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My Sweet Beast  作者: 柚木エレ
本編
11/12

Vol.11 野獣狩り

 森がざわめいていた。

 不穏な揺らめきを見せ、妙な轟音が響き渡る。

 暗い部屋の中、あの薔薇を見つめていた私の耳に微かな足音が聞こえた。

 随分慌てた様子で近付いてくる。

「ラピス様!!野獣狩りです!!」

 滅多に取り乱すことのないヴィスコンティが息を切らして飛び込んできた。

 その言葉に眉を顰める。

「野獣狩り、だと…?」

「はい!先導しているのはあの魔女でございます!!」

 少し遅れてシシリエンヌまでもが駆け込んできた。

 飛びぬけて優秀な執事長と侍女頭の二人を見れば尋常でないことが感じて取れる。

「まさかリリーに何かあったのか?」

「いえ、そこまでは分かりません。ですが」

「このままでは城内に乗り込まれるのも時間の問題です。すぐにでも応戦用意を!」

「分かった。二人はみんなに指示を出してくれ。私もすぐに支度しよう。くれぐれも町の人々の命は奪うな。傷つけるくらいは仕方ないが」

「「はい!!」」

 来た時と同じように二人は部屋を駆け出し、城中に怒涛のような支持が行き渡る。

 一体なぜ突然野獣狩りが始まるのだ。

 しかもあの魔女が乗り出すとは。

 リリー、君は無事なのか…?

 持たせた解毒剤は間違いなく効いたはずだ。

 父親は必ず助けられるだろう。

 だが、油断した。

 あの魔女が二人を見逃すはずはない。

 何か策を講じるべきだったのだ。

 今更気付いても遅い。

ガンッ

 不甲斐ない自分に腹を立ててテーブルを殴りつけても、獣の手に痛みはほとんど走らなかった。

 こんなことをしても仕方ないことは分かっている。

 とにかくあの魔女を迎え撃たなければ。

 魔法の薔薇はまだ咲いている。

 数枚の花びらを残して、かろうじて淡い光を放っている。

 まだだ。

 せめてこの花が散るまでは抗ってみよう。

 リリーはきっと私との約束を信じている。

 彼女を裏切ってはいけない。

 守りきらなければ。

 堅い決意を込めて、ぐっと拳を握り締める。

 静かに閉じたまぶたに浮かんだのは、無邪気に笑うリリーの姿だった。





 ドオンッ ドオンッ

 地響きを伴う轟音が城中を包み込む。

 しかし城内は張り詰めた空気の中に静寂が広がっていた。

 一定の間隔で先の轟音が繰り返される。

 そして、何度目かに扉の木々がちぎれ、木っ端微塵に吹き飛ぶ派手な音が合図になった。

 階下では人々の怒声と悲鳴、激しくものがぶつかり合う音や金属の擦れる音が響く。

 ドクン、と、鼓動がひときわ大きく跳ねる。

 ひたひたと忍び寄る気配と足音に剣を構えた。

 一人、いや、二人か…。

 そっと窓の外に身を隠し、侵入者たちの出方を伺った。

 バタンッ

 無遠慮に勢い良くドアは開け放たれ、二つの気配が部屋に飛び込んできた。

 ちらりと窓越しに見れば、よく見知った姿ともう一つ、若い男の姿がある。

 かつて私に呪いをかけた毒々しい華を纏った魔女と、間違った正義を煽られた男。

 先に声を上げたのは男のほうだった。

「おい野獣!いるなら正々堂々勝負しろ!!リリーを攫った上にたぶらかしやがって!!」

 誰が誰を攫って、たぶらかしたと…?

