夏の楽しみ
じっとしてても汗が出る。
それは冷汗や脂汗ではない、まさしく夏の汗。ヤバイねー。
夏のさらさらとした塩水がじっとしてても体中から吹き出るから困ったもんだ。どうせ同じなら、外で友達と思いっきり遊んだほうがいいに決まってる。(家は貧乏なもんで、クーラーなんて寝るとき以外には点けないんだ)だから俺は午後に親友のダイスケと遊ぶ約束をした。
どんな事をして遊ぶかって?・・・・・・そんなことはまだわからない。遊びに計画なんて、低脳な俺たちには出来ない技術だからな。
ヤバイ、汗が止まんねぇ。ダイスケ、早く来ないかなぁ・・・・・・。
「あの・・・・・・ダイスケですけど・・・・・・」
この気温のせいか、鈍く聞こえるピンポーン。その後に俺が受話器を取って返事をするとダイスケの声。なんだか照れたような喋り方はおそらくここが人の家だからだろう。いくら友達の家とはいえ、ピンポーンを押すとなんだか照れるんだよね。
俺はやっと来たかと胸を弾ませて、
「今行くねー!!」
と答えた。ダイスケはいつもの調子で(照れていない)早くこーイ!!と俺を急かす。
「ダイスケ、外暑い?」
「当たり前だろ!!体が溶けちまうよ」
「ふーん、まぁ後20ッ分位したら外出るわ」
「勘弁してくれーー!!」
「嘘嘘、今行くねー」
体が溶けちまう。ダイスケの言葉は間違っていないかもしれない。外に出ると熱風が一気に俺を包み込んでくる。ダイスケは、もう半分溶けかかっているように見えた。
ダイスケは首の部分の服を引っ張って顔を拭いている。しかしいくら拭いても顔はまったく乾いていない。
俺はそんなダイスケを見ながらマウンテンバイクを引っ張り出し、跨った。
「さて、今日は何して遊ぼうか?」
「俺あちー中うろうろするのは嫌だぜ、どっか建物の中で涼みたい」
「じゃああそこしかないじゃないか」
「だな」
あそこ、とは大きなショッピングセンターのこと、とはいえここは軽い都会だから単に大きいショッピングセンターといえばそこかしこにある。
今いるところ(俺の家)から一番近い所を指しているのだ。(思い出の場所だとか、そういうロマンチックなものは俺らには無いのさ、下品だから)
「そうと決まれば早く行こうぜ、俺そろそろ倒れそう」
ダイスケがいかにも死にそうな顔をして言うので、急いでマウンテンバイクをこぎだした。
チャリをこいでいると、いくらか楽だった。右手ではタクシーやトラックなどの騒音物体がビュンビュン、こいつらが暑さを倍増させているのかと思ってしまうほどうるさい。
また左手にはスーツを着たカッコイイおじさんが、ハンカチで額を拭きながら先を急いでいた。カッコイイといったが、そういうおじさんがいっぱいいるので皆が皆同化してしまい、あまりカッコよく見えない。
後、他に見えるのは周り全体高いビル。何のビルだか分からないから俺とダイスケは、「きっと映画に出てくる悪党のアジトだぜ」なんて勝手に決め付けてたりする。それと、上を見るとモノレールの線路があった。このモノレールは銀色のボディの真ん中に青い線が引いてあった。カッコよく思うかもしれないが、実際はちょっとダサい・・・・・・。
この街は全体影の色をしている。しかし全く涼しくない。寧ろ他の地域より暑いくらいだ。
この矛盾した街に俺やダイスケはよく15年も住んでられたな・・・・・・なんて思っても誰も責めないだろう。逆に仲間が増えるんじゃないか。
「ダイスケー、あちぃ」
なんとなくダイスケに呟いてみる。右隣にいるダイスケは顔を真っ赤にさせて一生懸命にママチャリをこいでいた。真っ赤な顔が少し恐い・・・・・・
「俺もあちぃよ、頼むからその単語は使わないでくれー」
確かにその通りだと思う。暑いというと余計に暑く感じるのは気のせいではなかった。
「ごめん・・・・・まだつかねぇのか」
「その単語もなし!!着かないって思うと腹が立って仕方がねぇや」
やっぱりその通りだと思う。こうも暑いと怒りっぽくて仕方が無い。信号が赤だと俺の心は地獄の炎の色に変わるし、人が多くなって前に進みにくくなると、それはもう・・・・・・いけないちょっと腹が立ってしまった。
