再起
夕方。
母親が帰ってきた。
玄関の音。
カバンを置く音。
「ただいま……」
疲れた声。
リビングへ向かう足音。
「……みずき?」
ドアが開く。
母親の顔が、覗く。
「……おかえり」
少女の声で、答える。
母親は一瞬、固まる。
「……今日は……どうだった?」
慎重に、言葉を選んでいる。
「……大丈夫」
俺は、ゆっくり起き上がる。
「……ちょっと、話したいことがある」
母親の目が、わずかに見開く。
「……え……」
「……学校のこと」
一瞬の沈黙。
母親の顔に、恐怖と期待が混じった表情が浮かぶ。
「……変な気、起こさないでって……言ったよね」
「……うん」
俺は、頷く。
「もう、変な気は起こさない」
ゆっくり、言葉を紡ぐ。
「……俺……いや、私」
少女の身体で、初めて「私」と言ってみる。
違和感が、ない。
「……もう、死にたくない」
母親の目が、潤む。
「……みずき……」
「……だから」
俺は、深く息を吸う。
「……学校、行ってみる」
母親の肩が、震える。
「……本当に……?」
「……うん」
「……無理しなくていいよ」
母親の声が、震えている。
「……でも、行きたい」
胸の奥で、もうひとりの鼓動が、強く、応えた。
――……行ける?
微かな声。
俺は、頷くように、胸に手を当てる。
「……行けるよ」
「……一緒に、行こう」
母親が、そっと手を握ってくる。
温かい。
細い指と、母親の指が絡まる。
「……ありがとう……」
母親の涙が、ぽたりと落ちる。
「……生きててくれて……本当に……」
俺も、涙を堪えきれなかった。
少女の身体で。
でも、今はそれでいい。
◆
翌朝。
制服を着る。
鏡を見る。
黒髪の少女。
眠たげな目。
でも、今日は少し違う。
「……行こうか」
呟く。
胸の奥で、鼓動が重なる。
二つの鼓動が。
一つになって。
ドアを開ける。
外の空気。
冷たい。
でも、息がしやすい。
学校へ向かう道。
見知らぬ景色。
でも、ぼんやりと重なる地図。
この身体の記憶。
俺の記憶。
小さく笑う。
「……まだ、終わってないんだから」
胸の奥で。
もうひとりの声が、微かに囁いた。
――……一緒に。
「……ああ」
私は、歩き出す。
スカートの裾が、軽く揺れる。
細い足が、地面を踏む。
心臓が、強く鳴る。
二つの鼓動が。
完全に、重なった。




