1.硝子の午後
どこかおかしい所が何個かありそうなので先に謝っときます。
午後三時、駅前の喫茶店「ルフラン」に、西日が差し込む頃、古びた柱時計がゆっくりと一つ、音を鳴らした。店内にはクラシックが小さく流れていて、空気は穏やかに波打つようだった。
窓際の席に、高梨澪はひとり、アイスコーヒーの氷をカランと鳴らしながら座っていた。白いブラウスの袖をたくし上げ、視線は入口のドアへと向けられている。
「……今日も来ないんだね。」
小さく呟いた声は、誰に届くこともなく溶けた。三ヶ月前、あの春の終わりの日。澪の隣にいつも座っていた彼——篠原遼は、ふいに姿を消した。
「今度、ちゃんと話すよ。すべてを。」
そう言い残して、翌週にはもう現れなかった。理由も、連絡もなく。ただ、その言葉だけが澪の中に残っていた。
以来、毎週金曜の午後三時。澪は同じ席に通い続けている。それが自分にできる唯一の“待つ”という行為だった。
机の下には、あの日、彼が最後にくれた封筒がある。白く、少しだけ折れた角。澪はまだ、それを開けることができないでいた。もし読んでしまったら、本当に終わってしまうような気がして。
「もう……終わってるのかもしれないけど。」
氷の溶ける音が、胸の奥に響いた。店の奥でマスターがカップを磨く音が聞こえる。いつもの、静かな金曜の午後。
ふと、澪は気配を感じて顔を上げた。誰かがドアを開け、店内に入ってきた気がしたのだ。でもそれは見知らぬ中年の夫婦で、彼の姿ではなかった。
視線を落とした瞬間、対面の席に、何かが置かれていることに気づく。彼がいつも座っていた、あの場所に。
小さな、クリーム色の封筒。書かれているのは、見覚えのある字。
——澪へ。
震える手で澪はその封筒を取った。ドアの音は鳴っていない。誰がいつ、ここにそれを置いたのかさえ、わからない。
けれど確かに、それは彼の字だった。
初めての小説なので優しくしてください