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座敷に一人の若い女の人がいて、白い胸をはだけていた。

 山の中に入って数時間たった頃、おれたちは山あいの村に行き当たった。

 眼下にその山村を見つけた時、お萌がおれを見た。

「着替えを手に入れましょう」

 それはもっともな提案だった。というのも、おれたちはそれぞれに目立つ服装をしていたからだ。

 お萌はくノ一姿(山の中に入った途端、そのほうが動きやすいからと着物を脱ぎ捨てた)、ルエルは魔道士スタイル、そしておれは甲冑こそ捨て去ったものの、合戦用の衣装を身にまとっていた。

 なので、ここは一般人になりすます必要がある。そのための服を調達しなければならない。それでもルエルは金髪碧眼なので目立ってしまうが、そこはもう手ぬぐいで頬っかむりでもさせるしかない。


 おれたちは周囲の様子をうかがいながら山村へと下りていった。

 村人たちは農作業に出ているらしく、ほとんどの家が留守宅になっているようだった。

 手近な家にそっと入り込む。他の家々よりも大きめで、もしかすると村長の家なのかも知れない。

 先頭に立っていたお萌が不意に立ち止まり、短刀を抜いた。

「?」

 お萌の視線の先を追うと、座敷に一人の若い女の人がいて、白い胸をはだけていた。驚いた顔でこちらを見ている。その胸元には赤ん坊。 

 おれは急いで目をそらす。一瞬しか見ていないが、彼女が赤ん坊におっぱいを飲ませていることは分かった。


 いや、それよりも、いまはお萌の行動だ。

 若い女性がおれたちに刃向かってくることは考えられない。

 抵抗するはずがないのだから短刀を抜く理由は一つしかない。

 おそらくお萌は「目撃者」を消そうとしている。


「お萌」

「殿、私にお任せ下さい」

「どうするつもりだ」

「見られましたから、口を封じます」

「ダメだ」

「え?」

「絶対にダメだ。許さない」

「しかし、殿」

「そんなことをしたら、お萌とは二度と口をきかない。いや、ここで別れる」

「………」

 おれの強い口調にお萌は黙り込んだ。

「私がケルベロスを召喚するか?」

「うん、それもダメ」

 おれはルエルに首を振り、両手をあげて若いお母さんに近づきながら笑顔を向けた。

「驚かせてすみません。あなたと赤ちゃんをどうこうするつもりはありません」

「………」

 お母さんは目をまん丸に開きながらも、赤ん坊を胸にしっかりと抱いている。

 その胸を直視しないように気をつけながらおれは言う。

「おれたちは服をお借りしたいだけです。できれば野良着を」

「……はい」

「いまは無理ですが、あとでちゃんとお礼はするつもりです」

 もし無事に生きて江戸に帰れたら。

「分かりました」

 若いお母さんはうなずいて、赤ん坊を見る。赤ん坊はおっぱいを飲み終えたらしく、満足そうにしているようだった。

 お母さんは赤ん坊を抱き直し、背中を優しくとんとんと叩く。「げぷ」と赤ん坊がげっぷをした。


 そのあとお母さんは赤ん坊を布団に寝かせ、三着の野良着を用意してくれた。

 それと、笹の葉で包んだおむすびも。

「ありがとうございます。助かります」

 頭を下げるおれに、彼女は小さく首を振った。

「なにか事情がおありのようですから」

「女」と、そこでお萌が口を挟む。「私たちのことはくれぐれも他言せぬように」

「……分かっております」

「可愛い赤子だな」

「ありがとうございます」

「私もそのうち母になる」

 断言したあとお萌はこちらを見る。おれは素早く目をそらした。

「私もだぞ!」

 とルエル。

「ほら、二人とも。もう行くぞ」

 そう言ったあと、若いお母さんに「ありがとうございました」と頭を下げた。

 お萌とルエルもおれにならった。そしておれたちは再び山に戻った。


「……殿。私は間違っていたのですか?」

 山中に入ってからずっと黙り込んでいたお萌がぽつんとこぼした。

 野良着になったこともあり、巨乳がより目立つ。裾も短いので白い足が剥き出しだ。これはルエルも同じで、おれは目のやり場に困っていた。

「この時代の価値観では間違っていないんだろうね。でも、おれはイヤなんだ」

「しょんぼり」

 おれはうなだれているお萌に言う。

「戦国の世に来て言うことではないんだろうけど、おれは人殺しは良くないと思う」

 関ヶ原の合戦という壮大な殺し合いは止めようとしなかったのにな、と自分にツッコミを入れながらもさらに言う。

「それはおれが平和な時代に生まれ育ったからだろうな。甘いと言われれば、そうかも知れない。でも、人の命を簡単に奪うのはいけないことなんだ。ましてや、さっきのあのお母さんのように、なにも悪いことをしていない人の命は」

「分かりました。殿はお優しいんですね」

「おれがいた時代の人間はだいたいがそう思ってるよ」

「そうですか。いちど行ってみたいものです」

 お萌が現代の日本に来たらどうなるだろう。あまりの変わりように卒倒するのではないだろうか。いや、意外にすぐなじんでしまうかも知れない。

「私も見てみたいぞ、イエヤス!」

「うん、そうだね。その恰好で行くと大変なことになるけどね」

 金髪碧眼のルエルと野良着との組み合わせは奇妙な味わいを醸し出していた。魔道士の衣装を包んだ風呂敷を背負っているので、なおさらおかしみがあった。

 ともあれ、そこでその話題は打ち切ることにした。どこにおれたちの声を聞いている者がいるかも知れない。おれたちは無言で逃避行を続けた。

 

 その夜、おれたちは山中に見つけた洞窟で野宿をした。

 修行僧が籠もりそうな洞窟で、そんなに広くはなかったが三人で寝るには充分なスペースだ。

 万一に備えて交代で見張りをしようというおれにルエルが「必要ない」と首を振った。

「どうして必要ないんだ?」

「ケルベロスがいるだろ!」

「あ、そうか」

 おれたちには地獄の番犬がいたんだっけ。弱いけど、見張り番くらいはできるだろう。

 では、召喚プリーズ。

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