月の鏡
リリィは深い森の中を歩いていた。高い木々が空を覆い、日差しはほとんど届かない。薄暗いその森は、誰も近づかないと言われていた。でも、リリィにはどうしても見つけたかったものがあった。
「月の鏡」
それは伝説の遺物で、月の光を反射して持ち主の心の中に隠された真実を映し出すという。何年も探し続けたが、まだその鏡は見つかっていなかった。
今日こそは、とリリィは決意して、さらに奥へ進んだ。森の中には、常に不安を感じさせる気配が漂っている。奇妙な声や、ふとした瞬間に感じる視線。それでもリリィは歩みを止めなかった。彼女には大切な使命があったからだ。
「月の鏡さえあれば、あの人を救える」
彼女が心の中で呟くと、突然、足元の草むらが揺れ、低い声が聞こえた。
「お前の求めるものは、すでに手に入らない」
リリィは驚いて振り返ると、そこには黒いフードをかぶった影が立っていた。顔は見えなかったが、その声はどこか懐かしい響きがあった。
「誰なの?」
「その鏡を手に入れても、何も変わらない。お前はその鏡の力に呑まれるだけだ」
「私が呑まれる?」
リリィは眉をひそめた。
「それでも、私は手に入れる。あの人が助かるなら、何でもする」
「助けを求めているのは彼ではない。何もかもが繋がっている。鏡は、お前の心を映すだけだ。結局、お前が何を求め、何を選ぶのかが試されることになる」
その言葉に、リリィは少し戸惑った。だが、彼女はその影の言葉に耳を貸すわけにはいかなかった。彼女が目指すのは、ただ一つの目的――あの人を救うこと。
「もういい、行くわ」
リリィは一歩踏み出すと、その影は何も言わずに消えた。
そして、さらに進んだ先で、ついにリリィはその場所に辿り着いた。古びた石の神殿が、月の光を浴びて静かに輝いている。その中央には、銀色に輝く鏡が置かれていた。
鏡の前に立ったリリィは、深呼吸をしてその鏡をじっと見つめた。
一瞬の静寂の後、鏡の中に映ったのは、彼女の顔ではなく、別の姿だった。そこには、傷だらけで倒れている青年の姿が映っていた。それは、リリィがずっと愛していた彼、アルフだった。
その顔は、かつて見たことのないほど疲れ果てていた。リリィは震える手で鏡に触れようとしたが、その瞬間、鏡が不意に光り輝いた。
「真実を知りたいか?」
鏡から声が響いた。リリィは思わず手を止めた。
「はい」
鏡の中で、アルフがゆっくりと目を開けた。彼の目は、リリィを見つめていたが、そこにあるのは、助けを求める瞳ではなく、もう絶望に沈んだ目だった。
「アルフ……?」
その瞬間、鏡の中のアルフが言った。
「リリィ……俺はもう戻れない。君が見ているのは、過去の俺だ」
リリィの心は締め付けられるような痛みで満たされた。彼女が救いたい者はもういないのか。今、目の前にいるのは、現在の彼ではなく、時間を超えて動き続ける運命の一部に過ぎなかった。
「でも、私は……」
「君が求めるものを手に入れれば、君自身もまた変わってしまう。選ばなければならないのは、俺ではなく君だ」
リリィは目を閉じ、静かに鏡から手を引いた。彼女は深く息を吸い込んだ。
「私は、私の道を行く。もう過去は振り返らない」
そう言うと、リリィは背を向け、神殿を後にした。月の光が彼女の背中を照らして、森の中へと消えていった。
その後、月の鏡は再び誰の目にも触れず、ただ静かに眠り続けた。




