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人間は一度手に入れたものを失う時に心理的苦痛を味わう

「感情が優先して合理的な判断ができないということですね」

「そういうこった。三成はさすがに冷静に現実を受け入れていて、そのうち徳川がまたちょっかいを出してくると考えている。この泥沼状態が続く、とな」

「じゃあ、あなたの計画を遂行するには淀殿の説得が不可欠だったんですね。どうやって納得させたんですか?」

「無視した」

「はい?」

「いちいちあの女の言うことに耳を傾けていたら始まるものも始まらない」

「ふむ」


 淀殿が納得していない、というのは気になった。将来に禍根を残すのではないか。

 人間は一度手に入れたものを失う時に心理的苦痛を味わうと聞いたことがある。

 たとえ、それが自分のものではなくても。

 誰かに本を貸すとまず戻ってこないのは、その本を一時的にせよ「手に入れた」からだ。

 ネットのサブスクサービスで無料使用期間を設定しているのもそのためだし、ショップでスタッフが試着を勧めてくるのも「手に入れた状態を一時的に作る」ためだ。

 本や服でもそうなのだから、天下ともなると潔く手放すのは難しいだろう。


 いや、秀頼にしてみれば生まれた時から手中に収めていたので、それほど固執はないかも知れないが、淀殿はどうだろう? 

 確かあの人は父親である浅井長政を実の伯父である信長に殺されたはずだ。

 母親のお市の方はその後、柴田勝家と再婚したが、その勝家は秀吉との戦に敗れて自害している。お市の方もその時に死んだ。

 その遺恨の相手である秀吉の側室になって秀頼を生んだというわけだ。


 そんな風に紆余曲折を経験してきた人がすんなりと天下を手放すか? 

「天下人」であるわが子が「ただの人」になるのを受け入れられるか?

 無理だろう。

 オクラは無視すると言ったけど、それは波乱のリスクになり得る、と思った。


「そうなんだよなあ」

 オクラは眉をポリポリと掻きながらうなずく。

「おれもそのことが気になるっちゃ気になってる。でも秀頼を見てると可哀想でな」

「可哀想?」

「もういっぱいいっぱいになってんだよ、あの男」


「そうですか」

 とおれは腕組みをする。

「淀殿を納得させるなにかいいアイディアがあったら教えてもらいたいもんだ」

「アイディアですか……」

 おれはオクラを見て、四天王を見た。

 背後にいるお萌やルエル、IKB10の一人ひとりを見て、秀忠を見た。

 秀忠はいかにも気の弱そうな青年だった。

 自分がこういう場所にいることに戸惑いを感じていることがまるわかりだった。

 幕府を任せて大丈夫かと思うレベルだ。

 どうひいき目に見ても天下を運営していく器ではない。


 彼にはしっかりとしたサポーターが必要なことは火を見るよりも明らかだ。

 それこそ、ここにいる四天王のような。でも、四天王はもう使えないし……。

「あ」

 とおれはそこで閃く。さらにそれに連鎖して、

「お!」

 とまた次のアイディアが出た。

 おれは天井を睨みながら頭に浮かんだアイディアを検証していった。

 実現の可否を考え、メリットとデメリットを比較し、理想の着地点を探る。


 ………。

 ………。

 ……よし!

 これなら淀殿も納得するのではないだろうか?


「どうした、先代? なにか思いついたようだな」

「そうですね。聞いてくれますか?」

「言ってみな」

 言ってみた。


 すると……。

 オクラがのけぞり、四天王が絶句し、他の者たちが口をポカンと開けた。


 やがて、オクラが腹を抱えて笑い出した。

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