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My Sweet Beast  作者: 柚木エレ
本編
8/12

Vol.8 ディナーパーティー

年の瀬間際に始めた「小説家になろう」での活動ですが、本年はこの作品でしめくくる形となりました。

まだまだ連載は続きます。ほかの作品ともども、来年もどうぞよろしくお願いいたします。


皆様に幸せがたくさん訪れますように…よいお年を!

 とある朝、珍しく活発な様子のラピスさんが食堂で宣言した。

「今夜はパーティーを開く。それぞれに準備をお願いしたい。念入りにな」

 ヴィスコンティとシシリエンヌはすぐに頷くと、あっという間にどこかへ行ってしまった。

 けれど彼は

「久しぶりの宴になる。アロルド、窓やカーテンを頼む。ブルーナはチェレスティーナやカルロッタと共にフロアをよろしく。クラウディアにジュリアーノは楽器の用意を。手入れはフラヴィオ、任せたぞ。厨房はパトリツィオ、取り仕切ってくれ。さて、手の空いている者は二手に分かれるぞ。一方はウンベルトと庭園の手入れを、もう一方は私とリリーを手伝って欲しい」

 次々に指差しながら指示を出していく。

 まるでオーケストラの指揮者みたい。

 この後何が始まるのかと思って彼の指先を目で追うと、思ってもみないことが起こり始めた。

 近くに置かれていた小道具たちが動き出し、蜘蛛の子を散らすように四方八方に散らばっていく。

 コート掛けも足置きも、羽ホウキやタワシにチリトリも、工具箱までするすると動いて食堂を出て行った。

 食堂は必要最低限のものだけが置かれた殺風景な部屋になる。

「これも魔法?」

「驚いたか?」

「もちろん!しかも名前がついてるなんてびっくりだわ。もしかしてみんな…」

「昔からこの城に仕えている者たちだよ。魔法のせいで姿は変わってしまったが、あの頃と変わらぬ忠誠で今も私を支えてくれている」

「そうだったの…。みんなの魔法はどうしたら解けるの?」

「おそらく私の魔法が解ければ、この城ごと全て元に戻るはずだ」

 さりげない口調で彼は言う。

「リリー、だからと言って責任を感じる必要はない。今はとにかく今夜に備えなくては」

 ともすれば落ち込みそうになる私のことなんてお見通しなんだ。

 楽しげな瞳で私の顔を覗き込んで、食堂を出るよう促す。

 今夜パーティーを開くなんて突然の提案に、城中が浮き足立って賑やかだ。

 廊下に出ると楽器を調律する音色や床を磨く音がする。

 ラピスさんは満足げにそれらを眺めて、私の肩を抱きながら部屋までエスコートしてくれる。

「きっと部屋ではシシリエンヌが取って置きのドレスを用意しているはずだ。目一杯おめかしをしておいで」

「おめかし?」

「ああ。おとぎ話には「舞踏会」があるだろう?それを今夜開くんだ」

「本当?すごい!素敵だわ!!」

「喜ぶのはまだ早い。さあプリンセス、お支度を」

 そう言って部屋の前で跪くと、手の甲に一つ、キスをくれる。

 私の顔は瞬間的に沸騰した。

 プ、プリンセス!?

 心底楽しげな笑みを浮かべるラピスさんは、さしずめイタズラが大成功した子供みたいな目をしてる。

 最近彼はこうやって私をからかうのが好きらしい。

 いい加減慣れればいいんだろうけど、生まれてからずっとこんな上流階級な暮らしとは縁がなかったから、一ヶ月くらいじゃ変われない。

 元々王子様のラピスさんにとって、さっきみたいなキスは当たり前の挨拶なんだろうけど、何だかちょっとズルイ。

 ドキドキしちゃうのはいつも私なんだもの。

 彼はいつだって余裕な顔して飄々と振舞うんだから。

 きっと魔法をかけられる前から素敵な王子様だったに違いない。

 そう思ったら、トクンと、鼓動が跳ねた。

 マズイ、また顔が熱くなってきちゃった。

「それじゃあ王子様、また後ほど」

「ご機嫌よう」

 クスリと笑って互いに視線を交える。

 彼の後ろ姿を見送れば、やっぱりしっぽが大きく揺れていたのだった。





 ダンスホールの天井には目が覚めるような青空に白い雲、小悪魔ちゃんたちが戯れている天井画。

 特大サイズの5段シャンデリアがキラキラ輝いて、壁に掛けられた小さな照明用のシャンデリアも眩しいくらい煌めいている。

 壁際にはピアノやヴィオラ、ヴァイオリンにフルートといった楽器たちがスタンバイ済み。

 磨き上げられた長テーブルの上には豪奢な燭台の炎がゆったりと揺れていた。

 ホールにつながる大階段の踊り場へたどり着くと、ベロア生地で作られた深緑色のジャケットを颯爽と着こなしたラピスさんが待っていて、すっと肘を構えてくれた。

 促されるようにしてそこに軽く腕を絡めると、ふわりと揺れるレモン色のベルラインドレスとハイヒールで心もとない歩き方をした私を気遣うように、彼は歩調を緩めて階段を下りていく。