「早く行こうぜ」
「おう」
車が少なくなった代わりに、おじさんが多くなった。
数々の試練を乗り越えて、ようやく俺たちは極楽の世界へとたどり着いた。建物全体が光り輝いているように思える。
「はやくおいでー」と優しい声が聞こえてくるような錯覚。もちろん俺もダイスケもそれに逆らわない。
――長かった。暑い長い道のりの中、俺とダイスケは二人で手を取り合い、騒音だの人間ポールだの様々な試練を乗り越えたんだ。ついにその苦労が報われる時がきたんだ。(大袈裟すぎるのも遊びの一貫)
さあダイスケ、ともに中へ入ろう。栄光への世界へ・・・・・・
横を見ると、ダイスケはいなかった。あいつ、友を置き去りに先へ行ったんだ。もう中へ入ろうとしている。
俺は急いで追いかけた。
入り口の自動ドアが開く。
いったいこれはどういうことだろう。まるでこの世の風とは思えないような風が俺らを包む。
ひんやりと優しい風、ここは本当に地球なのか・・・・・・
「ダイスケ、ここきてよかったな」
「おう、最高だよ」
俺とダイスケはしばらく自動ドアの前に突っ立っていた。
さて、俺たちの年代がショッピングセンターですることは大抵限られている。ひとつはゲームコーナーで新しいゲームを指くわえて眺めてる。そしてもう一つは・・・・・・
「あの子、どう思う?」
「おれびみょー」
「結構いいと思うけどな」
ダイスケと俺はゲームコーナーの脇のベンチに座り、前を通り過ぎる人たちをこっそりと眺めていた。
(どんな人たちかは書かないでおこう)
腕を組む人、大きな鞄に逆にせおられているような髪の長い人。その人たちを見て、俺たちは勝手に評価するのだった。
「あんな奴より絶対俺のほうがいいって」
「あはは・・・・・・」
「お前もそう思うだろ?」
「うーんどうだろうな?」
先に話し始めるのは、大抵ダイスケのほうからだ。それはきっと、俺の性格が小心者で、ダイスケが限りなく大胆者だからだろう。だから俺はただダイスケの言葉を聞いているだけ・・・・・・。
ダイスケはやっぱり、そんなことなど気にしないでしゃべり続ける。
「俺、あの人にコクっちゃおうかなぁ」 「あっち人ならたこ焼き3つは奢ってあげられる」 「こっち向いてくんねぇかなぁ」・・・・・・。
俺やっぱり適当に相槌を打つだけ。さっきまでいろいろと書いてきたが・・・・・・やっぱりこれだけは苦手だな。第一知らない人に、よくもまあこう色んなことをダイスケは言えるものだ。感心しちまうよ・・・・・・。
俺、だんだん置いていかれるような気がする。ダイスケに、十何年って一緒にいた親友のダイスケに・・・・・・。
正直ダイスケがものすごく速いスピードで成長していくような気がするんだ。俺はただそれを眺めているだけ。
明日、ダイスケが大人になっていたらどうしよう、髭をカッコよく生やして、俺を見下したら・・・・・・。
俺、ダイスケに見捨てられたらどうすりゃいいんだ?
――俺、なに考えてるんだろ・・・・・・
友達と楽しく遊んでるってのに、馬鹿馬鹿しい。
「なぁ、そろそろ帰ろうぜ」
俺の頭の中にいきなりダイスケの声が入ってきた。本当にいきなりだった、どうやら自分の世界に入っていたみたいだ。
「もう評価はいいの?」
「おう!!・・・・・・なんだか詰まんなくなってさ、他人のあっつあつなところ眺めてたって、全く面白くない」
意外だった。ダイスケの口からこのような言葉が出てくるなんて。ダイスケは今まで彼女なんていたことが無い。(俺もだけど)だからうらやましいうらやましい連呼して、いつも俺を道ずれに観察する。決して「つまらない」なんて言葉は言わなかったのに。
今日はいったいどうしたんだろう、脳みそが溶けちゃったのかな?
「ダイスケがそんなこと言うなんて、なんかあった?」
「おい!!それどういう意味だよ!!俺はただ単にお前と一緒に外で本物の『暑さ』を体感してたい、そう思っただけだ」
「あつさ」に本物なんてあるのかどうかは別として、正直に嬉しかった。言葉を飾る必要なんて無い、嬉しかった。
俺とダイスケはゆっくりと立ち上がり、灼熱のドアへと向かっていった。