの子ではないからね、ま、立場上ということさ」
「そうか。 で、俺に何か用なのか?」
「おい、瀬倉さん……」
全く以て彼女は置き去りである。
瀬倉が事前に感じた強力な魔力存在、それがこの場所だった。
「決闘だ」
男は変わらぬ口調でそう告げた。
「……決闘?」
それは瀬倉にとって予想外の話だった。
「そうだ、機関から奇跡使いの章を与えられながら魔術師殺しという大罪を犯し、逃亡を続ける────崇高なる魔術師の風上にも置けぬ存在よ、キサマは」
瀬倉を眼で捉えながら、男は高揚する気持ちを抑えつつ続ける。
「罪人でありながらその章ゆえにキサマを讃える人種もいる……不愉快な話だ。 このワタシこそ、このワタシこそが奇跡使いと呼ばれるに等しい魔術師だ──キサマを捕らえれば機関もようやくこのワタシの魔術師としての質を認めるだろう」
「フッ、魔術師も人に自身の価値を求めるようになったか……称号や評価ばかりを気にして──」
「魔術師殺しと蔑まれる男の強がりにしか聞こえぬな。 今や魔術は人に説くもの、他者に価値を見出だされぬ魔術など寂れて朽ちていくのみ──魔術師とはいつの世も崇められる人種なのだ」
「──要は、崇高な魔術師様が罪人を裁こうという訳か……そしてそれを機関に見せびらかしたい訳だ」
「────口を慎めよ魔術師殺し、このワタシが決闘してやると言っているのだから」
ゆるりと、男はローブから右手を出して瀬倉を示した。
「!?──ぐっ、」
途端に、何かが瀬倉に重くのし掛かった様に瀬倉に重圧がかかる。耐えられず、瀬倉は手をついた。
「瀬倉さん!」
「余計な」
今度は真希波に手をかざす。
「うわっ────」
「桐原あすかはこの辺りにいる! 探せ!!」
真希波の体が浮かび上がり、すうっと加速して移動していきコンテナまで飛ばされる。そしてそこに放り出された。
『囲え──』
男は言葉を発すると足元から光が円上に広がって、辺りを包むと消えた。
「この結界の中には何人も入れない──さぁ、始めよう、タイムウォーカー」
「く、うぅ……」
まだ瀬倉には重圧がかかっている。それもどんどんとその強さが増してきている。
男の伸ばす右手には指輪があった。しかも5本の指全てにそれぞれ違う種類の指輪があり、少なからず1つの宝石が埋め込まれている。その内の中指の指輪が鈍く光っていた。
「────ッ、」
「ん!?……」
瀬倉の姿が消えた。そして男の背後、元居た位置の反対側に瀬倉の姿はあった。地面を転がり、体を感覚しながら立ち上がる。
「瞬間移動か」
男は気配に気が付いて振り返り、また指輪が光を放ちだす。だが、それを見て瀬倉はまた少し左側に瞬間移動した。目標物を失った魔術は地面に圧力をかけ、地面に亀裂が入る。
「俺は彼女に償いをしなくちゃならない。 だと言うのにまたこんな目に……」
「時の魔術師というだけはあるな、はたしてそれが魔術かどうかは甚だ疑問だが」
「──俺の魔術は戦闘向きではないからな」
「クク、 ──名を、言っていなかったな。 ワタシの名はヴェルノ・マナウィダン・ヴェナブルズ、キサマを処刑する者の名だ──しっかり覚えておけよ」
「長いな、覚えにくい」
瀬倉が姿を消し、──ヴェルノのすぐ後ろに出現する。その手には黒い槍が握られ、その切っ先をヴェルノ目掛けて振り上げていた。
「ちょこまかと……」
ヴェルノが右手を掲げる。瀬倉が槍を降り下ろす、が槍は何かに止められた。槍に力を込め続けるが、切っ先とヴェルノの間の空間が槍を受け止めている。
「ここはワタシの結界の中だぞ?」
言って、振り返らずヴェルノが人差し指と中指の指輪を光らせたまま右手を動かす。するとその動きに合わせて瀬倉の体が吹っ飛ばされた。
「く──こいつ……」
「空間掌握だ、空間を自在とするのはキサマだけではない」
今度は左手を出す。左手にもそれぞれ指輪があった。左手薬指の指輪に光が灯り、続いて掌の上に水がぼこっと涌き出て次第に大きな水の球体となった。
(指輪か……指輪に魔術式が組み込まれているのか、だから魔力を流すだけで術が発動する)
瀬倉が槍を構えて距離を詰め、──逃さず、ヴェルノが右手を動かす。また瀬倉は何も無い空間に動きを封じられた。空気が、大気が大蛇の様に瀬倉の体を締め上げ、そして体に重圧が加わる。
