「バカみてーに徳川家康、何人も作ってんじゃねーよ」
江戸城大広間。
かつておれが四天王に関ヶ原の勝利と徳川三百年の世の到来を告げた場所だ。
その史実はくつがえされたわけだが、そうなった理由をおれはすでに察していた。
おれが徳川四天王を感涙させたのは、徳川が天下を取る史実を知っていたからだ。
未来から来た者としては「関ヶ原の戦いの勝利の決め手は小早川秀秋の裏切りにある」という情報を持っているわけだから「小早川秀秋を味方につければ大丈夫」とのアドバイスができる。
で、実際におれはそうした。
しかし、そのアドバイスは通用しなかった。なぜか?
簡単なことだ。同じ情報を向こうも持っていたから。それを逆手に取ったのだ。
もしおれが徳川方ではなく豊臣方に召喚されていて、関ヶ原の戦いについてアドバイスを求められたらどうするか。
言うまでもない。「小早川秀秋が裏切らないように万全の対策を」と進言しただろう。
もともと西軍は優勢だったのだから、小早川さえおとなしくさせておけば勝てたのだ。
そのことで歴史は変わるが、豊臣の敗北で自分の命が危うくなるとなれば仕方がない。
そして実際に豊臣方は小早川秀秋を抑えたのだろう。
だからこその西軍の勝利であり、おれたちの逃亡劇の始まりだったわけだ。
そうしたもろもろの出来事を起こした張本人が、おそらくはいま目の前にいる徳川家康ことオクラという名の男なのだ。
家康オクラはまだワインを飲んでいた。
「先代。お前も飲むか?」
「未成年ですから」
「けっ。ノリが悪いな。おれの酒が飲めないってか」
「いえ、だから未成年だし。それにその言い方、パワハラですよ」
と、おれはわざと未来の言葉を使った。
これが通じると、オクラも未来から来たことが確実になる。
「パワハラってなんだよ」
「え?」
あれ、通じなかったか。だとすると、なぜおれと同じ情報を持っていたんだろう?
おれの戸惑い顔にオクラは「ん?」と首を傾げたあと、すぐに苦笑して言った。
「言葉の意味を聞いたんじゃないさ。この戦国時代になに言ってんだって話だよ。それに、いまのおれは家康だしな。パワハラのし放題だろ」
「やっぱり、あなたは」
「それにだ、先代」
とおれの言葉を遮ってオクラが言う。
「未成年が酒を禁止されるのは近代からだぜ。この時代はガキでも飲んでいたさ」
近代とかこの時代とか、未来から来たことを隠そうともしない。
毒気を抜かれるとはこのことだ。
「そういうことならいただきましょうか」
「そうこなくちゃな」
とオクラは新しいグラスにワインを注ぎ、おれに渡した。そしてグラスを掲げ、
「徳川家に乾杯」
としゃあしゃあとした顔で言う。おれは思わず苦笑してしまい、グラスを合わせた。
「ほう、これは」
口に含んだワインは思ったよりも美味しかった。
「ふふ。お前さん、いける口みたいだな」
「正直、初めて酒を飲むわけでもないですしね」
「けっ。未成年のくせに」
「飲ませたのは、そっちでしょうが」
と言って、おれはワインを飲み干し、グラスを差し出しておかわりを催促した。
「まったく。家康に酌をさせるとはな」
と言いながらもオクラはワインを注いでくれた。そのビンを受け取り、注ぎ返す。
そんなやりとりをまわりの人間は黙って見守っている。
まわりの人間というのは……四天王、お萌、ルエルとスイス、IKB10、そして徳川秀忠。あと、徳川家の武士が数人。
大広間には円卓が運び込まれ、そこでオクラとおれはワインを酌み交わしている。
他に円卓についているのは四天王と徳川秀忠だ。
「さて。そんじゃ始めるか」
と言ってオクラは四天王をじろりと見る。
「まずはお前たちからだ」
「む」
「む」
「む」
「む」
と四天王も負けじと睨み返す。
「お前ら、いい加減にしやがれ。やり過ぎだ」
とオクラはいきなり強烈なパンチをくらわした。
「な、なにを申される」
と本多が言った。
相手が豊臣側の人間であると分かっていても、立場上は主君。言葉遣いは丁寧だ。
「やり過ぎとはどういうことでござるか」
「バカみてーに徳川家康、何人も作ってんじゃねーよ」
と自身も家康でありながら、そんなことを言う。




