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My Sweet Beast  作者: 柚木エレ
本編
5/12

Vol.5 ラピス

 朝になって目覚めが訪れるのは随分突然だと思う。

 起きようと思って意識する必要も無く、体が勝手に目覚めるのかしら。

 気がつくといつもより眩しい日差しを浴びてふと瞳を開けた。

 ん…ここは…私のベッドだけどちょっと違う。

 お城の、お姫様ベッド。

 つまり昨日の全ては現実だったてこと。

 改めて意識すると、朝から奇妙な感覚に陥る。

 怖さはない。

 いたって穏やかな一日の始まり。

 ベッドから出ると、ジャストタイミングでシシリエンヌがやってくる。

 どうやって頃合を見計らってるんだろう。

 私の行動が先読みしやすいのか、彼女がとっても優秀だってことなのか。

 どちらにしても支度はすぐに整う。

 今日のドレスは落ち着いたオレンジ色。

 柔らかい素材で作られていて、きつく締め付けるコルセットもない。

 昨日に引き続きの心遣いなのかしら。

 どちらにしても都会で流行りのコルセットは苦手だから、助かった。

 シシリエンヌは私の顔に薄化粧を施すと、昨夜のように食堂まで案内してくれた。

 いつでも誰かにエスコートしてもらうなんて、本当のお姫様になったような気分。

 食堂につけばそこには既に彼がいた。

「ラピスさん」

「ああ、リリー。おはよう。昨夜はよく眠れたか?」

 分厚くて1ページに文字がぎっしり書かれた本を片手に顔を上げてくれる。

 しかも鼻にちょこんとメガネをかけて。

 えーと。

「お陰様で。ところでそれは近視?遠視?」

「近視だ」

 きっと読書する野獣さんは世界であなただけね。

 思わず笑顔を浮かべると、ブルンとラピスさんのしっぽが盛大に揺れた。

 …もしかしてこれって犬と同じで嬉しいと揺れちゃうの?

 それなら今の会話のどこに喜んだんだろう。

 疑問が浮かんだけど、答えはすぐにわかった。

「リリーは私の顔を見ても怯えないのか」

 小さく彼が呟いた。

 なるほど。

 喜んだ理由はそれね。

「怖くないもの。夜の探検にも付き合ってくれたし。昨夜はありがとう」

 うっかり抱き上げられたまま寝ちゃったくらい、すっかり安心してたことに今更気付く。

 短時間で急展開を見せたから、疲れていたのもあるんだろうけど…。

 ラピスさんの腕が心地よかったのも本当だ。

 そこでふと思い出す。

 昨夜見たあの肖像画。

 身分の高い、きっと王子様の絵。

 あれは誰の肖像画なのかしら。

 聞いたら答えてくれるかどうかと彼に視線を向ける。

 碧い目が、穏やかにこっちを見ていた。

「そなたの瞳はよく動く」

「え?…あ、あ!」

 言われて気付いた。

 そうよ、あの時は違ってた。

 昨夜、一度だけ違っていたの。

「ラピスさん、昨夜は私を「君」って呼んだわ」

 間違いない!

 って、思ったんだけど。

 ラピスさんはクスクスと優しく笑う。

 テーブルにはヴィスコンティが運んでくれた、焼きたてのパンやベーコンエッグにソーセージ、オレンジジュースがあっという間に並べられる。

 大きな獣の手が目の前にパンを寄せてくれた。

「きっと夢でも見たのだろう。私はいつでも「そなた」と呼んでいる」

 そう言われて納得できるだろうか。

 夢って。

 昨夜お城を一緒に回ったことは否定しなかった。

 私は抱き上げられてベッドまで連れて行ってもらったけど…、そこまで覚えているのに。

 ラピスさんが見せた、あの、胸がギュッとするような切ない笑顔だって覚えているのに。

 どこからが夢でどこまでが現実だったの?

 分からなくなる。

 それなら、と思って

「あの肖像画は誰のものですか?」

 と問うことにした。

「誰だったかな。ずいぶん昔のものだ。私も知らない」

「本当?」

「ああ、本当だ」

 何だかそつ無くはぐらかされた気分。

 私は一口大にちぎったパンを口に入れた。

 咀嚼すると香ばしい香りが口いっぱいに広がって嬉しくなる。

 向かい側では彼も同じように食事をしていた。

 あの口なら一口で食べられそうなパンを、器用にちぎっている。

 流れるような動作でジャムを塗る姿は上品そのものだ。

 そして不意に私の視線に気づくと、食事を促すように目で合図される。

 穏やかな碧い目。

 碧い、目。

 …そうだ、彼の目も碧かった。

 ラピスさんと同じ色。

 でも、どうして?

