2.開かれぬ手紙
封筒を手に取った澪は、胸の奥にひりつくような痛みを感じていた。三ヶ月もの間、音信不通だった彼からの手紙——なのに、封を切る勇気がどうしても湧かない。
彼はどうして、こんな形で手紙を残したのだろう。会って、話すこともせずに。
「……本当にこれで最後だったら?」
自分に問いかけても答えは出ない。封筒の中身を知ってしまったら、もう彼を待つ理由がなくなる。会えるかもしれないという微かな希望すら、消えてしまうかもしれない。
澪は手紙を再び鞄の中にしまった。アイスコーヒーは、もうぬるくなっている。ふと、カウンター越しにマスターの視線を感じた。
「いつもの席、空けときますよ。」
マスターの言葉は、それだけだった。でも、それが澪の心を少しだけ軽くした。誰かが覚えていてくれること。それは小さな救いだった。
帰り道、商店街のアーケードを抜けた先に、小さな書店がある。澪はそこにふらりと立ち寄った。彼がよく立ち読みしていたミステリー小説の棚。いつもなら素通りする場所なのに、今日はなぜか足が止まった。
そのとき——ふと、背中に気配を感じた。振り返ると、ドアが閉まっただけで、誰の姿もない。ただ、棚の片隅に一冊だけ抜かれた本の隙間。その奥に、折り畳まれた紙片が挟まっていた。
迷いながらも手に取ると、そこにも同じ筆跡でこう書かれていた。
「まだ、言えていないことがある。」
澪の心臓が高鳴った。これは偶然ではない。確かに、彼——遼が、何かを伝えようとしている。
封筒、そしてこのメモ。彼はどこかで、自分を見ている? それとも、偶然の積み重ねなのだろうか。
帰宅した澪は、誰もいない部屋でそっと手紙を机の上に置いた。手を伸ばすたび、指先が震える。
夜の帳が下りる頃、澪はまだ、その手紙に触れられずにいた。