「ゲットしたいのは正室の座ですから。うふふ」
ここからはおれのまわりにいる人たちの話だ。
まず、ルエルとスイス。
二人のパパが本当に彼女たちを売ったのかというと、そんなことはなかった。
スイスいわく「パパからそう言いなさいと言われた」のだそうだ。
パパに捨てられたことにすれば祖国への未練はなくなるし、日本という異国の地で強く生きていかねばならないと思うようになる……との厳しくも優しい心遣いだった。
スイスはルエルよりもしっかり者なので、そんなメッセージを託されたらしい。
スイスにしても辛かったが、そこは姉として頑張らねばと思ったそうだ。
ちなみにルエルとスイスが日本にやって来るきっかけを作ったのは豊臣秀吉だった。
二人を連れてきたのはスペインの貿易商人だが、その商人は秀吉と面識があった。
異国の話を聞くのが好きだった秀吉はある時、ヨーロッパで吹き荒れている魔女狩り旋風のことを耳にした。
年端もいかない女の子までもが火あぶりにされていると聞いた秀吉は顔をしかめて言ったらしい。
「そういうおなごがいたら連れてこい。火あぶりより日本で暮らす方がマシじゃろう」
そしてルエルとスイスが連れてこられた。
日本に着いた二人だが、秀吉は姉を引き取り、妹は徳川家に譲った。
当時は秀吉全盛の時代。
徳川家も天下への野望を剥き出しにしてはおらず、豊臣との関係は良好だった。
「面白い術を使う者が異国から来た。二人いるので一人は徳川へ」というノリだったそうだ。
双子を引き離すことへのためらいはなかったらしく、このあたりの無頓着さというか無意識の冷酷さは権力者ゆえと言えそうだ。
ともあれ、そこでルエルとスイスとは離ればなれになった。
今後のことだが、二人は一緒に過ごすことになる。
とは言っても、徳川家や豊臣家に仕えるのではなく、フリーの身になって。
これは億良さんの計らいだが、江戸の郊外の森を与えるので、そこで過ごせばいいことになっていたのだ。
やっぱり魔女は森に住むのがお似合いだからね。
ちなみにその森にはIKB10も一緒に暮らすことになっている。
森のなかにみんなが住める小さな村を作ってくれるらしい。
そのIKB10に関して。
彼女たちも双子の姉妹と同じ流れで、それぞれイギリスとドイツから救出されてきた。
そして甲賀に預けられ、忍者としての修行を課せられることになったわけだが、彼女たちがスイスのことを知っていた理由は「研修」を受けたからだ。
先に日本に来た異国人としてスイスは日本のしきたり言葉などを教えたらしい。
祖国の人たちから「魔女」として迫害されたことも距離感を縮めるのに役立った。
なお、彼女たちは億良さんとの直接の面識はなかったが、名前は知っていた。
と言うのも、甲賀は億良さんの指揮下にあったからだ。
豊臣側は策士として億良さんを迎え、ある程度の裁量権を与えていたのだった。
で、今回の騒動の元締めとなる億良さんだが、彼もやはり未来からやって来た。
彼が元いた時代は平成だった。
「ほう、平成のあとは令和って元号になるのか。きれいな響きだな」と妙に感心したように言っていた。
おれが疑問に思っていたのは、億良さんがすんなりと家康になれたことだ。
どこの馬の骨とも知れない男がふらりと現れて「おれを家康にしろ」と言ったところで、四天王が「はい、そうですか」と聞き入れるはずがないではないか。
徳川家康になりたいという希望者は多いと聞いていたのでなおさらだ。
おれがその疑問をぶつけると、億良さんは「お前さんは抜けてるところもあるんだな」と笑った。
「どういうことですか?」
「徳川家康になりたい奴なんているわけないだろ」
「はい?」
「考えてもみろよ。家康になったらすぐに死ぬんだぜ」
「………」
「ぶっちゃけ、なり手がいなくて、もう誰でもいいって状況だったんだよ」
「マジですか」
おれが口をあんぐりさせると、億良さんは「いやはや」と苦笑する。
「あのさ、せつや君。十八歳の君が徳川家康になってることに疑問をもたなかったの? いくらなんでも無理があり過ぎるだろ? 関ヶ原の時の家康って五十過ぎだぜ」
「………」
正直、疑問に思わなかった。「無理があるだろう」とも。なぜかと言うと……。
「どうせお前さん、自分なら徳川家康に選ばれてもおかしくはないとか思ってたんだろ」
おれは思わず赤面する。
そう、おれは普通の人間とは違うので召喚されたのだと思っていたのだった。
それがまったく違っていたとは……じつに恥ずかしい。
「ま、いいじゃないか。貴重な体験ができたんだからな」
「それはそうですけど……だったら、どうしておれだったんですか?」
「それはルエルに聞いてみな。あいつが召喚したんだからな」
と億良さんはなぜかニヤニヤしながら言った。
もう一つ、おれは億良さんに疑問をぶつけた。
「億良さんは元の世界には帰らないんですか?」
「帰らないよ。おれはずっとこっちにいる」
「どうして?」
「気に入ったからさ」
「江戸城で働くってことですか?」
「いや、おれは旅に出るよ。全国を見てまわりたいんだ」
ときっぱりと言った。
「どうだ、せつや。一緒に来るか?」
「面白そうですけど、やめておきますよ」
「そうか。気が変わったらいつでも言ってくれ」
と億良さんはあっさりと引き下がった。
最後に、お萌に関して。
本来、お萌はくノ一だが、その仕事が先細りになることは明らかだった。
これから世の中は平和になっていくのだから忍びも必要とされなくなるだろう。
なのでお萌は江戸城に勤めることになっていた。
どんな仕事かは分からないが、将軍の側室になる可能性はゼロとのことだった。
「お萌は誰の側室にもなりません。せつや様の側室にも」
「あ、そうなの」
「ゲットしたいのは正室の座ですから。うふふ」
「………」
どこまで本気かは分からないが、おれがこちらの世界にいる間は「しっかりお仕えいたします」と言ってくれている。
なので、もうしばらくは一緒にいることができそうだ。




