嫌な事件
実弾射撃場「スカウト」は、銃器大国であるアメリカでも最大級の品揃えを誇る射撃場だ。
観光客から名の知れたシューターまで、数多くの人々が訪れる。
なかでも銃器コレクターにとってはまさに名所であり、いつも多くの人で賑わう。
が、その日は違った。いつも以上に人が少ないこともある。
しかし、それよりもおかしなことがある。その"静けさ"だ。
「今回のはかなりのクソったれだな」
「犯罪者なんていわれる連中は全部そうさ」
内部の状況を考えつつ、軽口を叩きながら壁を焼き切る。
正面玄関から"あいさつ"しに行くのも悪くはないが、いろいろと問題がある。そのため、気づかれないように侵入するにはこの方法が最適といえる。
取払った壁の向こうは室内射撃場になっており、そこにはもちろん、店内に通じる通路がある。
その通路から店内の様子を窺う。犯人たちはショーケースのない開けた場所―店の中央辺りになるだろうか―にいるものだから確認しやすい。
「犯人は5名。うち4名が武装。武装した3名が外を警戒しています。もう2名はバッグに銃器・弾薬を詰め込んでいるようです。」
無線で状況を報告する。後者の2人についてもう少し詳しく言えば、1人が作業、もう1人が指示を出しているように見えた。
「装備は確認できるか?」
「4名ともサブマシンガン、ミニウージーのようです。」
フルオート改造されているもので間違いないだろう、ということを付け足す。
少し間を置き、隊長が再び尋ねる。
「人質の人数は?」
カウンターの方へと目を向ける。
「8名で間違いないかと。全員がカウンターの前に座らされています。」
「了解。指示を待て。」
通信を終える。
――新しい指示が出るまでは待機か、全く――
犯人が目の前にいるというも気に食わないが、人質をすぐには助けられないのも腹立たしい。
こちらとしては一刻も早く奴らを片付けたいのだが・・・。
そんな考えをしていると、先程の指示を出していた男が外を警戒していた3人を呼び、話し始めた。
話の内容は逃走についてのようだ。
重要な話をしているせいだろう、銃を持つ手への意識は薄れているようにみえた。
――やれるか、今なら――
キンバーのセーフティを解除しながら、通路を挟んで向かい側にいる相方に、
「いまならやれるぞ。」
と、囁いた。
「何を考えてる、指示を待てといわれたろう!?」
あたりまえの反応か。
だが、引き下がらない。
「奴らの会話は聞いてたろ? 逃げちまう。それに、チャンスは今しかない。」
スライドを少し引き、初弾が装填されている事を確認する。
待つのにはうんざりしていたし、一刻も早く奴らを片付けたい。
俺が今にも飛び出そうとしているのを見て、相方は「あぁ、くそっ」なんて言っているが、それでも動く気はあるらしい。
奴もキンバーのセーフティを解除した。
「3でやるぞ、外を警戒していた奴らからだ。」
「ああ。」
「3...2...1...行け!」
相方が先に飛び出し、1人目の胴体にダブルタップで撃ち込む。
ボディーアーマーは着ていないようだ。血を流しながら倒れた。
不意を突かれ、仲間が撃たれたことに奴らは驚いていたが、すぐに銃を構えだした。
俺が2人目を撃とうとしたとき、バッグの男が目に入った。他の奴と比べると様子がおかしい。
――まさか、人質か!?――
そう考えたことで行動が少し遅れたこと、バッグの男が俺の狙っていた奴の近くに居たこともある。
俺が犯人を撃ったとき、そいつは犯人の盾に―されかけていた、というほうが正しいだろうが―された。
弾は犯人ではなくそいつに命中した。
・・・今の考えは恐らく正しかっただろう。
あんな奴らでも仲間を盾にはしないはずだ、それにあの男の様子、つまり、
――俺は・・・民間人を・・・人質を撃ったのか!?――
だが、その考えはすぐに吹き飛んだ。俺が撃たれたからだ。
犯人とは違い、ボディーアーマーは着ていたが、それでも衝撃は来る。
ボディーアーマーというのはあくまで弾を貫通させないようにし、人体を防護するためのものだ。
だから、銃創による出血などは防げるが、衝撃までは緩和できない。
つまりフルオートで何発も撃たれた場合はかなりの衝撃を受けることになる。
それとだ、手や足などの部分は剥き出しのため、そこへ命中すれば負傷する。
胴体へは衝撃、左腕と左足へは激痛が走る。
その衝撃と痛みにに耐え切れず、俺は倒れた。
俺に気をとられた相方がこちらを向いた。
「おい、大丈・・・」
声が途中で切れたのは、そいつも撃たれたせいだった。
俺と違うところは、そいつは頭を撃ちぬかれたということだろう。即死だった。
俺たち2人は犯人を制圧するどころか、返り討ちに合わされただけだった。
侵入してきた奴ら――つまり俺たち――を片付け終わった犯人たちは、ここに長く居るのは危険だと判断したようだ。
盾として使ったバッグの男――急所に命中したわけではなかったらしく、生きていた――を連れて行き、銃器の入ったバッグも持っていった。
男を連れて行ったのは、外に出たときに攻撃されないようにするためだろう。
いくら犯人とはいえ、人質を連れている場合は下手に撃つことは出来ない。
犯人を逃がすわけにはいかない。痛みを何とかこらえながら、キンバーを構えた。
正面のドアから出て行こうとする犯人に照準を合わせるが、痛みのせいで狙いが合わない。
しかも頭がふらついてきた。出血し過ぎたんだろうか。
上手く合ってくれない照準に苛立っていたが、視界がボケはじめたせいで、何も思わなくなった。
意識は薄れていったが、犯人たちが出て行く姿だけは、しっかりと見えた。それも、嫌なくらいに。
そして、気絶する直前まで、人質だったであろう男を撃ったことを考えていた。