8.沈黙の中の答え
その晩、澪は久しぶりに遼の携帯番号を呼び出してみた。繋がらないとは分かっていた。でも、どこかで彼が出てくれる気がしていた。
「……やっぱり、だめか」
無音の応答。耳元に残るのは、冷たい沈黙だけ。
それでも、澪は電話を切らなかった。たとえ届かなくても、伝えたい言葉があった。
「遼、ねぇ……勝手に終わらせないでって言ったでしょ? あたし……まだ全部受け止めてないよ」
その言葉は、暗い部屋に溶けていった。
翌日、澪は大学を休み、もう一度図書館で遼の痕跡を探し始めた。地方紙、SNS、ブログ……何か彼の消息を示すヒントはないかと必死になって。
そのとき、偶然目にしたひとつの投稿に目が止まった。
「都内のホスピスでボランティアをしていた青年が突然姿を消した。彼は患者の心に寄り添う存在だった——“篠原R”」
澪は震える手でその記事を拡大した。そこには、遼らしき後ろ姿の写真が添えられていた。白衣を羽織り、患者の手を握る姿。
——病人としてではない。彼は、自分より弱い誰かのそばにいたのだ。
「どうして……そんな姿を、誰にも見せてくれなかったの……」
彼はただ、守りたかったのかもしれない。澪を、嘘で汚された自分の過去から。あるいは、残り少ない時間の重さから。
澪は記事に載っていたホスピスの名を頼りに、そこへ向かう決意をした。
その施設は、都心から少し離れた静かな丘の上にあった。白い建物。柔らかい風。季節の花が咲き揃い、まるで時間がゆっくりと流れているようだった。
受付で遼の名を出すと、職員は少し驚いた顔を見せたが、やがて頷いた。
「彼のことを知っているんですね。彼は……とても優しい人でしたよ」
「いました、なんですね……もう、いないんですか?」
その問いに、職員は静かに答えた。
「2週間ほど前に、急に姿を消されたんです。誰にも何も言わずに。私たちも驚いていて……でも、彼は、ある患者さんにこう言っていたそうです。“そろそろ、自分の物語にけじめをつけに行く”と。」
——けじめ。
それは、澪のもとを訪れて、すべてを伝えることだったのか。それとも——
職員が、彼が最後に座っていたという庭のベンチを教えてくれた。そこには、小さなノートが置かれていた。
中には短い言葉が綴られていた。
> 誰かの痛みを、全部抱えることはできない。
でも、誰かの痛みを、“わかりたい”と思うことはできる。
澪へ。
君の痛みを、わかりたかった。