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白く切り取られた異空間。
孤独と困惑から、目覚めた私は絶叫し、暴動し、泣きわめく。
全ては時が癒してくれる、なんて嘘。私が証明してやるわよ。
毎時間美人顔の白衣の人が何か薬を打ちに来て、それと同時に食事が運ばれて、時々お医者さんが来て、後は寝るの。そんな生活が長らく続いて、見知らないおばさんが私を檻から出した。それからは二人部屋。薬は錠剤になって、食事は食堂ですることになった。
県立第一精神病院に、私こと桐原あすかは入院していた。理由は2年くらい前に起きた連続少女誘拐事件の被害者だから。それに全身傷だらけで、私は覚えてないけど錯乱状態だったかららしい。傷があったのは私だけで、他の子は無かったってことも理由の一つ。
ここに被害者の中で私の他に入院しているのは二人。会っちゃいけないって言われてるけど。親友の麻紀も被害者の一人だった。犯人は死亡したって聞いている。幻のような体験談だ。ほんとうに……。
◇
「窒息するぞー」
ガラガラと、二人部屋の扉が開く。
枕にうつぶせになっていた私はガバッと起き上がった。
「なんだ、マキちゃんか、お医者さんかと思った」
笑いながらマキちゃんの方を見る。
「また考え事かぁ? 悩み多すぎて死ぬんじゃない?」
「死なないよっ」
マキちゃんは二つくらい歳が上の相部屋相手。私より前からここにいて、根は優しいんだけど暴力的なのがたまに傷で、自称ニコチン無いと無理病にかかってここに入院してる。
「そう言えば、来週めでたく退院らしいね」
タバコの煙を窓の外に吐き出して、力の無い声でマキちゃんが言った。
「うん…… お先に」
「私なんて、あすかより前から居るのに出してくれる兆しも無いよ」
冗談混じりな口調でマキちゃんは私に笑いかけたけど、私はやっぱり真面目に受け止めてしまう。
「ごめんね」
なんて、笑いかけてみる。
「そんな顔するなよ、私が悪かったってばあすか」
「うん、でもまた遊びに来るよ。 それに退院は来週だし」
「ま、元気になって良かったよ、最初の頃はどうしようもないくらい落ちぶれてたからね」
「そんなにー?」
「ははは、退院祝いにやるよ」
革のジャンパーからタバコを取り出して、箱ごと私に投げ渡した。
「タバコなんて吸わないよ」
「まあまあ、もうすぐ19だろ?」
「二十歳からでしょ、タバコは」
「そうだっけ?」
騒がしかった二人部屋も、来週でおしまい。私は社会人として今後を過ごしてかなきゃいけない。お母さんとお父さんと過ごせるわけだ。そして流れていった私の時間を、私は忘れてはいけない。
土曜日、私はマキちゃんとお医者さんに見送られて、退院した。
◇
桐原あすかは、連続少女誘拐事件の被害者の一人だという。私もテレビで何度かその事件を見たが、彼女の名前は聞かなかった。まあ、毎日真剣にニュースを見るような柄でもないんだけど。
そんな彼女がここに来て、それから相部屋になるって聞かされたときは正直良い感じはしなかった。二人部屋を一人で使えてたってのは理由の三割。後はもちろん関わりたくないし、他人と相部屋なんてやっていけるとは思わなかったからだ。けれどこっちの事情なんて関係ないし、反論したら下手すりゃ病んでるって認識されかねない。ここでは1日の行動から食事、対人関係までもが病状としてチェックされてるからだ。息苦しいったらない。
それでも私は、世間から腫れ物の様にみられてた場所よりは制限付きでもここの方が息し易いと思う。まあ、退院したいのはもちろんなんだけれど。
そうして若月真希波と桐原あすかは出会い、まるで姉妹の様に仲良くなるまでそう時間はかからなかった。お互いの欠落した感情を、お互いが埋められたからだ。けれどお互いの傷を知り、理解しあえた訳ではない。彼女達は傷に触れる事を避けたし、みることすらしなかっただろう。それが悪いことかはわからないが、少なくとも真に理解しあえる関係を築くには彼女達には傷が深すぎたし、時間もなかった。それでも、そこを除けば桐原あすかと若月真希波は互いに 理解しあえる仲であったといえる。人とは真の自己を剥き出しにする事を恐れるが、自己を理解して欲しいという欲だけは持ち合わせているものだ。