表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

6.閉ざされた声

潮風が冷たくなり始めた頃、澪は防波堤に腰を下ろしたまま、動けずにいた。空はもう星を隠し始めているというのに、心だけがあの夕暮れに取り残されたままだった。


「遼……」


彼の名前を呼んでも、答える声はない。聞こえてくるのは波の音だけ。カーディガンを抱きしめると、そこにわずかに残るぬくもりが、余計に切なかった。


帰りの電車はもうない。だが今夜だけは、この海と彼の痕跡に包まれていたかった。


それでも澪の中には、まだ確かな疑問があった。


——なぜ彼は、こんなにも丁寧に痕跡を残すのか。


まるで宝探しのように。一つ一つ、澪が過去を辿るように仕向けながら、けれど決して姿は現さない。


その矛盾が、澪の心を締めつける。


翌朝。小さなバスに乗って、澪は町を離れた。もう遼がここにいるとは思えなかった。それでも、この場所でひと晩過ごしたことで、何かが変わった気がした。


——受け止めるって、約束したじゃない。


その言葉を胸に繰り返す。


数日後、澪は大学の図書室で、ふとある新聞記事を見つけた。2ヶ月ほど前の地方紙。小さなベタ記事の片隅に、見覚えのある名前。


「篠原遼さん、都内の病院にて休養中。公的には詳細非公開。」


目が霞んだ。休養。病院。詳細非公開。


まさか——そういうことだったのか。


遼は何かの病気を抱えていた。それを、自分には隠していた。だから、「隣にいる資格がない」と、あの日の手紙に書いたのだ。


でも、どうして打ち明けてくれなかったの?


その夜、澪はすべての手紙とメモを広げ、机に並べた。繋がりのなかった言葉たちが、一本の線を描き始める。


「ちゃんと話すよ」「隠し事なしで」「まだ言えてないことがある」


彼は——自分の病を、最後の最後まで、言えなかった。


声に出してしまえば、現実になるから。きっとそれを恐れたのだ。


けれどそれでも、彼は澪に会いたかった。だから、言葉を遺した。痕跡を残した。


それは、届くかもわからない、たったひとつの祈り。


——声を閉ざしながら、彼は澪を探し続けていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