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告白

作者: 蒼開襟

 ゆっくりと白い煙が細長い煙突からゆらゆら上がり空の中へと溶け込んでいる。

 わたくしは少し先にある墓地を見下ろしていました。

 今こうして空に溶け、きっと見下ろしているであろうあなたの心はどこにあるのだろうと。



 ある晴れた午後。

 館はあなたの結婚式で浮かれていました。皆の顔には微笑が絶えず、わたくしは花束を抱えて小間使いたちに迎えられたのでした。

 喜びに溢れるなかに、わたくしなどまぎれ込んでしまえば、白も黒にしてやれると思い込んでいたのかもしれません。

 ホールでグラスをもらい酒を少し口に含みました。

 これからどうやって、あなたの背中に刃をつき立ててやろうかと思うと気持ちばかり逸るのですが、グラスを持つ手が震えているのです。武者震いでしょうか。

 ですが、あなたの結婚式が始まってしまってわたくしは、何もできずにじっと微笑んだまま拍手を送るのでした。

 ああ、何をしにきたのでしょうか。あなたと目があったとき、やっぱり美しいなと思ったのです。



 結婚式が済んで帰路につきました。

 なんとまあ無様なことでしょう。わたくしは幸せな姿を目に焼き付けただけでした。計画も長い時間かけて考えたのに何の役にも立ちませんでした。

 それから何年かわたくしはそんなくだらないことを抱えたまま、一人仕事ばかりしていました。

 ある日、顔なじみの客が懐かしい顔を連れてわたくしの前にやってきました。

 小さな幼子を抱いたあなたが隣に立って微笑んでいるのです。わたくしの胸は一気に早鐘を打ちました。あの日結婚式で見たあなたと何のかわりもなく、いえ、それ以上になんと美しいでしょうか……腕の中の笑顔に優しく声をかけてはわたくしを懐かしく見ます。

 他愛のない会話、きっとあなたはそんな風だったでしょうが、わたくしにはもう天にも昇る気持ちで至福の時です。永遠に続けば良いとまで思っていました。



 小さな幼子はあなたの宝物で、夫婦ともに仲良くしている。結婚式には来てくれて本当に嬉しかったと。

 お前には手に入らないものだよ、といわれているような言葉でも、わたくしは幸せで微笑みすぎて顔が痛いほどでした。

 ほどなく用を済ませた顔なじみの客はあなたを連れて帰ってゆきました。

 ぽつんとその場に残されたわたくしは、なんだかぽっかり穴が開いたようで、しばらく動けずにいたのです。



 あの日と同じ、突然そんな気分がしました。

 あなたを永遠にわたくしのものにしてやろう、そんな真っ黒な欲望です。どうしたらあなたをわたくしのものにできるか試行錯誤しました。

 結婚式で考えたようにナイフをつきたてようか?それともあの幼子を奪って、あなたをわたくしのものにしてしまおうか?

 どれもくだらなくありきたりで成功するとは思えない考えでした。

 そんな思いを抱えながら、一人また仕事をしているとリンと電話が鳴りました。

 電話の相手はあなたでした。美しい声が受話器の向こうから聞こえて、わたくしの体は少し浮かぶほどでした。

 あなたはめずらしく落ち込んでいる様子で、わたくしを家へと誘いました。

 わたくしは二つ返事で、あなたはきっと笑っていたことでしょう。



 あなたの家は以前足を伸ばした結婚式場の館でした。

 美しい森が近く小鳥が歌っています。あなたの住む場所にはぴったりです。

 わたくしはあなたに会えると浮き足だっていました。片手にはあなたが好きなお菓子を持って、あなたの住む家のチャイムを鳴らします。

 少しして家に通されたわたくしは昔と変わらずに綺麗にされた部屋を眺めながら、あなたを待ちました。もうすぐあなたが現れるとずっとドキドキしていたのです。



 そして柔らかい毛布にくるんだ幼子を抱いたあなたが現れたとき、わたくしは固まって動けませんでした。

 きっと綺麗に整えられていたはずの髪は乱れ、真っ赤な目をしてわたくしの前に立っています。

 あなたはただ涙をこぼし、どうしよう……ああ、どうしてと繰り返します。

 わたくしはあなたの腕に抱かれた幼子の顔を見ようと毛布をはがしました。真っ白な顔は眠るようで少し青白い気もしました。

 わたくしはあなたからそれを受け取り、あなたを落ち着かせるために背中を撫でました。

 あなたはパニックを起こしたように悲鳴を上げ、泣き崩れました。わたくしには何もすることができなかったのです。



 時間がどれくらい経ったのかわたくしにはわかりません。

 制服を着た警察官がわたくしに事のあらましを聞いているのですが、わたくしにはわかりませんでした。あなたは壁際の椅子に座らされ真っ青な顔をして、ただ震えています。

 警察官が言うのは幼子は死んでいた。窒息死だったと。わたくしはそうですかと言い、その言葉で不思議とわたくしの罪になったようです。



 わたくしが警察官に連れられていこうとしたとき、あなたは錯乱したようにわたくしの腕をつかんで

 違います、違いますと叫びました。けれどあなたのお母様はあなたの言葉を信じず、わたくしから引き離しました。



 拘置所というものは冷たいもので一人ぽつりとしていました。その夜、わたくしは床に寝そべっていたところを起こされました。罪が晴れたらしく釈放されるようです。よくわからずもフラフラと歩き出し家路につきました。



 翌朝早い時間にあの日あなたを連れてきた顔なじみの客がやってきました。

 死んだよ、あの子と聞こえて、わたくしは二度おなじことを聞きなおしましたが答は同じでした。

 わたくしは急いであなたの家へ向かいました。まだ嫌疑の晴れない身でありながらも嘘であると信じたかったのです。息を切らしてあなたの家にたどり着くと、あなたの家族がわたくしに気付いてくれました。足早にそこへ向かうと、お母様は膝をつき、わたくしに謝罪をしました。そしてあなたが書いた遺書を渡されたのです。



 二階建ての屋根からあなたは飛んだそうです。ご家族が見守るなか、幼子を抱いて。ただ、ごめんなさいと繰り返していたと。




 細くなった白い煙は空に溶け、夕闇が向うからやってきていました。

 わたくしは丘の上から墓地を見下ろしていました。

 手にはあなたの遺書を持って。



 ああ、私は間違いをおかした。泣き止まないあの子に困って

 でも笑わせようとして何度も毛布を強く押し付けてしまった。

 私はふと静かになったのを感じて、なんだかほっとしてしまって

 きっと長い時間強く抑え続けてしまった。

 抱き上げてゆすっても、名前を呼んでもあの子は動かなかった。

 嘘じゃないかと思っても動かなくて、あの人が遊びにきたことを思い出して

 すがりついてしまった。

 怖くて怖くて怖くて、あの人は私を大事にしてくれていると一瞬魔が差して

 警察に連れていかれたあの人助けられなかった。

 私が悪い、私が悪いのです。ごめんなさい。




 何度読んでもあなたの心はわたくしにはありません。

 本当はどんな形でもわたくしは、あなたの思いがわたくしに向かえばそれでいいと思っていたのです。

 憎まれても恨まれても、だからわたくしがあの子を奪ったのだと思ってくれてもよかったのです。

 わたくしはポケットからライターを出すと遺書に火をつけました。燃えてゆく紙のところどころには涙のあとが見えました。



 わたくしが望んだのはこのような結末ではなかったのです。けっして。

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