 半日ぶりに再会したラピスさんは普段より一層凛として、重厚なオーラが全身を覆っていた。

 まるで本当に王宮の舞踏会に来たみたいな気分になる。

 自然と背筋が伸びて、いつもより胸を張れる。

 くるくると内巻きにして、後頭部を高く結い上げた髪はシシリエンヌの力作だ。

 耳たぶで揺れるイヤリングは大きな雫型のパールで、胸元にはルビーをあしらいダイヤモンドを散りばめた高価なネックレス。

 せめてこの姿に相応しい心持ちでいよう。

 そう決めて彼と歩き出せば、目の前には完全なる夢の世界が広がる。

 フロアに降りるとヴィスコンティが椅子を引いてくれた。

 私とラピスさんが席に着くとすぐに演奏が始まって、ホール中の証明が曲に合わせて揺れる。

 用意されたフルコースは鮮やかにお皿を彩り、目まで楽しませてくれる。

 ふと彼を見れば、優しく視線が重なった。

「踊ろうか」

「はい」

 彼に手を引かれて立ち上がり、フロアの中央まで行く。

 背中に添えられた手を感じると、初めてのことにちょっとだけ緊張して力が入る。

 強ばりに気付いたラピスさんは柔らかく微笑んで

「力を抜いてごらん。大丈夫、私に任せて」

 そう言った。

 うん、大丈夫。

 彼に言われるとどうしてすんなり信じられるんだろう。

 言われた通り力を抜いて導かれるままの姿勢を取り、ラピスさんを見上げる。

 その先に澄んだ碧い瞳。

 見つめていると吸い込まれそう。

 でも逸らすことも出来ないくらい魅せられている。

 そうしているうちに彼の優しい吐息が聞こえた。

「今夜のリリーは今までで一番美しい。そんなに見つめられたら私が緊張してしまうよ」

「…ラピスさんたら」

「君のファーストダンスの相手になれるとは…とても光栄だ。さあ、曲に合わせて右足を引いて」

「はい」

 まるで夢見心地。

 促されるように足を引けば、そこから滑らかなステップが続いていく。

 踊ることを気持ちよく感じるくらい、スムーズで優雅で、柔らかな誘導。

 歩幅は全然違うはずなのに、そんなこと気にならないくらい上手にリードされる。

 どんなにくるりと舞続けてもすぐ近くに彼の瞳があって、何故だかわからないけど一瞬たりとも逸らすことなんてできなかった。

 丁寧に梳かれた黄金色のたて髪が揺れる。

 そして彼の姿に肖像画の彼が重なって見えた。

 ああこの人はこんなにも優しいのに、どうして獣の姿にされてしまったの?

 こんな姿になっても変わらず人を想う気持ちを持ち続けて、温かな思いに溢れているのに。

 「人食い野獣」と罵られても手を差し伸べる優しさに満ちた人なのに。

 どうしたら元に戻せるの?

 あなたにかけられた魔法はどうすれば解ける?

 私に出来ることは何?

 そう、思った時だった。

「きゃ」

 コツンと踵が床に触れた瞬間、僅かに滑ってバランスが崩れる。

 はずみでポスン、と温かな胸に抱きとめられた。

 そのままぐっと抱きしめられる。

 胸が、痛い。

 おずおずと大きな背に腕を回せば、彼の腕は更に力を込めて私を抱き込む。

 それが酷く切なくて、喉が詰まる。

「リリー…」

 苦しげに呼ばれれば、もしかして彼も同じ思いなのかもしれない、なんて思ってしまう。

 徐々に速度を上げる鼓動と、体中をめぐる熱が痛いくらい呼吸を奪っていく。

 ラピスさん。

 縋るように頬を押し付ける。

 彼の大きな獣の手が穏やかに私の髪を撫でてくれる。

 それがすごく嬉しくて、心臓が一際大きな音を立てた。

 ようやく顔を上げれば再び互いの視線が重なって、次第に近づく距離に視界はもうぼやけていた。

 ちゅ、と音を立てて柔らかな唇が額に触れる。

「おいでリリー。少し風に当たろう」

 気付けば彼の手も確かな熱を孕んでいた。







 続く


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