ピカソとかガウディとかダリとか。あ、それとセルバンテス
スピードをあげて山中を行く。
ルエルはある程度回復したのか、自分の足で歩いてくれている。
「なあ、お萌」
おれは銀髪美少女が見えなくなったのを確かめてから言った。
「さっき、あの子のこと、甲賀がどうとか言ってたよね?」
「はい。白い忍び装束は甲賀の証し。おそらくあの者は甲賀異人衆の一人です」
「なにそれ?」
「ハンスは甲賀忍者のことはご存じですか?」
「もうハンスはいいから!」
「気に入ったもので」
「……話を進めよっか。甲賀忍者は伊賀忍者の商売敵だよね?」
「そうです。豊臣家を主とあおぐ忍者集団です」
「豊臣かあ」
だからおれたちを待ち伏せしていた……わけでもなかったよな。
おれが徳川家康だということは知らなかったみたいだし。なんであそこにいたんだろう?
「甲賀の里も古くからあるのですが、私たちとは違ってくノ一を使うことはありませんでした」
「ふむ。それで?」
「しかしある時、秀吉公がおっしゃったそうです。男ばかりだとつまらぬから、女忍者も作れ、と。若くて見た目も良くて忍者に見えない忍者がいい、と」
「秀吉さんが言いそうなことだね」
豊臣秀吉が女好きで派手好きだったことは知っていた。
純金の茶室を作ったり千人以上の茶会や花見を開いたりしたはずだ。
奈良の大仏に匹敵する大仏も作った。
また、京の都を壁でぐるりと囲うプロジェクトも手がけた。
常識外れというか常識破りというか、とにかくスケールの大きな人だったらしい。
あと、部下である武将たちの奥さんを寝床に誘ったりとか。
でもこちらはスケールとは関係がない。
美少女ノ一集団というのも秀吉らしい発想と言って言えなくもない。
「どうせなら」とメンバーを外国人で固めたのだろう。
でも、どうやって? 海外から招いたってこと?
おれがその疑問を口にすると、ルエルが言った。
「売られてきたに決まっている!」
「ん?」
「私がそうだった!」
ルエルはいつもの口調でそんな衝撃的なことを言った。
「ちょっと待って。ルエルって、そんな過去を持ってたの?」
それは重くないか。
しかし、おれはルエルのような外国人がなぜ徳川家に魔道士として仕えているのかを考えたことがなかった。
いきなり召喚されたり、徳川家康がこれまで199人もいたという事実があまりにインパクトがあり過ぎたからだ。「なんでもありの世界」だから、ルエルという存在も違和感なく受け入れてしまっていたようだ。
「どうした、イエヤス。驚いたのか?」
「そりゃ驚くよね? でもまあ、なんというか……」
「憐れむ必要はないぞ、イエヤス。私は日本に売られてきて良かったと思っている!」
「どうしてだよ」
「向こうにいても火あぶりにされるだけだからな!」
また大袈裟なことを言い出したぞ、こいつは。
「ルエルはどこの国の生まれなんだ?」
「スペインだ!」
「お。いいところじゃん」
「どこがだ!」
ルエルは吐き捨てるように言う。
「ルエル。お前は知らないだろうけどな、スペインはこの先、世界的な天才を何人も生み出すんだぜ。パブロ・ピカソとかガウディとかダリとか。あ、それとセルバンテス」
「知らんわ!」
「おれ、スペインに行ったことあるんだよ」
「な、なに⁉︎」
ルエルがのけぞりながら目を剝く。
「い、いつだ?」
「高校一年……えーと、十六歳の時だな。家族旅行で」
その時はバルセロナに滞在した。サグラダ・ファミリアのある街だ。
「か、家族で? 日本人のお前たちがか? ぶぶぶじだったか?」
「なに言ってんだ? スペインってそんなに治安の」
と、そこでようやく気付く。
ルエルが口にした「火あぶり」という言葉の意味に。
いまは西暦1600年。ヨーロッパで言えば、近世。
そして中世から近世にかけてヨーロッパの国々において猛烈な勢いで広がったのが……。
「魔女狩り」
おれはルエルの肩にふれる。
「ルエル」
「なんだ!」
「お前、よく生き延びたな」
そう言うと、ルエルは意外そうな顔をした。
「知っているのか?」
「歴史に残ってるよ。ヨーロッパの黒歴史だ。いや暗黒歴史だな」
「私のママはつかまった。いずれ私たちもつかまると考えたパパは、日本に行く船に私たちを乗せた。あとで知ったけど、お金を受け取ったそうだ」
「………」
親に売られたってことか。でも、そこにはわが子を助けたいという思いもあったはずだ。
……え? いまルエルちゃん「私たち」って言った?
