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迷い込んだ捨て猫

昭夫は、絵に描いたようなエリート街道を歩んできた。国立大学の工学部を首席に近い成績で卒業し、一流企業のエンジニアとして、その明晰な頭脳をシステム構築に捧げてきた。彼にとってコードは裏切らない唯一の友であり、徹夜の連続さえも、自らの有能さを証明する勲章に過ぎなかった。


しかし、ふと気がつくと40代半ば。鏡の中にいたのは、システムには精通していても、人の心の機微には疎い、独り身の男だった。




同僚から紹介されたのは、10歳下の再婚女性、桂子だった。


初対面の日、彼女は消え入りそうな声で、自らの欠陥を告白した。


「私……うまく人と喋れないんです。どうしていいか、分からなくて……」


その湿り気を帯びた瞳は、冷たい雨の中で震える捨て猫そのものだった。


昭夫は、かつて仕事に没頭するあまり、自分を支えてくれた母に冷たく当たった過去を、彼女の姿に重ねた。


(この女を守らなければ、彼女は飢え死にしてしまう。これは、俺に与えられた贖罪のチャンスなのだ)


そう確信したのが、悲劇の始まりだった。




彼女は決して美人ではない。再婚だというのに料理も裁縫も苦手だという。それでも、昭夫は彼女を見捨てることができなかった。飼い主に捨てられ傷付いた野良猫のように見えた。自分が守ってやらなければこの野良猫は飢え死にしてしまうだろう。昭夫は、暖かい家庭で育ち生来優しい性格だった。


やがてその女、桂子と結婚生活を始めたが、また昭夫が驚いたことに、桂子は精神を患っていて通院していた。いつも情緒不安定で昭夫は悩まされていた。どうしてなのか何が気に入らないのかわからないが、すぐに喧嘩を売ってくる。


穏やかな家庭で育った昭夫にとって、愛する者の機嫌を伺い、怯えながら暮らす日々は、未知の地獄だった。それでも彼は耐えた。


「自分さえ我慢すれば、この家は壊れない」


その思い込みが、彼の精神を少しずつ摩耗させていった。





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