「くぅ──」
瀬倉が姿を消す、瞬間移動で術から逃れたのだ。ヴェルノは構わず、水の玉を地面に向けて動かす。乾いた大地が水を飲み込んだ。そして水は水分をかき集めながら奥へと染み込んでいき、さらに上層の大地が乾いていく。
「────ッ、」
いつのまにか瀬倉が両手に黒い槍を持っている。その一つをヴェルノに向けて投擲した。
「ムダだ」
瞬間に右手を突き出して、魔術を作動させる。黒い槍は空中で何かに掴まれたように静止した。
「な、んだ──!?」
それと同時、瀬倉の足元から地面がひび割れて陥没していく。そしてその足元から何かがうねりながら這い出て瀬倉を囲む。
「ククク、──捕らえて沈めろ!!」
それは泥、泥が瀬倉に纏わり付いて、その泥から人型の上半身が形作られ瀬倉を掴んで土中に引きずり込む。ヴェルノは左人差し指の指輪を輝かせながら、右手の人差し指と中指の指輪も輝かせる。それは空間を押し固め、ドンと音を立てて大地に圧力を加えさせた。引きずり込んだ地面へ上からプレスしたのだ。
「どうだ?」
「残念────」
瀬倉は瞬間移動で魔術から脱していた。しかしそれはヴェルノの予想の範疇。
「その移動方法は厄介だな」
「その指輪程じゃない、十種の魔術を即座に発動させるってのは大した魔術師だよ」
「キサマに言われても憎いだけだよ、……そろそろ本気できたらどうだ、タイムウォーカー。 逃げ回るだけがキサマの魔術なのかね」
「まだ回復していなくてな──、まぁそれでも加減していることに変わりはないが」
「バカにしているのか? このワタシが処刑式を決闘に格上げしてやったというのに」
ヴェルノのが右手を掲げるとその空中に丸まった紙が現れた。瀬倉は警戒したが、攻撃ではないと悟りその紙に目をやる。
「これは魔術機関がワタシに寄越した命令書だよ」
紙が広がる。そこに文字が浮かび上がり──確かに、機関のものである判が押されていた。
「処刑だ、キサマを殺せと……ワタシにその命が下ったのだ」
「!!────」
魔術機関が瀬倉を危険因子と見なしたと、そういうことだ。
「ようやくキサマの所在が知れ、そしてキサマの奇跡使いという称号は捨てられた──これからは、いや……今、ここでワタシがキサマを殺すのだ。 もう逃げられん、奴らからはな」
「──なるほど、そういうことか」
「そうだ、そういうこと──」
それは死の宣告をされた者の目ではなかった。いや、それは当然か。元々彼は魔術機関に反逆した者、すでに彼は機関から排除の対象として見られていたはずだ。だが、そういう目でもなかった。
「なら、本気で殺さなくっちゃな────」
──瀬倉の姿が消える。ヴェルノの背後、紅い槍を構えた瀬倉の姿があった。そして長槍が射出される──回転しながら、僅かに直線ではなく弧を描き、空間を抉る様にそれはヴェルノに向かう。
「同じこと──」
右手で示し、空間で槍を捕らえようとする。が、その魔術は全く意味を成さなかった。静止どころか、スピードも緩めず、軌道すら変えない。
「な、に──捕らえよ!!」
ヴェルノの言葉に土中から人型の泥が這い出、槍を受け止めようとする。当然の様にそれも貫いて、槍はヴェルノへ向かう。
(まずい、何故だ、何だ、────死)
もう、距離が足りない──もう一度空間掌握を試みるが虚しくそれは効果がない。
「が……ぁ゛ッ、」
槍はヴェルノを貫いて、ヴェルノはその勢いに仰け反って地に臥した。
「こいつは投げれば必ず標的を射貫き、そしてこの手に戻る」
瀬倉の言葉通り、紅い長槍は瀬倉の手の中にある。彼の眼は、漆黒に満ち、殺人を決断した眼だった。
「なんだ!?……」
死んだはずのヴェルノの肉体が閃光を放つ。ヴェルノの身体中に刻まれた紋様が光り、そしてヴェルノを中心として円が広がり魔術式を構築している。
(自分の死と同時に発動する魔術か!?──俺を巻き添えにする気か……)
肉体が放つ閃光に視界が奪われ、何が起きているか判断できない。
(結界は解かれた、逃げるか? ……いや、接近して食い止めた方が良いか……そこを狙って術が動く可能性もある──どっちだ!?)