「私たち?」
「そうだ! 私は双子の妹だぞ!」
「じゃ、お姉ちゃんは?」
「知らん! 日本のどこかにいるとは思う」
「生き別れかよ」
おそらく別々のところに売られていったのだろう。どこかの戦国武将のもとに。
「会いたいよな?」
「会いたくなんかない!」
顔をくしゃっとさせてルエルが言う。なんでここで意地を張るのか、こいつは。
よし、ぶじに江戸に戻ったら四天王に聞いてみよう。
ルエルを買ったのは四天王だろうし、だったら売り手のことも知っているに違いない。
その売り手に、ルエルの姉をどこに引き渡したのかを聞けばいい。
となると、なおさらちゃんと江戸に戻らなければならない。
「あのう、お話中に申し訳ないのですが」
と、そこでお萌が言う。
「どうしたの?」
「私にはなんの話やら、さっぱりで」
「あ、そうだよね」
おれはお萌に説明した。
いままさにいまこの時代にヨーロッパで行われている魔女狩りのことを。
魔女と疑われる人をつかまえ、自分が魔女であることを告白するまで拷問し、告白したらしたで火あぶりにするという実に怖ろしいものだ。
おれが魔女狩りに関して恐怖を覚えたのは、自白しようがしまいが一度魔女と見なされたら逃げようがなかったということだ。
自白したら「やはり魔女だったか」と火あぶり。
自白しなかったら「こんな拷問に耐えられるのは魔女だからだ」と火あぶり。
つまり魔女と思われた時点で生きる選択肢は奪われる。
「いまこの時も、よーろっぱではそれが行われているんですか?」
お萌が眉をひそめる。
「たぶん」
正確な時期を覚えているわけではないが、まだ魔女狩りは続いているはずだ。
一般の人でさえつかまったのだから、本当に魔法が使える魔道士の母親ともなると……。
「ルエル。お前のママも魔道士だったのか?」
「ママは偉大な魔女だった。しかし、ある日、普通の人間を好きになった。二人はごく普通の恋をして、ごく普通の結婚をした。幸せに暮らしていたが、いつしかママの正体が知られることになって、近所の人たちから奥様は魔女とか言われるようになったんだ!」
「そっか。人の口に戸は建てられないって言うからな」
そう言うおれにお萌が質問をした。
「魔道士と魔女は同じなのですか?」
「うーん、改めて聞かれると分からないなあ」
「私のように王とか貴族とかに仕えているのが魔道士だ! 私が徳川家と縁を切れば魔女ということだ!」
ルエルが簡潔に説明をする。
「ところで甲賀異人衆の話でしたが?」
そうだった。
ルエルの話にあまりものインパクトがあったので引っ張られていた。
「でも、いまの話で分かった気がする。きっとその子たちも魔女狩りから逃れるために日本に来たってことだろうね」
「ドイツでも魔女狩りは盛んみたいだからな!」
「それでお萌。その甲賀異人衆ってのは何人くらいいるの?」
「十人と聞いております」
「……けっこういるね」
「なにしろ秀吉公の言い出されたことですから」
「百人じゃないだけマシと思うべきなのか」
「はい」
「でもあのブロッケン女、私たちのことを知らないみたいだったぞ!」
とルエルが言う。
「偶然かも知れません」
「偶然?」
「どうしてだ?」
「秀吉公亡きあと、甲賀異人衆は冷遇されました。もともと甲賀は女には役割を与えようとしなかった集団。主君である秀吉公の命もあってくノ一衆を作りましたが、内心では苦々しく思っていたようです」
「ああ。あるよね、なんかそういうの」
仕事ができるのに、女性だからというただそれだけの理由で冷遇されるパターン。
二十一世紀でもまだその価値観は残っているのだから、十七世紀のいまならなおさらだろう。
「おそらく甲賀異人衆はたいした役回りは与えられず、里の近くの見張りを命じられていたのでしょう。そこに私たちがたまたま通りかかったのではないでしょうか」
「それでいきなり襲ってくるというのも無茶な話だけどね」
「功を焦っているのかも知れませんね」
「どういうことだ⁉︎」
首を傾げるルエルにおれは言う。
「甲賀異人衆は冷遇されているわけだから、なんとか自分たちの存在感を示したいはずだ。自分たちは役に立つと思わせたい。だから、手柄につながるかも知れないことなら、些細なことにも反応する。それがいきなりの攻撃につながったんじゃないかな。おれたちはいかにも怪しい三人組だからね」
おれがそう言うと、お萌が「さすが、殿!」と抱きついてくる。
「イエヤス!」
ルエルも同じように抱きついてくる。
二人から抱きつかれてうれしくないわけがない。思わずニヤけそうになったおれだったが、そこで最悪なことに気付く。
「どうしました?」
「どうした?」
固まってしまったおれの様子を不審に思った二人が言う。
「さっき、あの甲賀異人衆の子に踏まれそうになった時だけど」
「はい」
「それが?」
「お萌もルエルもいまみたいにおれに抱きついてきたよね」
「はい」
「それで?」
「いまみたいに名前を呼びながら」
「あ」
「あ!」
お萌は「殿」と呼び、ルエルは「イエヤス!」と言った。
もしそれをあの子に聞かれていたとしたら……?
存在感を示したい甲賀異人衆にとって「徳川家康の首」が持つ意味は大きい。
おれはあの銀髪美少女が仲間のことを口にした理由が分かった。
おれたちの正体を知ったからこそ「追いかける」という発想が出てきたのだ。
おれたちのことを通りすがりだと思っていたら、あそこで関わりは終わるはずだ。
「まずいな」とおれはつぶやいた。
「先を急いだほうがいい」
その時だ。
♪〜♪〜♪〜♪♪
どこからか、怪しげあなの音色が聞こえてきた。