答は簡単だ。徳川家率いる東軍が負けたからである。
ここでいきなり話は飛ぶ。
関ヶ原の合戦の後へと舞台は移る。
江戸城を出て関ヶ原に到着するまでの道中をくだくだしく話しても仕方がない。「気楽な道中だった」の一言で済むからだ。
勝つことが決定している戦に行くわけだから緊張感なんてかけらもない。行軍する武士たちの間からは談笑が漏れていたほどだ。
ポーカーに例えるなら、エースのフォーカード。負けるほうがどうにかしている。
と、そんな気楽な道中だったのだが。
いざ、戦が始まってみると……これがとんだ番狂わせだったのだ。
いま、おれたちは山の中にいる。
なんという山かは知らないが、関ヶ原に近い山の中を、道なき道を進んでいる。追っ手の気配に怯えながら逃げている。おれの同行者はお萌とルエル。
なぜこんなことになったのか。
答は簡単だ。徳川家率いる東軍が負けたからである。
「なんで?」
おれはうろたえた。
状況が把握できないままに徳川軍の敗走が始まり、東軍が一斉に撤退を開始し、それに巻き込まれるかたちでおれたちも逃げ出したのだった。
なぜ東軍が負けたのかは分からない。
考えられることは気の緩み。いくら勝利が決まっていたとしても、緊張感を持たずして勝負に臨めば負けるリスクは高くなる。
そのへんのことは四天王に釘を刺しておくべきであった。後の祭りだけど。
こうなると、逆におれの「徳川家が勝つ」という言葉があだとなってしまった感も拭いきれない。
しかしいまはとにかく逃げなければならない。
いくら代理人とは言え、いまのおれは徳川家康なのだ。この首は超特大級のお宝である。つかまれば殺される。首を取られる。
「伊賀へ参りましょう」
途中でお萌がおれの顔を見た。
「伊賀?」
「私のふるさとです。そこまで行けば家の者たちが助けてくれます」
忍者の里としては伊賀と甲賀が有名だが、お萌は伊賀のほうのくノ一だったようだ。
「ここから近いの?」
「おそらく二十里ほどと思われます。二日あるいは三日あれば」
「分かった。伊賀へ向かおう。いまはそれがベストの選択だと思う」
「べすと?」
「とても優れた考えだってこと」
「まあ殿ったら」
お萌が両手を頬に添えて照れ笑いする。
「私もそう思ってた! いま言おうと思ってた!」
すかさずルエルがぴょんぴょんと跳ねながら言う。
「そうかそうか。ルエルもベストだな」
「へへーん」
そのうれしそうな顔を見て、おれはやれやれと思いつつも気持ち的には安堵していた。
こういう危機的状況の時に同行者がパニックやヒステリックになったりすると非常に困る。危険度が増し、追っ手に見つかる可能性が高まる。
映画でもよくあった。大声をあげたり自分勝手な行動を取ったりして周囲を危険にさらすポジショニングの人。
その手のシーンを見ると、おれはうんざりするのが常だった。
スリルを高めるための演出なんだろうけど、現実にそういう人間がいると大変面倒なことになる。
その意味ではお萌もルエルもいつものテンションを保っていて、それがありがたい。
ちなみに、おれたちが山中の道なき道や獣道を行くことができているのはお萌のおかげだ。
忍者修行の一環として山の中に籠もったこともあるそうで、基本的なサバイバル術は身につけているとのことだった。
しかしくノ一つまりは忍者には非情な面があるということを、このあとおれは知らされることになるのだった。