瀬倉は槍を握りしめる。悩んでいる時間はない、逃げる方が彼にとっては有利。
「その魔術を殺す──」
再度、槍を放つ────槍が、静かに折れた。いや割れたのか、ちょうど半分くらいのところで真っ二つになった。
「な────そんな」
時同じくしてヴェルノから放たれる光が収まり、そして身体が立ち上がる。
「どうなっている……」
ヴェルノが地に降り立った。変わらぬ顔で、体の動きを確認している。
「ハァハァハァ……ただの槍ではないな?」
「……」
「この魔術を体に仕込んだ時はそれはそれは、死の片鱗を味わったかと錯覚するほどの傷みだったよ、なにしろ平面ではなく立体として魔術式を刻んだからね。 しかし死んだのは初めてだ──これでこの魔術は完璧だということが証明されたな」
(死を克服した魔術──こいつは、確かに消したいはずだ)
ヴェルノは魔術の影響からか肩を上下にするほど息を切らし、汗をかき疲労している。しかしそれも徐々に回復へと向かう。
「死んだ、はずだな?」
「あぁ、全く……キサマに恐怖したよ」
「今の魔術……」
「縁、というものを信じるか?」
唐突に、ヴェルノはそんな質問をした。体力回復までの時間稼ぎのつもりなのか。
「なにを、言い出す……」
「 縁切り、縁結び……二物を結ぶ力のことを人は縁と言う」
(フ、術が成功して優越感に浸っているのか?──この現象を解明してくれるというのなら)
瀬倉はヴェルノの話に耳を傾けながら、折れた槍を確認していた。
「ワタシの肉体に刻まれた魔術は縁切り。 今、ワタシと死を結んだ縁を破壊した──つまりその槍だよ」
土が湿り、窪んで、ヴェルノの背後に人型の泥が這い出た。それと同時に左人差し指の指輪が鈍く光る。
「ク、……」
(あの女の所に置いておいたゴーレムがやられたのか?……まあいい──)
(あいつは今、確実に死んだはずだ。 存在意識が消滅する前にこの槍の力を破壊して死との結び付きを緩めたという話か? ──いや、生死を司る魔術に対して論理的解釈はナンセンス。 魔術とは意思に基づいた変化を為す技術、死との縁を切ることがあいつの意思ならばこの変化は必然──だが欠点もみえた、これがあいつの切り札だというなら)
「この魔術が動いている限り、キサマはワタシを殺せん」
「それは──どうかな」
「さぁ、本気で殺しにきたらどうだ、魔術師殺し!」
ヴェルノの指輪が光る──。
「ふ──」
瀬倉は瞬間移動で重力場から脱する。
(!!──)
だが、移動したはずだったが、瀬倉は重力場の中にいた。
「なあに、この一帯全体に魔術を及ぼせば済む話」
結界内までの区域全体へヴェルノは重力をかけているのだ。瀬倉は何度か移動するも力からは逃れられない。そこへ上空から泥人形が腕を振り、小さな泥の弾を飛ばす。泥の塊は倍々になった重力で加速し高速で瀬倉を襲う。
「ぐ、あ゛ぁ、くそ」
瀬倉は黒い槍で凪ぎ払いつつ瞬間移動で逃げるが、防御を掻い潜った泥の弾が足を貫いた。
「もう一度だ」
ヴェルノの命令に、今度は体全体を上空でスピンさせ逃げ場の無い様に全体へ泥の雨を降らす。
「この、────」
瀬倉が瞬間移動する──だが泥弾の攻撃は広範囲に降り注いでいる。
「──死角は、一つ」
瀬倉がヴェルノのすぐそばに出現した。
「きたな──」
全体への加重力も、泥人形の攻撃も、ヴェルノ自身へは影響を及ばさない様になっていた。しかしナイフの様に突き立てる短槍は数㎝の距離が何千㎞に感じるほどに、強靭な空間に阻まれてヴェルノへは到達しない。
「ぐぐ──」
「本気で殺しに来いと言っているんだよ、タイムウォーカー」
ヴェルノの指輪が光り、瀬倉を吹き飛ばした。
「ワタシを馬鹿にするのも大概にしておけよ、」
ヴェルノが十本の指を瀬倉に向け、そして指輪が閃光する。空に雷雲が現れ日が陰り、その刹那に一柱の落雷が瀬倉を襲ったかと思うと瀬倉の周囲で巨大な爆発が発せられる。それらは瀬倉の周囲の空間に閉じ込められ、破壊力を増して彼を襲った。黒煙の切れ間に硬質な泥でできた人形が泥の大剣を掲げているのが見える。その大剣を瀬倉に背後から突き立て、一気に貫いた。
