春はもうすぐ、明るい兆し
桂子は、せっかく決まった仕事をまたしても二日で辞めた。研修の二日間だけで退職。これでは、また「研修手当をせしめただけの給料泥棒」と言われても仕方のない去り際だ。
桂子はきまり悪そうに切り出した。
「昭夫さん、ごめんなさい。初日はね、快調だったの。今度こそ最後まで続けられると思った。だけど、また突然、あの病気の妙な副作用が出て……ほら、あの樋口先生がYouTubeで仰っていた通りの症状が出たのよ。不安で不安で、仕事どころではなくなってしまったの」
樋口先生というのは、最近YouTubeで人気の、千葉大医学部卒の精神科医だ。
(俺がいつか、あの動画を桂子に見せたんだったか。やめときゃよかったな)
昭夫は後悔したが、もう後の祭りだ。桂子の説明によれば、先生が解説していた「リチウム中毒」の危険性が、自分に当てはまっていると思い込んだらしい。
「昭夫さん、本当にごめんなさい。がっかりさせたわね。私、やっぱりあの国立病院に転院して、しっかり診てもらいたい。検査を受けて、自分の病気の正体が何なのか、今はどういう状態なのか、ちゃんと知って向き合いたいの。病気と闘うわ」
「そうか。桂子の体が一番だ。お前が健康でいてくれることが、俺にとっては一番なんだよ。よく決心してくれたな。ありがとう」
言ってみて、我ながら驚いた。まさか自分が、こんな殊勝な台詞を吐く日が来るとは思ってもみなかった。
「昭夫さん、ありがとう……! いつも苦労ばかりかけてごめんなさい。私、本当に反省したわ。心から感謝してる。……感謝しなきゃいけないわね」
桂子の目に、珍しく涙が浮かんでいた。昭夫は少し照れくさくなり、視線を外した。
(さて、この涙と感謝がいつまで続くことやら。一応、覚悟だけはしておこう)
だが、転院先なら桂子の病気を徹底的に調べてくれるはずだ。それだけでも大きな進歩と言える。
「まずは一歩前進、か」
春はもうすぐ。あと少しで桜も開花するだろう。
久しぶりに、桂子を花見にでも連れて行ってやるか。




