挨拶は『離婚』、朝食は『妻の罵声』
またしても、昭夫が、拍子抜けさせられる出来事が起きた。桂子が、やっぱり転院を止めると言うのだ。
桂子は言った。「昭夫さんが転院を勧めるから、仕方なく決めたけど、仕事がやっと決まったじゃない。新しい仕事をするのに、同じタイミングで転院もするのは不安だらけよ。とにかく、今、転院するのは、私にとってすごくキツいのよ。」
まぁ、確かに、その言い分もわからないではない。
わかったよと言ったら、桂子が、「じゃあ、昭夫さん、今のお医者様に電話してくれない?転院を止めたいんだけど、いいですか?って聞いてほしいの。」
どうして、そんなことを俺が、自分が言いにくいことは、俺が何でも代わりに言ってくれると思ったら、大間違いだ。と、桂子に言ったら、いつものお決まりの返事が返ってきた。
「昭夫さんが電話してくれないなら、離婚する」
またか。。ここのところ、こんなやりとりの繰り返しだった。
昭夫は、夫婦が、『離婚』という言葉を口にしたら、もうおしまいだという信念を持っていた。
それが、いとも簡単に『離婚』を連発しては後になって「仲直りしましょう」と、ころころと気が変わる。『離婚』という切札を平気で使い回す桂子に、ほとほと呆れ果て、半分諦めかけてもいたけれど、これでは、なんでも桂子の言いなりではないか。
俺は、とうとう、自分の信念に従うことを放棄した。
「わかった。じゃあ、離婚しよう。それで、お前はどこに行くの?住む所はあるのか?」
桂子はしばらく考えていた。きっと、いつものように何事もなかったように、猫なで声を出して許しを請うのだろう。
しかしながら、この時の桂子からは、予想外の答えが返ってきた。
「いいわよ。離婚する。私は、優先的に公団に住めるのよ。しばらくそれでやってみる。お金が底をついたら、それはその時に考えるわ」
俺は、負けじと言い返した。
「お前に賃貸契約はできないぞ。誰が保証人になってくれるんだ?保証会社の審査も通らないぞ。」
桂子は、泣きべそをかきながらも、今度は、喚き散らす。
「だから、最初から言ってるけど!この度の転院の件は、昭夫さんからの提案だったでしょう?私は、そんな気はまるでなかったの!だけど、昭夫さんのせいでこんなことになっちゃってー!私は、アタマにきてるんですからね!
転院やっぱり止めたいなんて言いにくいのよ!それ、わかるでしょう?……あぁ、私、一体、どうしたらいいのー!?」と、泣き叫ぶ。
こうなったら最後、この先、桂子は、自分で正論だと思い込んでいる酷い言葉をぶつけてくるだろう。いつもそれは延々と続く。
「ここまでだな」と、俺は諦めて、電話の受話器を取った。
転院しないならしないでもういい。桂子の好きなようにすればいい。
機嫌よくいてくれるのが一番ありがたい。
「もう、やぶれかぶれだ。」昭夫は、電話で用件を伝え、受話器を下ろすと、外の空気を吸いたくなってきた。
いつものスーパーへ、買い物に出ると、レジの店員さんから言われた。
「お客さん、少し、痩せられましたか。なんだか、全体的に、小さくなって見えますよ。ダイエットされているんですか」
俺は、家に帰って、体重計に乗ってみる。
「うわっ、3kgも減ってる」そういえば、最近、3食ちゃんと食べない日もあったな。それでか。
昭夫は、誰から見ても、涙を誘うほど気の毒なご亭主だ。