「クク、クハハハハハッ、死んだか? 死んだな!」
血に塗れる瀬倉が横たわるのを見て、ヴェルノは高笑いを響かせた。
「もしや、もしやこれしきの魔術しか使えぬほどに疲弊していたのか? クククク、無様な、似合いの死に様だなハハハッ」
泥人形が泥になって地面へ崩れる。ヴェルノが泥へと戻したのだ。
「あ?」
瀬倉の死体に近付こうとして、ヴェルノは立ち止まる。一瞬、一瞬目を天にやったその直後、瀬倉が消えたのだ。
「まさ──か、生きて──」
「当然、当然」
「ハッ!?」
ヴェルノが振り返る、もう目の前に瀬倉がいる──瀬倉を空間掌握で以て離そうとしたが、それを躱す様に瀬倉は瞬間移動し、今度は背後にいてヴェルノの顔面を鷲掴みにしてそのまま押し倒す。
「な、ぁっ……」
再びヴェルノは魔術を仕掛けようとしたが、瀬倉が黒い槍を左腕に突き刺す方が速かった。
「ぁあ゛゛──」
「な、なにィ…………」
「情けない声を出すなよ」
「クソ、クソ、クソがッ」
ヴェルノは瀬倉を押し潰し、四肢に突き刺さった短槍を引き抜き、そして距離を離して泥を集め────しかしそれらは思考の中に止まり、現実には及ばなかった。それどころか、瀬倉がヴェルノに刺したのは左腕への一本のはずだが右腕、左足、右足にも刺さっており痛みも相まって身動きがとれない。さらに、瀬倉には傷一つ無かった。突き刺された胸も、爆発で爛れた皮膚も、雷に射貫かれた脳も、泥弾が撃ち抜いた足にさえ。
「なにを……しているんだッ、」
瀬倉が手から十個の指輪を地面に落としていく。
「いつの間に……それを」
(いや怪我と言えばクリフ・アッシャーがそれなりの怪我を負わせたと言っていた、それは何だ……それさえ)
「お前も自分の魔術を披露してくれたな。 だから俺も教えておこう──」
『the part;link toぁ゛がッ、』
「人の話は黙って聞くもんだ」
瀬倉が、ヴェルノの脇腹に槍を突き立てていた。
(いつの間に──槍を出す仕草さえ見えなかった、コイツ)
『■■──』『■■──』『■■■■ぅぐぅ……』
「実のところ殺したくはない。 だから大人しくしていろ」
左肩、左太股、右胸にそれぞれ槍が突き刺さっていた。
(コケにしやがって──このワタシを……)
「ハァハァハァ、」
(死ねば蘇生はオートだが、……文言を言うことさえ叶わぬ速度──コイツ、時間の中を……歩いているッ、)
「瀬倉さん!」
(あの女……ワタシのゴーレムを──何とか、指輪を)
あすかと真希波が側のコンテナの横まで来ていた。真希波が助け出したのだろう。
ヴェルノは全く動けないでいた、彼の魔術は指輪にあらかじめ刻まれた魔術式を媒介とすることで即座に術を発動させられることに利点がある。だが指輪を奪われてしまっては通常の呪文を唱えるとか魔術式を描くとかの方法を用いて魔術を発するしかない。しかしこの状況を、瀬倉を出し抜けるほどの魔術を発動させるには数秒はかかる文言を唱えなくてはならなかった。
(そうか……速攻、こちらが術を発動させる前にその方法を叩けば、……それがコイツの魔術──いや、まだ手の打ち様があるはずだァ、こんなことで、一瞬だ、一瞬以上の時間がかかる距離まで離れれば魔術は発動させられる──いや、ワタシは死ぬことはないのだ、ワタシの勝利はまだ揺るいでなど──)
「見つけたか、お前ら向こうへ離れてろ」
「瀬倉さん……」
「話は後だよあすか」
真希波があすかの手をひいてこの場を離れていく。
「喉を潰してもいいが……」
「ふざけるなよカスがッ! このワタシで遊びやがってッ、タイムウォーカー、キサマの魔術など恐ろしくもない、機関がキサマを殺しに動くのだッ、もう逃げ場はあるまい……だがワタシとてこんな無様な──」
「機関がお前に俺を殺せと命じた? フッ、お前じゃ役不足だよ」