 百歩譲って前者は仕方ないとしても、たぶらかすとは何と人聞きの悪い。

 しかしあの魔女のことだ。

 ある事ない事吹き込むのは得意だろう。

 口八丁で彼らを丸め込んだに違いない。

「どこの野獣があの子に肩入れしたのかと思えば、ラピス王子だったのねぇ。しかもまだ運良く薔薇も咲いている…まさかあの子に期待したのかしら?あの子に愛されて、魔法が解けるって?馬鹿ねぇ。そんな都合のいい話があるわけないでしょう!?さっさと出てきたらどうなの!!ここでトドメをさしてあげる。早く楽になれるわよ?」

「…馬鹿はお前だ」

「あら、やっぱりここにいたのね。隠れてないで姿を見せたらどう?」

「ひとつだけ聞く。リリーは無事か?」

「今頃泣き叫んでるかもしれないわねぇ」

「何?」

「ここのボウヤも知ってる通り、野獣に洗脳された可哀想なリリーは危険だから閉じ込めてきたわ。誰も助けにこないところに」

「何だと!?」

「だって当然でしょう?邪魔者は全て消さなきゃ」

 邪魔者、だと…!?

「…ふざけるなッ!!」

「あーらこわーい」

 気色悪いほど甲高い猫なで声。

 しかし一気に殺気が高まり辺りを鋭い空気で包み込む。

「ボウヤ、さっさと殺しておしまい!愛しいリリーを奪われた恨みを晴らす絶好のチャンスよ!」

「分かっている!!さあ野獣、来いッ!!そっちから来ないならこっちから行くぞ!!」

 言うが早いかヤツは駆け出し窓をぶち破ってバルコニーへ飛び出した。

 隠れていた私をすぐさま見つけて剣を振り上げてくる。

キィンッ

 剣同士がぶつかる金属音が夜空に響く。

「お前が、お前がリリーをッ!!」

「事情はよく知らぬッ、しかし、真実を自分の目で見極めろ!!」

「うるさいっ!!醜い化け物の癖に、何が真実だ!!」

「あの魔女に騙されているのが分からないのかっ!?」

「嘘を言うな!観念しろッ!!」

「ッ」

 再び襲い来る剣をなぎ払う。

 すると男は軽々と手すりを飛び越え、城の屋根に転がり落ちる。

 低いうめき声を上げて身を捩りながら悶えるのを視界の端に留めると、今度は不意打ちとばかりにひゅっと矢が目の前に飛び交う。

 矢尻が頬を掠めたせいで熱い血が滴り落ちた。

「あら、よけられたの?ふん、いつまでそう上手くいくかしら!?」

「何っ!?」

 次々に鋭い鋒の矢が放たれ、それらを叩き落とすので精一杯になる。

 バルコニーでは狭すぎて身動きが取れず屋根に降りて防戦一方に徹するが、魔女が攻撃の手を緩めるはずもなく、飛び込んでくる矢の数は目に見えて増えてさえいた。

 マズイ。

 このままではいつまでたっても反撃できない。

 絶対に不利だ。

 何か、何か方法を考えなければ。

「ッ」

 間一髪でよけ続けた矢が次第にあちこちを掠り始める。

 次第に追い詰められ、足場も限られてくる。

「さあどうするの?王子様。そのまま谷ぞこへ落ちる?それとも私に殺される?どちらがお好みかしら」

 ケタケタ笑い声を上げて魔女は言った。

 このままではヤツの言う通りだ。

 もう、後がない。

 魔女との距離もどんどん縮まっていく。

「ぐあっ」

 よけきれなくなった矢が手足を貫く。

 一貫の終わりだ、そう、覚悟した時だった。


「ラピスさん!!」

 よく通るソプラノが耳に届いた瞬間、私の体は軽やかに魔女を飛び越していた。

「リリー!!」

 すぐさま駆け寄りバルコニーへ飛び上がると、小さく華奢な体をギュッと抱きしめる。

「無事だったのか…良かった」

「ラピスさん、ごめんなさい。遅くなってしまって」

「いいんだ。こうしてまた会えた。嬉しいよ」

「私も!お城のみんなが町の人を追い払ってくれたの。残っているのはあの二人だけよ」

「そうか。少しの間ここで待っていてくれ。ケリをつけてくる」

「うん。気を付けてね」

 もちろんだ。