 瞬間的にいくつも推測が浮かんでは消えていく。

 知りたい。

 このどうにもギャップの激しい野獣のことを、もっと知りたい。

 魔法がかけられているのだというこの城のことを知りたい。

 そうとなったらこのあとの予定は決まったも同然。

「ラピスさん、お城の中をもっと見て回ってもいいですか?」

 少し身を乗り出して尋ねると、彼はちょっとだけ考える仕草をしながら

「ふむ。城の中は自由に歩いて構わない。ただし、外に出てはいけない。城の外は危険だから」

 そう言った。

 城が檻の代わりだからだめ、じゃないところがラピスさんらしい。

 魔法がかかった場所ならもしかして、敷地内にも何かあるのかもしれないし、城を取り囲む森にも何かあるのかもしれない。

「分かりました」

 私は素直に頷くことにした。

 だって外に用事はないものね。

 お父さんのことは心配だけど、彼が安心していいって言うならそれは本当だと思うから。

 とにかく今はきちんと食事をして、早速あの肖像画を見に行かなきゃ。

 俄然やる気の出た私は、用意された朝食をきれいに完食したのだった。





 昨夜ラピスさんと辿った道を思い出しながら廊下を歩く。

 途中にはやたら大きな観音開きの扉がある部屋もあったし、私の背丈より少し大きめの扉がある部屋がいくつもあった。

 だけど目指すのはただ一箇所。

 絶世の美男子が描かれたあの肖像画のある廊下。

 いくつも角を曲がったあと現れる階段を昇っていく。

 一段ずつ上がった先に見えたのは、しばらく使われていないだろうギャラリーを兼ねた廊下。

 昨日と同じように展示品の間を抜けて、目的の絵を目指す。

 …あった…!!

「これだ…」

 見上げればそこには昨夜見たのと同じ、360°どこからみても優雅で気品のある凛とした王子様。

 うん、王子様って言葉がピッタリ似合う。

 絵の右下には金の絵の具で書かれた文字。

 La…?

 他は擦られたような、削られたような跡があって読めない。

 それにしても何て素敵な人だろう。

 おとぎ話の挿絵に出てくる王子様よりずっとずっと格好いい。

 涼やかで理知的な瞳は冷たさを宿すことなく、柔らかで人懐っこい。

 肩よりほんの少し長く伸ばされた金髪はゆるく曲線を描いている。

 王子様(と呼ぶ事にした)の髪は純粋なブロンドよりも、夕焼け間近の黄金色に近い。

 頭頂部はオレンジがかっていて、毛先に向けて徐々に色素が薄くなっている。

 ロイヤルブルーの上着がよく似合っている。

 ん?

 黄金色の髪に碧い瞳、それに、ブルーの服…?

 私の中で浮かんだ「まさか」が確信に近くなる。

 もしかして。

「ラピス…さん…?」

 肖像画に描かれた滑らかな頬に手を伸ばす。

「やはりここにいたのか」

 ピク

 寸でで手を止めた。

 声の主は今朝と変わらぬ様子でゆったりと近付いてくる。

「旺盛な好奇心は真実を探し当てる、か」

 微笑んでいるのに、どこか悲しげだ。

「この絵は、あなたね」

「随分昔のものだよ。今は見る影もない」

 おどけて言うけど、ちっとも笑い話にならない。

「魔法はあなたにもかかってる。だから野獣の姿に?」

「そうだ。この姿では人も寄り付かない。疎まれるくらいならいっそ他人と関わるのをやめた。ところが度々迷い込んでくる人間たちを助けようと手を差し伸べれば、彼らは皆一様に私を「人食い野獣」と罵り、怯え、人々に話をしたのだろう。おかげでこの城には誰も近寄らなくなった」

「じゃあお父さんは久しぶりの迷子?」

「ああ。とても変わっていて、優しい人だな。そなたに…いや、君に、薔薇を一輪どうしても渡したいのだと懇願されたよ」

 ラピスさんは昨夜みたいに私を「君」と呼んで、僅かに口調を変えた。

 というより、戻したんだろう。

 肖像画の王子さまがラピスさんならそうね、やっぱり「そなた」より「君」が合ってるもの。

「薔薇を?」

 私は問い返す。

 お土産はいらない、大丈夫って言ったのに、お父さんたら。

 嬉しくなって頬が緩む。

 すると、大きな手が私の髪をそっと撫でてくれた。

「健気な一人娘にせめてもの土産にしたいと言ってね。彼は私を見ても怯えたりしないし、普通に話をしてくれた。君のことも色々教えてくれたよ。意地悪な継母と姉妹に嫌がらせを受けながらも彼を助け、一生懸命家事をしている働き者だと」

「お父さんの方が働き者よ。それにお人好し」

「ならば君はお父さんに似ているな」

「どうして?」

「こんな姿の私と普通に会話してくれるし、微笑みかけてくれる。さらに私の正体に気付いた」

「でも最初は怯えちゃったわ。ごめんなさい」

「謝ることはない。あの場面では誰でも怯えるだろう。それに怯えてもらわなければならなか…」

「え?」

「あ。いや、いいんだ」

 明らかに「マズイ」って顔をして取り繕い始める。

 今絶対失言ですね?

 ちょっと目を細めてじっとみつめると

「いや、その、あー、うん」

 碧い目がぐるぐる泳いでる。

 この様子だとピンと来ちゃったわ。

「お父さんが何か企んだ?」

 だって私の手元にお父さんが懇願したという白い薔薇は届いていない。

 それにこんなに素直で紳士なラピスさんが悪巧みできるはずないもの。

 知恵を貸したとすればお父さんだけだ。

 私は彼の沈黙を肯定と受け止めた。

「どんなことを企んだのかは分からないけど、あなたが王子様で魔法をかけられてしまったってことはよく分かった。そうすると疑問は一つだわ」

「疑問?」

「あなたの魔法はどうすれば解けるのか、ってこと」

「…」

 ラピスさんの目がパチパチ瞬きをする。


 そうね、ここからが本当の始まり。







 続く


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