明るい拓けた大地から、ヴェルノの視界が闇で覆われる。そうしてだんだんと目が慣れてくる。そこは静かな場所だった。何も無い、場所だった。
「キサマ……ここはどこだ、く……」
ヴェルノの体が死に震える。あの恐怖が、死の淵に来た恐怖がもう一度彼を震わせる。
「ここは俺の世界──」
じっとりとねばつく空気が喉に張り付いて、吸う息が心臓を撫でていく。
瀬倉がヴェルノを連れて空間を移動した。ばちっと切れる様に視界が変わり、身体を感覚し意識が脳を認識する。
「さっきまでの勢いはどうした、本気で来いヴェルノ・マナウィダン・ヴェナブルズ」
「ぁっぁっぁっぁっ……」
気が付けば自分の体は自由になっていて槍など刺さっておらず、腰を落としていた。
ヴェルノの目の前に瀬倉が立っている。何も無い世界でただ二人だけが存在している。だが両者の関係は明白だった。食う側と食われる側だ。さっきまで自分はこんな男に劣るはずがないとヴェルノはそう信じて疑わなかった。だが瀬倉はどうだったか。彼はずっとヴェルノを食うべきか食わざるべきか思考していただけ。いずれにせよ、それは捕食者の考えだ。
「さっきはお前が創ったステージだったが、他人のステージではうまく演じられない質か?」
「っ────」
あぁ、これがこいつの本性なんだと、ヴェルノは思った。
「俺も、お前に真実を教えておこう」
年下の、魔術の知恵も歴史も浅い、魔術機関に敵視された者。圧倒的有利な立場をただの力だけで覆せる男なのだと、ヴェルノは思ったのだ。
「奇跡使いは称号などではない──そう呼ばれるべき人種がいるだけだ。 いや、人であるかさえ怪しい」
自分の求めた地位が怪物だったと気づかされる。
「本来、奇跡使いとは何らかの概念、事象などに存在を持たせ、それを人の型に押し留めることによって魔術機関が首輪をかけられるようにしたもののことだ」
「が、概念だと……戯言を」
「嘘ではないさ、魔法使いが人から神へ近づこうと力を得たものだとするなら、奇跡使いは神の思想を人の域に変換したものだろう……元々立っている場所と目指すべき場所が逆なのさ」
「つまりワタシは一生……辿り着けないッ────」
「世界を構築する部位を支配していくことで、やがて神に代わって世界をどうこうするつもりなのさ、腹の内ではな」
「クク──だったら、キサマは何者なんだッ、神か、悪魔なのか」
「俺か? 俺はワームホールと呼ばれる概念さ。 時空と時空を繋ぐ穴、それが俺であり、俺の力でもある」
「なるほど、……なるほど、それで時の魔術師という訳かッ、」
魔術師でなく、奇跡使いでもなく、魔法や奇跡そのものであると、そういうことなのだ。ヴェルノはついに瀬倉という男の恐ろしさを知った。だが完全に理解などできない。目の前の男は、今まで自分が触れていた常識が上っ面だけの歪んだものだと語っているのだ。
「魔術機関という組織さえ知り尽くしたところで、それは仮面だと言うのかキサマは……ワタシは洞窟の中の影を見ていたと?」
ヴェルノの唇は青白く、震えている。仮面の内を自身に語るということはやはり、自分の辿る未来は決定的なのだと頭の奥で理解し始めているからだ。
「そうだ────」
静かに肯定して、瀬倉が体をかがませてヴェルノの右腕に触れる。
「ぃ゛っ゛ッ、ぐぉ※※────」
ヴェルノの右肩から下が消えた。音もなく、動きもなく、唐突に肉と骨が剥き出しになって血が勢いよく噴出する。
「ぁっ、ぁっ、」
「お前の右腕を別の時空へ“送った”」
『殺せ! コイツを今すぐにィ、ワタシの前から消え失せろ!! その穢い手でこのワタシに触れてくれるな、化物め、ぅぎイィィ──』
ヴェルノが絶叫しながら左腕だけで地を這って瀬倉から離れていく。
「哀れだな、高貴な魔術師」
「そんなふざけた話があるものか、機関へ応援を要請するッ、いくらキサマが奇跡であろうが、その機関が」
『送れ、意識だけでも良い……転移だ──transference transfer conversion metastasis metastases transition locomotion──』