 私はしっかりと頷いてみせる。

 そしてもう一度彼らに向き直った。

 見えたのは、悔しげに唇を噛む魔女と、呆然と私たちを見つめる男の姿。

「リリーは戻ったぞ。さてどうする?私はお前たちの命まで奪うつもりはない。大人しく降伏するのなら命は助けてやろう」

 そう告げると、魔女の体は奇妙に震えだし、男は一瞬でギラリとした憎しみを瞳に浮かべた。

「本当に忌々しい…ッ!!どうしても私の邪魔をするって言うんだね!?」

 魔女の激しい憎悪はリリーに向けられていた。

 そして男の視線は私に突き刺さる。

「よくも、よくもリリーを…ッ!!」

 男は素早く剣を構え、真っ直ぐ突進してくる。

 同時に魔女は携えていた短剣を振りかざし、リリーに襲い掛かってくる。

 しかし。

「危ない、ラピスさんッ!!」

「甘いッ!!」

「うわぁっ」

 彼の剣を払いのけ、柄で体を打ち据え鈍い音をさせながら屋根の上を転がす。

 そしてリリーに飛びかかる魔女の体を鞘で払い飛ばした。

「ぎゃぁっ!あ、ああぁーっ」

 踏み潰されたカエルのような声をあげたまま、魔女の体は谷底へ吸い込まれるように落ちていく。

 男は悶絶しながら転げまわっていた。

 当然だ。

 止めの一撃は寸分違わず急所に叩き込んだのだから。

 横目でその姿をみやって、ようやく私は剣を収めた。

 そして再びリリーの隣へ戻る。

 余程心配してくれたのだろう。

 リリーは目を真っ赤にして涙を浮かべていた。

 その上私の手足に刺し傷を見つけると、堪えきれなくなった涙をポロポロ零して、着ていた自分の服の端を破り、それを優しく当ててくれる。

 彼女の優しさが嬉しくて、思い切り抱きしめたい衝動にかられた。

 腕をそっと伸ばす。

 そして、ぐっと、抱きしめようとした。

 けれど。


 ドスッ


「!?」

「ラピスさん…?」

「ッぐわぁっ」

 突如襲われた痛みに衝撃が走り、出鱈目に腕を振り払ってしまう。

「う、うわぁーっ!!」

 遠くで男の悲鳴が聞こえた。

 異様に熱くなるわき腹に触れると、赤い血が流れ出していた。

 体が崩れる。

「ラピスさん!!」

 必死にリリーが支えてくれる。

 それでも、私の体は重く床に倒れ込んだ。

「いや…いやよ、嘘でしょう…、いや、嘘、ラピスさん、ラピスさん!!お願い、目を開けて!ねえ!!」

「リリー…」

「そうよ、私。ここにいるわ!すぐ手当するから、お願い目を開けて!」

 声だけが聞こえた。

 頬に、胸に、温もりを感じる。

 リリー?

 冷たい雫は君の涙か…?

 どうして、泣いている?

 私は嬉しいんだ。

「最後に、君に、会えた…」

「え…?」

「私は…幸せだよ」

「ラピスさん…?」

「君と、過ごせた…君に会え、た…それ、で、じゅう、ぶ、んだ…」

「何、言ってるの?違うよ、最後なんかじゃない!まだだよ、最後なんてまだ全然来ないんだからっ」

「い、いん、だ…ひと、こと…つたえ、た、かった」

「ダメ、ダメよ。お願い、目を開けて。私を見て」

 必死に懇願するリリーの声に、最後の力を振り絞って目を開ける。

 けれど彼女の顔をまともに見ることは叶わない。

 無意識に浮かんだ涙が彼女をぼやけさえていた。

 そして目の端にあの薔薇が映り込む。

 部屋には階下で戦いを終えたヴィスコンティやシシリエンヌたちが勢ぞろいしているらしい。

 すすり泣く声が聞こえる。

 ああ、本当に、残された時間はほんの少しだ。

 伝えなければ。

 最後に。

 この想いを…。

「リリー…愛、し…て、いる…よ…」

 ありがとう、リリー…。


「いやーっ!!!」


 悲痛な叫びが、辺りを包み込んだ。






 続く 

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