「あの子が強く思い描いたのは、理想の男性なんですよ」
さて、おれたちはまだ大坂城にいる。
任命式のあと、それで解散というわけにはいかなった。
今後の幕府運営をどうするかを徳川と豊臣で話し合う必要があり、その会議にはおれも狩り出されたのだった。
その会議がようやく終わり、時間ができたおれは大坂城の敷地を散策していた。
「ん?」
お堀端にルエルとスイス、IKB10の面々がいた。
ケルベロスとキマイラを相手にロップがウサ耳で戦っているところだった。
「なにしてんだ?」
近くにいたギーに聞くと「トレーニングだ」という返事が戻って来た。
「ほう」
かたわらにはタープが張られ、足長のテーブルが置かれていた。
その上にはとりどりのお菓子が並んでいる。
おれの姿を認めたルエルが「セツヤ〜」と駈け寄ってきた。
それを合図に、トレーニングはいったん休憩に入る。
「セツヤ、手が空いたのか? 偉い人たちとの仕事は終わったか?」
と、ルエルが弾んだ声を出す。そう言えば、こいつと話すのも数日ぶりだ。
ルエルの後ろからスイスも近づいてきた。おれを見て静かに頭を下げる。
そう、このスイスともろくに話せていないのだ。
ま、それはともかく。いまはルエルに聞くべきことを聞くことにしよう。
「ルエル。一つ教えて欲しいことがあるんだ」
「セツヤ、私が教えられることならなんでも教えてやる。どんと来い!」
「うん、ありがと。じゃ聞くけど、なんで召喚されたのがおれだったの?」
「ふぇ?」
「おれを召喚したのはルエルだろ? どうやっておれのことを知ったのかなって」
「そ、それは……」
ルエルの顔が真っ赤になる。ん? またお前、熱を出したんじゃないだろうな。
「大丈夫か?」
とルエルの額に手を当てようとしたら、パシッと弾かれた。
「なんだよ」
「知るかっ!」
そう言ってくるりと身を翻し、走って行った。
そのあとをケルベロスが尻尾を振りながら追いかけていく。
「どうなってんだ?」
首を傾げるおれをスイスがくすくすと笑いながら見ている。
「スイス。どうしたんだ、ルエルは?」
「ふふふ。ご存じなかったんですね」
「なにが?」
「私たち召喚魔法を使う者が眷属以外の存在を呼び出すには、その対象を強く思い描く必要があるのです」
「えーと、それは……すごく鮮明にイメージするとか、そういったこと?」
「さすが、察しがいいですね」
「でもさ、ルエルはおれのことを知らなかったはずだぜ。そもそも生きている時代が違うんだからさ」
「逆ですよ」
「逆?」
「セツヤのことを強く思って召喚したのではなく、強く思い描いた結果としてセツヤが召喚されたのです」
「ああ、なるほど」
とおれは一応納得するが、それでも疑問は残る。
「それは分かったけど、じゃあなんでいまルエルは怒ったんだ?」
「あら、今度は察しが悪いんですね」
「?」
「あの子が強く思い描いたのは、理想の男性なんですよ」
「ほう」
そこまで言われたら、さすがに分かる。ルエルは照れてしまったということだね。
……それにしても、ふーむ。理想の男性ねえ。
もちろんおれとしてルエルのことは嫌いじゃない。
直情型だけど性格は素直だし、意外に頑張り屋さんだ。可愛いところはたくさんある。
しかしお萌の場合と同じことで、ことさら深入りするつもりはない。
そのぶん別れが辛くなるからだ。
と、そんなことを考えているおれにスイスが寂しそうに笑いながら言った。
「セツヤを元の世界に戻すのは、私にもできますからね」
「え、そうなの?」
「双子ですし」
そういうものなのか?
それなら元の世界に戻る時はスイスにお願いしたほうがいい。
ルエルがそんな気持ちなら、元の世界に戻してくれというのも酷な願いになるだろう。
おれたちのそんなやりとりをIKB10のみんなが興味深げに聞いていた。
おれはニッコリと笑って彼女たちに声をかける。
「よう、みんな。元気にしてたか?」
「元気にしてたよーっ!」
ロップがどんとぶつかってくる。ぐふ。
「時間がおありなら、ご一緒にティータイムを」
ワイジーが言って、お菓子ののったテーブルを指す。
「ん。そうだね」
おれはイスに腰掛け、しばらく彼女たちとの時間を楽しむことにした。
歓談しながら、おれは彼女たちとの……いや、この時代で過ごす時間の楽しさを改めて感じていた。
元の世界に帰りたくない、とまでは言えないが「事情が変わった。お前はもう帰れなくなった」ということになったら、それはそれで受け入れられる……とは言える気がする、のであった。