「無駄、だ……その魔術が効果を為す前にその魔術を別時空へ送る。 ここは俺の世界〈ステージ〉だ」
「ハァハァハァハァ……そんなことがあるか、出来たとしてもだ、巨大な魔術をそんなところに突っ立っているだけで──」
「そして残念だが、機関は助けないよ」
「ハァハァぁっ、何を、」
「機関は飼っている魔術師を処分する役割を用意している──俺は、機関からある命令を受けている」
瀬倉の表情は変わらない。その眼だけが、すうっと黒く、さらに闇へ落ちていく。
「我々からお前を殺せと命を受けた魔術師が来たならそいつを逆に殺せ、とな──」
「────バ、馬鹿なァ、そんな……機関が処分しようとしたのはこのワタシ──」
「そういうことだ──機関としてもただ返り討ちにあったということで話は通るからな」
「ハァ……ハァ、」
ヴェルノは恐怖の正体を知った。それはこのちっぽけな男から来るものでないと、彼は安堵し、そして確かに理解した。魔術機関が自身に刃をかけたなら、当然の恐怖だと。
「それにもし俺が死んだとしても、手配犯を一人処分できるんだから機関にとってはどちらに転ぼうとうまい話なのさ」
「な、何故だ、何故そんな命令に黙って従う……」
「それはお前が一番良く理解しているはずだ」
「──なるほど……なるほど、なるほど、ワタシは機関にとって消さなければならぬほどの魔法使いだったと────」
ヴェルノの姿形が消える。それと同時に瀬倉もこの世界も消える。彼らはまた、時空を飛んだ。
(久しぶりだったから、つい自慢気に己を語ってしまったな……)
都会の街並みに一人の男が立っている。その風景はどこか歪で奇妙だった。その男が立っている回りにいくつもの人間が転がっている。その中に、穴だらけの右腕の無いヴェルノもあった。
(お前の魔術は後出しなんだよ、事態が起きてからその縁を切って事を修正する──だがな、変化というのは時間の流れがあって始めて成り立つものなんだよ)
そこだけが悍ましいほどの歪さで満ち溢れ、外の風景と一線を駕している。だがそれだけではない。世界が静止していた。空に浮かぶ雲、鳥、照り付ける陽射し、流れる空気、行き交う車、人々、あらゆる生命が、無機物が、現象が、音や光さえ。言葉にするならそう、彼以外の時間が止まっている。その止まっている日常の中に転がる人間と、その中に立つ動いている男。異常だが、事実だった。
(ここに来るのも久しぶりだな、そろそろ身体がきつくなってきたかな……)
男は散らばっている人間を避けるように数歩前進し、コンクリートに刺さっていた紅い長槍を引き抜き、そして姿を消した。
◆
唐突に、若月真希波の体が中に浮かんだ。
「うわっ────」
「桐原あすかはこの辺りにいる! 探せ!!」
重圧に苦しみながら、瀬倉がそう叫ぶ。真希波の体が浮かび上がり、すうっと加速して移動していきコンテナまで飛ばされて、そこに放り出された。
「痛って、」
『囲え──』
男が言葉を発すると足元から光が円上に広がって、真希波の直ぐ側、拓けた土地だけを囲んで消える。
「瀬倉さん!」
その区域に足を踏み入れて、だがすぐに真希波は足を引っ込めた。
「はぁはぁ──」
ぞわっとその踏み込んだ足から身震いして、嫌な感じがして、足を引いたのだ。額が汗ばんで少しの間震える。
「近付けない……私じゃここには入れないんだ」
(あの人は言った、ならあすかを探すのは私の役目だ)
瀬倉は時折真希波の視認できない速度で動き、男に接近したりしていた。また彼女は魔術師同士の戦闘を目にしているのだ。呼吸のリズムを整え、真希波は二人に背を向けて巨大なコンテナが立ち並ぶそこへ入っていく。
「貿易の港かなんかなのか? ……」
遠くに海と工事中の大橋が見える。先日の件で修理点検中の大橋だ。
コンテナの側面に錠のされた両開きの扉がある。これのどこかにあすかが囚われていると真希波は考えていた。
「おーいッ! あすかァ!!」
ドンドンと扉を叩きながら真希波は声をかける。だが返答はない。目に見えるだけでもコンテナの数は10や20なんかじゃないことは分かっていたが、真希波はとりあえず手当たり次第に扉を叩きながら声をかけていく。
「あすかー!」
「いたら音を出してくれ」
十数個目のコンテナで、彼女はジャンパーからタバコとライターを取り出してタバコを吸い始めた。そしてコンテナを背もたれにして、座り込む。
「ハァ……、てかホントにこれの中にいるのかあ?」
(相手は魔法使いだぜ? しかも自分で魔法使いのことをスウコウとか言ってたヤツだ、もっと魔法使いっぽく隠してるんじゃないの、だったら私には無理なんじゃ……)
「どこにいるんだよ、あすか……」
(ったく……あ──)
真希波はポケットに入っている石のことを思い出した。
(────)
彼女の思考が、1つの可能性を弾き出す。
(なんだったか、詳しいことは忘れちまったけど……確か魔術をどうこうするとか、そんなんだった気がする)
「つまり──こいつが反応すれば、そこには魔法がかかってて、そこにあすかがいるんじゃないの」
真希波はタバコを捨てて立ち上がる。ポケットから1つ出して、真希波は目の前のコンテナに向かっておもいっきり投げつけた。石はコンテナの側面にぶつかって、跳ね返り地面に落ちて真希波の足下まで転がって戻ってきた。
「反応無し、手当たり次第に投げつけてくか」
傷ひとつない石を拾い上げ、今度はコンテナに石を投げつけ始めた。
(でも結局、この中じゃなかったらどうするよ──いや、そんなことは今は良いんだ)
そうして数個目のコンテナに投げつけて、真希波は気が付いた。コンテナ群の横に同じ様に並んでいる貸倉庫があったのだ。
「まだこんなのが、あんのかよ──」
声をかけたり、石を投げたり、確かにそれに要する時間は1分も無い。だがそれでも同じ作業の連続に、真希波の心に最初あった助け出さないとという気持ちを焦りが上回り始めているのだ。
「あすかァーー!」
叫んでも、返事は返ってこない。
「っくしょう、あすかをどこにやりやがったんだあの男」
(こっちも見ていこう、……瀬倉さんは大丈夫なのか? あの人がやられたら私もあすかも、もう終わりだぜ……)
そう思った時だった。手に握っていたはずの石が手から滑り落ちてコロコロと転がっていく。
「おっ……と」
それを拾おうとして、地面が少し湿っていることに気が付いた。
「…………」
そして湿ったところが何かが這った軌跡のようになっている。
「まさか──」
その跡はずうっと貸倉庫のシャッターの下まで続いていた。真希波は近づいてシャッターの錠前に石を落とす。
「ここだ……」
接触した石と錠前は静かに割れて、シャッターの鍵が開いた。シャッターを持ち上げて開ける────暗闇だったそこに日光が射して明るくなる。
「あすか!」
貸倉庫内部はそこまで広くはない。その一番奥の壁の隅に桐原あすかがもたれ掛かって眠っていて、その周りを不気味な何かが取り囲んでいる。三体いるその内の一体が床を滑るように緩やかに素早く、真希波の前まで移動してきた。
「────」
高さ2mはある泥のスライムの様なものから腕が二本生えている。その腕がうねって鋭利な刃物の様な形状をとった。
(鎌ッ──)
それが振りかぶられるより前に、真希波はポケットから石を取り出して拳の中に握りしめ泥の中に突っ込んだ。
「うっげ」
泥が固まってその鎌が振り上げられる。真希波は拳を開いて中に石を残して泥から腕を引っこ抜いて、その勢いで仰け反って尻餅をついた。それで鎌は空振りに終わる。
「う──」
泥の中から光が溢れ、中心から乾燥して崩れ落ちた。
「ハァ……ハァハァ……あすかァ!!」
また、泥が床を滑って真希波の前まで移動してくる。
「くっそッ、」
素早く立ち上がって真希波は距離を取る。泥は貸倉庫の入口の付近で静止したまま、うねっているだけ。
(この倉庫の中だけが稼働範囲ってことなのか?)
「あすか! 起きて!!」
真希波は右腕にべっとりとついた泥を払いながら、あすかに声をかける。
「────」
その声に、ようやくあすかが意識を取り戻す。
「こ、な、なに!?」
目の前の泥のスライムを見て、あすかは逃げようとするがそこは壁に囲まれた部屋の隅。あすかは視線を動かして、真希波の存在に気付く。
「マキちゃん!」
「やっと見つけたよあすか! 待ってろ、こいつらどうにかするから!」
「だ、大丈夫なの!?」
「瀬倉さんもいる、あすかはじっとしてろ!」
「気を付けて!」
真希波はもう一度、右拳で石を握る。
(よかった。 あすかは無事だ……もっかいこいつを腹ん中にぶち込む──)
低姿勢で急接近し、真希波は入口を塞いでいる泥に右拳を放とうと腕を引く。
「う゛゛っ──」
泥の塊から生えた腕が真希波の腹胴体にぶち込まれた。少し飛ばされて真希波は地面に転がる。
「マキちゃん!」
「ぅくっ、……けほっけほっ」
あすかが堪らず立ち上がって入口の方へ駆けようとしたが、目の前にいた泥があすかにまとわりついて動きを封じる。
「うぅ……」
「あす、か……」
鈍い痛みが頭の中まで響いて真希波の全身を痺れさせる。それでも、真希波は立ち上がって泥の脇を通って中に入ろうと試みたがやはり、泥は素早く真希波の前まで移動してきた。
「コイツ──」
貸倉庫の中、壁際の棚に置かれていた工具箱を手に取ってそれを泥へ投げ付ける。しかし、泥が削れて散らばるだけで効果は余りない。その勢いで工具箱の中身が地面に散らばった。
「やば──」
泥の腕がスピアを形作り、真希波目掛けて放たれる。真希波は身を投げて攻撃を躱し、その隙に石を投げつける。泥は壁に穴を開け、そして石に触れて崩れた。
「あすか!」
「だい、じょうぶ!」
二体目が崩れたためか最後の一体があすかから離れ、あすかと真希波の間を塞ぐように移動した。
(石はあと2つ、なんとかなるか──)
「じっとしてろ!」
真希波が散らばった工具箱の中身からレンチを拾って左手に持ち、右手に石を握る。泥が真希波の方へ移動し、そして崩れた泥を取り込んで巨大化した。
「う──嘘だろっ!?」
そしてその巨大な泥がマシンガンの様に泥の弾を真希波へ放った。
走って、一旦貸倉庫から距離を置き、真希波は別の貸倉庫の影から様子を伺う。真希波の姿を見失ったからか、泥の射出は止まった。
(遠距離攻撃もアリかよ──くっそぅ、もう突っ込んでくしかねぇよなぁ……)
先程受けた打撃の痛みは治まってきていたが、彼女の頭には死の恐怖がちらついていた。心臓の鼓動が鼓膜に響き、手足の指が汗ばんでいる感覚がする。
「はぁはぁっ」
それでも、彼女は決意する──。
「あんな雑魚に私の人生終わらせられるかよ、こっちは一撃当てれば勝ちなんだからな──」
一気に駆けて、シャッターの開いた貸倉庫の端から中へ身を投げる。
「────っ」
「マキちゃん!」
目の前にはもう泥が接近していて、腕を伸ばしていた。泥の方へ身を転がして躱し、石をねじ込んだ。
「あすか! 逃げっぞ!!」
だが、泥は瞬間に2つに別れて半分を犠牲にして石の効果から脱した。残された部分が干からびて崩れる。
「しぶといっての」
あすかは走って、そして二人に突撃する泥の前に真希波が立ってあすかを逃がす。
「これでも────食らいな!」
石を中空に投げ上げ、真希波が両手で構えたレンチを振りかぶる。バッターが玉を打つ様に、石はレンチに打たれて泥へ放たれた。
「はやく出て!!」
そうして泥は崩れ去り、二人は貸倉庫から脱した。しばらく走って、コンテナの壁に背中をついて立ち止まる。
「ハァハァ、ハァ……ひぃー、やったぜあすか」
「ぅ、うん! ありがとう……マキちゃん」
「もう、やってらんないよ、はは」
辺りを警戒しながら二人は少しずつ歩き出す。真希波はあすかに今の状況を伝えて、瀬倉の元に戻ることにした。
「なんだか、もう夢現って感じだよ」
「そりゃそうだよ、あんなキモい化物は勘弁してほしい」
「家を出たとこで、変な人に出会しちゃって……それで」
「そいつは瀬倉さんがどうにかしてくれるさ、──あそこだ、行こう!」
二人は拓けた場所の側まで行き、瀬倉と男を見つける。
「瀬倉さん!」
どうやら、瀬倉が男を押さえ込んでいる風だった。瀬倉は顔は向けず、離れているように二人に言う。
「見つけたか、お前ら向こうへ離れてろ」
「瀬倉さん……」
「話は後だよあすか」
真希波があすかの手を引いてコンテナの影に身を潜める。二人は座り込んで、真希波はタバコを取り出した。
「また、瀬倉さんに助けてもらった……」
「良いじゃん、あの人がやりたくてやってることだし、それに魔法なんてあの人がいないと解決できないよ。 狙われてるのがもしかしてあの人のせいだとしてもさ」
「今回はマキちゃんも助けてくれたよ」
「ま、そうだね──」
瀬倉と男の姿が消えて、────ふと気付くと瀬倉が一人、紅い槍を肩に担いで立っていた。
「お、終わった? ……かも」
「ん?」
瀬倉の元へ行こうとあすかは立ち上がり、真希波も同じく腰を上げる。
「────」
瀬倉と、あすかの目が会った。
瀬倉の瞳に灯っていた闇の灯火がすうっと消えていく。いつもの雰囲気を纏った瀬倉に、しかし一瞬あすかは恐怖を感じた。後から立ち上がった真希波は気付かなかったが。




